●●は嗤い、アイドルは歌……わない
肩で息をする私の前に、忠士がそろそろと近付いてくる。
人狼の姿をした忠士は人型の時より一回り大きく、私を見下ろしていた。
お前もそんな目で私を見るのか。
ギリッ、と力を込めた歯が軋む。
正しいも間違っているも今は聞きたくない。そんな議論をするつもりはない。
ーー私は、私の野望をやり遂げる。
「いつまで寝ている……早く起きないか! それでも日の本を喰らわんと恐怖に陥れた大鬼の一角か!!」
忠士を無視して叫んだ私の声に応えるように、
伸びていた大鬼がゆっくりと身を起こす。
忠士の総毛が逆立つ。
テケテケが構えた鎌をカチカチと鳴らし始め、千鶴くんの影に隠れていた影がフーッと威嚇する。
一方で、千鶴くんは身をすくませる。それを背に庇う静くんも肩に緊張が走っているのがわかる。
恐怖せよ。
私にとって寝ている肉体に力を流しこみ、操るなど造作もない。人形遊びをするに等しい児戯だ。
操り糸を繋いだ腕を、私は力任せに振り上げた。
「全てを飲み込め、茨木童子!」
虚空に、闇が口を開ける。
風が吹き荒れ、校舎中に徘徊していた小鬼たちが次々吸い込まれていった。
「テケテケさん!?」
ふわりと宙に浮いたテケテケの腕を千鶴くんがつかむが、下半身のない彼は踏ん張ることができない。静くんが共に飛ばされそうになる千鶴くんごと引き戻している。
「この空間のアヤカシ全てを食えば衰えた鬼も多少は力も増そう」
にぃっと私は嗤った。
「さあ、急ぎたまえよ邦彦くん。こやつの力が増せば増すほどに側にいる菜子くんの身が危ういぞ?」
「……っ!」
ここまでお膳立てして、なお邦彦くんはためらっていた。
鬼を解放すれば、隣り合った現実世界もただでは済まないと理解しているのだろう。
「助けるな」と菜子くんが言っていたという、小娘の戯言も気にしているのかも知れん。
だが、邦彦くんに選択の余地はない。
目が泳いだ彼は、それでもぎゅっと箒の柄を握りしめる。
さあ、祠を叩き壊せ。
壊して、鬼を守り神という檻から解き放て。
友を救うという免罪符を振りかざし、彼が学校の全てをぶち壊せば私の勝ちだ。
「どうした。それとも、菜子くんを見捨てるか?」
猫なで声で促す。
邦彦くんに友達を見捨てることはできない。
なぜならば、彼はもう知ってしまった。
友を失うかもしれないという恐怖を、京也くんが彼に教えてしまった。
邦彦くんは必ず祠を壊す。
必ずーー
『チャンチャンチャッチャッチャチャーン♪』
軽快な音楽が鳴り響く。
釣られて、めいめいが音の発生源ーー上を見上げる。
「は? ロズ様の曲? ていうか私の着信音? なんで?」
ここ電波つながんの? 小娘がぽつりとつぶやく。
疾走感あるリズム、熱血なメロディーライン。
大気をかき鳴らし、さあ歌詞が始まると歌い手が息を吸い込むその瞬間、音楽は止まった。
『もしもし、私メリーさん。今から愛する人の声をお届けするの』
頼みもしないアナウンス。
一瞬の沈黙の後、
『力が欲しいか? 大丈夫、おれもないけど心配するな!』
「京也……!!!」
私のこじ開けた深淵の奥から、似つかわしくない明るい声が聞こえてきたのだった。
次回1月21日7:00に更新します。
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