君の対価
「帰るぞ、晴海」
手を差し伸べる。
「帰る? 帰るってどこに?」
一転、晴海は大声で狂ったように笑い出した。
「帰るですって!? 私には帰る場所がないと知っていてそうおっしゃるんですか! 帰ったとしても私は誰にも必要とされていないのに! 邦彦くん、貴方にも!!」
最後の言葉に、俺は何も言えなくなってしまった。
晴海は黙った俺に口を挟ませないと喚き続ける。
「私がどれほど愛していると言っても貴方は相手にしてはくれなかった! 私が何度も貴方を必要としても、貴方は私を求めてはくれなかった! 所詮そんなものでしょう!? あぁ、黒名先輩は正しかった! あの方の気持ちが、私ならよく分かる! 私達は、自分で自分の生きる意味を証明しなければ生きられない! だって……」
「だって私達は、誰にも愛してもらえなかったのだから!!!」
生まれて誰もが享受するはずの親の愛を、晴海は知らない。
俺は聞いたことがないが、黒名先輩も似た境遇なのだろう。
だから、自分が生きていても良いと確信が持てない。
誰にも証明してもらえないのならば、自分自身で証明するより他ない。
晴海はずっと、俺に好意を向けていた。
執拗に、縋るように。
そんな晴海に、俺は、一度も応えたことがないのだ。
「私はお人形さんでした。邦彦くん、貴方に会うまでは」
笑いを収めた晴海は、虚ろに話し出す。
俺に向けているように話しているが、俺に聞かせているつもりはないのだろう。
「父さんと母さんの言う通りに動いて、自分の意志なんてどこにもない。それでも、二人の期待通りに動けなくて捨てられたガラクタでしかありませんでした。
邦彦くんに会えたから、私は父さんと母さんが教えてくれた以外の世界を信じられるようになったんです。非日常からやってきた貴方が、私を人間に戻してくれた」
晴海にとって『非日常』こそが唯一、親の束縛の及ばない『自由』だったのかも知れない。
そうか。
コイツにとっての『非日常』の象徴は、俺か。
「晴海」
「だから……」
押し殺した声で、晴海の歯の間から怒気が溢れ出す。
「せめて、貴方を守ることができたなら私はそれで良かったのに……!!」
「っ」
「なぜ来たのですか! 邦彦くんは、神殺しなんてするような人じゃないでしょう!」
晴海は、俺が黒名先輩に逆らうと分かっていたのだ。
神様を殺してくれと頼まれても嫌がるはずだと。それでも、自分が助けを求めてしまえば俺はここへ来ざるを得なくなるから。
悲鳴を噛み殺して、わざと助けを求めなかった。
「なんでお前らはさぁ……」
京也も晴海も、なんで身を削ってまで俺なんかを助けようとしちまうんだよ。
何度俺は同じ間違いを繰り返すのか。
俺は首を振る。
京也の件で、何を学んだんだ。
意地も恥も捨てちまえ。大事な人を地獄から救いたいのなら。
「聞けよ、晴海。俺はお前に守ってもらわなきゃなんねぇような大したヤツじゃない。お前の命を、俺なんかに賭けなくていいんだ」
「あ、ははは! 私のやっていることは徒労だと、貴方が否定するのですか? 全部無駄だと、無意味だと!?」
「違う。お前の価値は、俺なんかの対価にするにゃ惜しいって言ってんだよ」
お前がいなきゃ俺の『平穏』は訪れない。
ちゃんとお前は大事な存在なんだと、どうすれば晴海に伝わるだろう。
次回2月2日7:00に更新します。
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