封印
淀んだ水の中を泳いでいるような感覚だった。
唐突に、硝子を割る音が激しく響く。
『どうしてこんな簡単な問題もできないの!』
ヒステリックな声が耳をつんざく。
『お前は本当に落ちこぼれだな。姉さんを見習え、あの子は頑張っているぞ』
諭すような男の言葉に、嘲りの色が混じる。
俺の記憶じゃない。
俺は知らない。
ーーこれはきっと、晴海の記憶だ。
お前はそこにいるのか。
存在を確信し、俺は奥へ奥へ、更に堕ちていく。
潜る
潜る
潜る
黒
を
掻
き
分
け
て
い
っ
た
、
そ
の
先
に
見覚えのある、長い髪。
「見つけた」
闇の中ではないから、黒の中で晴海の姿がはっきりと見える。
晴海は、目を閉じていた。
眠っているのか。
しかし、近付いていくとこちらの気配に気が付いたようで、薄らと目を開けた。
「なぜ来たのですか。来ないでと言ったのに」
責めるような口調だった。
晴海は、一度も俺にこんな冷たい感情を向けたことはない。
いつだって晴海は、俺にすら腹の底を見せてはこなかった。
「迎えに来た」
「頼んでいません」
「うるせぇ。俺が何しようが俺の勝手だろ」
負けてはいけない。
今の晴海はまともじゃない。
長い時間、深淵の奥底に囚われ続けて平静でいられるはずがない。鬼の瘴気に満ちたここでは、人の悪意が剥き出しになって襲ってくる。
御守りを持って浅い層を漂っていた京也は無事だった。
では、何も持たずに最奥に閉じ込められていた晴海は?
「邦彦くんにだけは、醜い私を見られたくなかった……」
顔を覆った指には、長く鋭い爪が伸びていた。
綺麗だった艶のある髪の合間からは、毒々しい赤の角が生えていた。
そして指の間からこちらへ向けられた目は、
縦に裂けた瞳孔が憎々しげな金色で爛々と輝いている。
その背中には一振りの古びた脇差が刺さっているのが見えた。
晴海は、鬼の封印と同化しているのだ。
次回1月30日7:00に更新します。
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