鉄塔の上の風景
「晴海さん。ちょっと付き合ってもらっていい?」
高校生活初めての授業の日。
私は放課後にそう誘われました。
「あなたは……」
「築城。築城京也っての」
よろしく、と言った彼は、間違いなくツチノコ捕獲の第一人者たるあの少年でした。
「ツチノコのお詫びにさ。なんかおごるよ」
あ、さすがに一億は無理だけど、とあわてて付け加える京也くん。私はさすがにそこまでたかるつもりはないので、駅近くの公園にて自動販売機のジュースを所望することにしました。
「邦彦くんから教えてもらったよ。君、あの模試の時の女の子だったんだねぇ」
ベンチでぷしゅりと自分の分の炭酸を開けた彼は、気恥ずかしげににへらと笑いました。
「あの時はごめんねぇ、何も言わずに帰っちゃって」
私は甘めのスポーツ飲料を飲みながら、もしかしたらこのジュースはそちらの分の御礼なのかもしれない、と思いました。
「そんなに昔のことなら、どうぞお忘れください。それにあれは、私にとっても悔やむべき記憶です」
「なんで?」
「どうせ折ってしまうなら、消しゴム側ではなく尖った方を刺せば良かった」
京也くんは一瞬目を丸くし、
すぐ後に口から明るい笑い声が弾けました。
「面白いこというね、君! すごい!」
感想としてすごいというのはなんとも漠然としていますが。
「あそこのさぁ。鉄塔見える?」
ちょうど私たちが座っていたベンチの向かい、公園の敷地の外に巨大な鉄塔が立っているのが見えました。太い電線を何重にも張られた、そのためだけの鉄塔。
「ちょっと前、おれあそこに登ったんだよね」
「それはすごい」
我ながら、月並みな返事でしたかね。
京也くんはまるで気にしていませんでしたが。
「右側の柱の横手に、人が登れる梯子がかかってんの。たぶん整備の人が使うためのなんだろうけど、あれとにかく上まで続いててさ。これ登ったらてっぺんまで行けんのかなぁって」
「行けたんですか?」
「途中で見つかって下で大騒ぎになっちゃって」
飛び下りると思われちゃったみたいなんだよね~と他人事のように彼は炭酸ジュースをあおりました。
「消防の人に捕まえられて、降ろされちゃった。惜しかったよ」
「それは残念でしたね」
「うん。でも景色は最高だった。町を全部見下ろす感じ。ちょうど高校の敷地も見えてさ。ああ、自分はあんなちっぽけな所にこれから通うのかぁって」
確かに、あの高さから見る風景はさぞ美しいでしょうね。
自分の悩んでいる問題がバカみたいに思えてしまうほどに。
私はスポーツ飲料の缶を膝に置き、隣の少年の笑顔を見ました。
「本当は、飛び降りるつもりだったのですか?」
沈黙が下りました。
お互いが飲み物を飲むでもなく、遊具で遊ぶ小さな子どもたちを眺めているばかりでした。
きっと彼も私と同じだったのでしょう。
何かに縛られていたのでしょう。
あの日私が見た雨に濡れる少年は幻ではなかったのです。
口を開いたのは私の方が先でした。
「なぜピアスなど開けようと?」
高校デビューのために髪を染めてくる生徒は他にも何人か見かけましたが、ピアスまで開ける人は他にいなかったように思います。
「ああ、これ?」
京也くんは右耳に触れました。
おや、穴が二つほど増えているような気がしますね。入学式の時は一つだったリングは、三つに増えて並んでいました。等間隔に並んでいる辺りは、やはり几帳面さが窺えます。
「記念なんだ」
「記念、ですか」
「そ、これがツチノコの分。それからこれが……」
真ん中を指し示し、続いて上に指を滑らせて京也くんは顔をしかめました。
「邦彦くんって、いじわるだよねぇ」
「?」
「入学式の次の日さ、ずーっと邦彦くんおれの顔見て変な顔してんの。どうしたのかと思って聞いたら、お前の周りでずっと黒猫がじゃれてるって。そりゃあ確かに猫の声が遠くで聞こえる気がしてたけど」
「それは……」
ふいに脳裏をよぎった。あの、不恰好なお墓。
まさかですね。
「また増えることを期待しましょう」
「あははっそうだね~。おれにも変なのがいろいろ見えたらいいのに」
そしたら、おれ友達になっちゃうのになぁ! なんて笑い飛ばす彼に面白半分で霊感が上がる方法をいくつか教えたところ、さすがにピアスが増えすぎて耳におさまりきらなくなってしまい「これは鼻ピアスか……」と真剣に検討している京也くんを邦彦くんが叩き飛ばし食い止めるというエピソードがあるのですが。
それはまたの機会にしましょう。
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