地獄への片道切符
鬼面の老人は、京也の後ろから黒が流れ込んでくる裂け目を見つめている。
『あの女が切った場所だ』
ここまで沈黙を守ってきた老人が面の奥からくぐもった声を発する。
「喋るんかい」
気持ち悪さをごまかすために突っ込む。
吐きそうだが、神域で吐くと隣の老人に祟られそうなので我慢していた。そろそろ冷や汗が出てきているので限界が近い。
あの女ってことは、多分黒名先輩だろう。
黒名先輩はここまで来たのだ。
『我の領域に土足で入り、女子を抱えてこの向こうへ消えるのを見た』
「向こうには何があったんだ?」
『離れの社。中には我の足が封ぜられておる』
足、か。
恐らくそれが、この神様をここに縛り付けているもんなんだろうな。足がないから、神様は他所に行くことができないのだ。
思えば、学内に現れた小鬼どもは何かを探し回っているように見えた。
「黒名先輩はアンタを解き放とうとしていた。足が戻ってきたら、アンタがここにいる理由はなくなる。どうなんだ、神様? アンタは早く外へ出たいのか?」
鬼面の老人は黙った。
守り神が解放を求めていたのなら、黒名先輩と守り神の目的は合致するはずだ。ここまで徹底的に敵対する必要はなかった。
いや、黒名先輩に煽られて利害そっちのけでブチ切れてただけの可能性もあるんだが。
結局、守り神本人はどう考えていたのだろうか、と純粋に疑問に思ったのである。
守り神がいなくなったとしても、どうせ土地に住み着いたアヤカシどもはすぐには消えてくれる訳ではない。神を失って起きるであろう人妖の大騒動を思えば、俺ら瑞明高校の生徒としてはアヤカシどもの引き締め役として守り神にこのまま居てもらった方がありがたいのである。
だが、それは人間側の都合だ。
神様には関係ない。
答えちゃくれないか、と諦めかけた時、『あれは我の足じゃ』と呟くように言った。
『我のもんじゃ。我が取り戻したいと願うは道理。その後のことは、考えとらん。……だが、ここは居心地がええ。もう少し腰を下ろしておいても悪くない』
「そうかい」
それを聞いて安心した。
「なら、ついでに裂け目の向こうに行ってアンタの足も取ってきてやるよ。アンタにゃ昼休みにいつも世話になっているからな」
鬼面の老人は、少し驚いた様子で俺を見た。
神様は少なくとも、足が生えたから「はいさようなら」というつもりは毛頭ないらしい。居心地の良い住処を追われそうになったから、黒名先輩を排除しようと動いたのだろう。
なら、うっかり足を解放して神様に返してしまったとしても何も問題はないということだ。
「あの奥に晴海がいるってことでいいんだな?」
鬼面の老人は首肯する。
方針は決まった。
「じゃあ行くか」
頬を叩いて気合を入れる。
ここから先は片道切符。
神様の領域の更に外側。
「京也」
「分かってる。おれはここまで、だよね」
行きたい! と駄々をこねられるかと思ったが、京也はすんなりと頷いた。
ふふんと機嫌良く「他ならない、邦彦くんの頼みだからね!」と胸を張る。
「邦彦くんと菜子ちゃんの帰り道は、おれが作るよ」
京也はちゃんと、自分のやるべきことが何か分かっていた。事前にメリーさんからも聞いていたんだろう。
俺も、この役目は京也にしか頼めないだろうと考えていた。
「任せた」
「うん、任せてよ」
切符がないなら、自前で道を作るまで。
絶望なら蹴り飛ばす。恐れや怯えは笑い飛ばす。
俺は、俺たちはいつだってそうやって生きてきた。
後ろの老人を落とさぬよう前屈みになり、そうして差し出した手の平を俺は応えるように叩く。
パァンーー!
気持ちよく鳴り響いた音に後押しされて、俺は裂け目に手をかけ、そして黒の中に一息に身を投げ込んだ。
次回1月29日7:00に更新します。
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