最果て
俺、京也、そして守り神という三人で森に分け入ると、より異質な空気が漂っているのを肌で感じた。
意図的に遠近感を歪められているというべきか。歩けば歩くほどに平衡感覚を狂わされていくような、揺れた吊り橋を渡るよりなお地面が揺れ動いている感覚。
信じていた地盤が揺らぐ。
理が崩れていく。
「気持ちわる……」
思わず木に手をついて、吐き気に口を押さえた。
自分が未だかつてないほど深みに嵌っているのが分かる。
分かっていても、足を止める訳にはいかない。
晴海を連れて帰る、それまでは。
「大丈夫?」
「あぁ……京也は何ともねぇのか?」
気分が悪いのは自分だけとは思えない、と後ろを歩いていた京也を振り返って俺はぎょっとした。
守り神、鬼面の老人をおぶっている京也の両目は、後ろから回された手に塞がれていたからだ。
「ばっ、おまっ!? それで歩いてたの!?」
「意外といける」
「いけないだろ!? 危ねぇぞ!?」
「ぶつかりそうになったらおじいちゃんが教えてくれるから」
ほらと京也は俺の先を歩いてみせる。
神様背負って両手が塞がっている上、目隠しされているにも関わらず京也はひょいひょいと器用に木々を避けて先へ進んでいた。
ここは人の世界とは違う。つまり、見え方すら違うのだ。
同じように目で見て空間を把握しようとすると、実際との齟齬に逆に頭が混乱するのかも知れない。
だからといって、「じゃあ目を閉じて歩けばいいじゃん」はおかしい。
得体の知れない世界であれば、より情報を得ようと目を凝らすものだ。
それでも、目を閉じて平気だと判断したのは、背中におぶった神様を心から信頼したからか。
それともーー
まあ、神様が目隠しさせるということは、「見ない方が良い」ということだ。この神様は俺はともかく、京也を守るつもりはあるらしい。
「ねえ、邦彦くん。水の音だ」
耳をすませば、確かに激しく水の打つ音が聞こえる。
膝を叱咤し、音につられてそちらに足を向ける京也の後を追って、揺れる視界の中俺は歩を進めた。
音の正体、岩から落ちる滝に辿り着いた時には、船酔いしている気分だった。
「こりゃあ……」
俺は何と言って良いか分からなかった。
滝の水に触れようと片手を伸ばした京也を、さすがに俺は「やめとけ」と止めた。
「水じゃねぇ」
滴るのは、黒だ。
まるで、黒い塗料が裂けた世界の間から零れ落ちているみたいだった。落ちた黒は世界をゆっくりと塗り潰し、侵食している。
黒の流れ落ちる場所から向こうは、既に真っ黒になっていた。
闇? いや、黒だ。闇であれば見えなくともそこに空間がある。
この黒には、先がない。
ここは、神域の果てなのだ。
次回1月28日7:00に更新します。
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