鬼面の老人
京也が駆けて行った方に遅れてついていくと、本殿と思われる社の縁側にちょこんと座る老人を見つけた。
能で使われるような般若の面をつけているから、男か女かも判別がつかない。
ただ、後ろで丸くまとめた髪が白く、痩せぎすのシワだらけの腕や曲がった背から老年だと分かるだけだ。隠居して小さくなったじいさんを思い出した。
だが老人に近付けば近付くほど、さながら抜き身の真剣の切先を突きつけられているかのような、冷たく張り詰めた空気をはっきりと感じるようになる。
その感覚に俺は覚えがあった。
屋上の祠の前に立つと、時折感じる気配。
「おい、京也」
そうだ。ここは守り神の腹の中。
誰がいるかなど明白だ。
注意を促そうと声をかけたが、京也は一足早くに老人の前に立った。
面の向こうの視線と京也のそれが結ばれる。
そして二人は同時に、横にした手を顎の下につけた。
アイーンで同時に言葉を交わす。
「うが」
『ウガ』
「なあ、なんでお前らナチュラルに通じ合ってんの?」
なお、意味は分からない。
実は京也の感性はあっちの世界に寄っているのではと時折思う。
「最近はやりのアヤカシ流の挨拶」
「あぁ、そう……」
早々に俺は理解を放棄した。
代わりに、鬼面の老人に向き直る。
「神様、晴海はどこだ? 連れて帰りたい」
鬼面の老人は動かない。いつの間にか蝋人形に入れ替わったのかと思うぐらい無反応だ。
眼中になしかよ。俺も毎日お供え物してただろ。
俺はため息をつく。
仕方なく、俺は地面に膝をついた。頭を下げ、「頼む」と乞う。
「友達なんだ。晴海を返してくれ」
途端、くっくっと笑いが降ってきた。
顔を上げると、老人の細い肩が震えている。
どうやら、からかわれたらしい。鬼面の老人は声を出さないまま、喉で息を何度も弾けさせて笑っていた。
そして、節くれだった指を境内奥の森へ向けて真っ直ぐ指した。
霧に包まれた森は遠目に見ても薄暗く、先が見えない。
「あっちか?」
鬼面が首肯する。
俺は手短かに礼を言って立ち上がった。立ち去ろうとすると、鬼面の老人は呼び止めるように手招きする。
鬼面の老人が呼んでいるのは、京也だった。
「おれ? どうしたの、おじいちゃん」
招かれるままに近付いていくと、老人は自らの膝を叩いてみせた。
みすぼらしい着物から突き出た足には、膝から下がなかった。痛々しくブツ切られた足の骨を皮が包んでいる。
それをじっと見つめしばし考えた京也は、あぁ! と手をポンと打った。
「おんぶしてけってことか!」
ぐっと鬼面の老人は親指を立てた。
次回1月27日7:00に更新します。
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