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うちの学校はおかしい  作者: 駄文職人
晴海菜子の場合

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昔話

晴海菜子


 長い黒髪に眼鏡という、黙っていれば振り返るほどのクールビューティ。しかし一度喋れば途端に変態がバレるという残念な子。邦彦に日々愛の告白をしているが、あまり相手にされていない。

 私が邦彦くんや京也くんと仲が良くなったのは高校の入学式から。

 しかし実をいうと、私は邦彦くんの名前を小学生の頃から知っていました。


 彼はなかなか有名人でしたからね。


 我々の高校生活については他の方が話してくれるでしょうから、私は少し昔話でもしましょうか。

 これは、私がにぎやかな彼らに初めて会った時のお話。



 私が最初に邦彦くんと顔を合わせたのは、そう、小学五年の頃だったはずです。

 私の家の近くに大きな川が流れておりましてね。土手が広くて、男の子たちがよくキャッチボールなどをしておりました。昼間は犬を連れて散歩に行く主婦の方がいたり、ウォーキングをたしなむ中年の男性が通ったりしてね。

 はるか上流で瑞明高校をかすめているせいでしょうか。たまに変なものが流れてくるという噂はありましたが、まあ噂は噂。あまり誰も気に留めていなかったはずです。


 塾通いだった私は、帰りにその土手を通るのが日課でした。天気の良い日はその辺にしゃがんで、夕日の中よく図書館で借りた本を広げていたものです。その日もそうしていたはずですが。



 どうしたことでしょう。川の上流から人をくっつけたランドセルが流れてくるではありませんか。



 私も、そしてその近くで遊んでいた少年少女たちも、どんぶらこっこと流れてくるそれを指差して驚くばかりでした。なるほど、これは巨大な桃が流れて来る日もそう遠くはないのかもしれません。


 やがて自力で岸に上がってきたランドセル――いえ、それを背負った少年は、私の目の前でどっかりあぐらを掻いてしまいました。ランドセルを芝生の上に乱暴に放り出し、さっさと上の服を脱ぎ始めてね。


 よくよく見ると、どうやら彼は私とそれほど年が変わらないらしい。

 小学五年生といえば男子より女子の方が一足早い成長期を迎える短い下剋上の期間ですので、私はその時少しばかり背が低い彼が同い年だという確信が持てなかったのです。


 彼はなんだかものすごくイライラして服を雑巾みたくしぼっていたのですが、本を広げている私にしばらくの間気付かなかったようです。


「ああ……悪い」


 こちらの視線に気が付いた彼はそう言いました。

 まあ女の子の前で、しかも上半身裸でいるんですから。

 悪いなんて言いながら、それでも全身水びだしな彼は服を着る訳にもいかないので、とても決まり悪そうにしておりました。


 私は眼鏡を押し上げて、ああ、この頃から私は眼鏡でした、彼に尋ねました。


「一体、何をしておられたのですか?」


 誤って川に落ちたのは明白だから、一体何をして水に落ちたのか、と私は尋ねたつもりだったのです。

 しかし彼はあっさりとこう答えました。


「カッパに足を引っ張られたんだよ」

「はあ……」


 カッパでしたか。

 もちろん雨避けのコートのことではないでしょうから、やっぱり頭にお皿を乗せた全身緑のあの生き物のことなのでしょう。


「きゅうりでも盗みました?」

「ちげーよ逆だ。図工ん時に使った野菜スタンプ目当てに、あいつら徒党組んでおそいかかって来たんだよ」


 あーくそっ。ピーマンもナスも盗られてる。

 びしょびしょのランドセルの中を覗きこんで、盛大に舌打ちしておられました。


「それはそれは……」


 ごしゅうしょう様です、以外に私は何を言えば良かったのでしょうか。大抵のことには動じない自信のあった私ですが、この時ばかりは言葉を失いました。

 しかしそれを、どうやら彼は別の意味に捉えたようで。


「別に俺にかまわなくていいぜ」


 クラスにいたら間違いなく避けたくなるような目つきの悪い彼は、私に吐き捨てたのです。


「どうせ信じやしねーんだろ。みんなそうだ。信じたふりして、影で笑いやがる。どうせすぐ帰るから、あんたはゆっくり読書でもしてろよ」

「…………」


 確かに信じがたいお話でした。

 まるで、実は富士山の火口に地底人が住んでいましたというニュースを聞いたかのような。普通なら気の利いたジョークだと笑うところなのでしょう。

 しかし拗ねた目をしている彼は、きっとそのニュースを笑った人たちを、地底人に不謹慎だと怒るのでしょう。


 私は、本を閉じました。


「実は私は本を読むのが大嫌いなのです」


 今度は彼が呆気にとられる番でした。


「じゃあ、なんで本なんて持ってんだよ」


 意味が分からない、と怪訝な顔をする彼を、私はとても可笑しいと思いました。

 カッパに川流れさせられた少年が、そんな顔をするとは予想もしていませんでしたから。


「読書をたしなむ少女が好みの人もいるのです」


 私は肩をすくめて見せました。

 不器用な私の頬はぴくりとも動かなかったでしょうが。

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