●●の八つ当たり
意外だった。
あの、私に長らく懐いていた忠士が私に背を向けたことが。
否、何が意外なことかと私は首を振る。
先に忠士を切り捨てたのは、私だ。自らフッておいてなお、まだ彼に私への気があるとでも本気で思っていたのか。思い上がりも甚だしい。
愛は何も求めない? 礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない?
くだらん。聖職者の戯言だ。
事実、人は愛に見返りを求める。与えた分と同じだけ返ってくることを望む。
逆に、不徳を向ければ不徳を返されるは世の真理である。
だから、気のせいだ。
いつだって私の背を追っていた忠士が、私を置いて行ってしまったことに、軽いショックを受けているなど。
忠士が消えて行った屋上の向こうから目が離せないのは、付喪神の加護を受けた少女がまた這い上がってこないか心配なだけだ。そうに決まっている。
ーー決まっているんだ。
再び私の背後で、扉が蹴り開けられた。
ようやく待ち人であったやぶにらみの少年が、姿を現す。
「遅かったね、邦彦くん」
「おう、来たぞ。先輩」
もう少し君がここへ到着していれば、こんなことにならなかったのだろうか、と言うことすら詮ない。
「委員に入る時、俺は言ったよなぁ……? アンタが敵対した時、俺は容赦しねぇぞってよ」
「戦意マシマシなところ、大変申し訳ないのだがね」
私は待ったをかけた。
邦彦くんと、連れ立ってやってきた静くんと千鶴くん、それから……少々意外なアヤカシたちも引き連れているが、一様にやる気に漲っている。
本来ならば、それを好ましく思う所だが今はそれどころではない。
「今更謝られても聞かねえぞ」
「いやね、君のやる気を煽って大鬼とぶつけてやろうというのが私の筋書きだったのだがなぁ。……少々横槍が入って、話が変わってしまった」
「あ……?」
「見誤ったよ。大鬼と対峙できるだけの精神力を持ち合わせているのは学内で君ぐらいのものだろうと、一生懸命お膳立てまでしたというのに。つい今し方、怒れる少女によって殴り飛ばされた大鬼が伸されてしまったよ。どうしようね?」
「は……?」
これには邦彦くんも呆気にとられたようだった。
私も同じ気持ちだ。
役者が揃ったというのに、舞台の方がめちゃくちゃなのである。
ラスボスとなるべき大鬼は名もなき一般人に既に倒され、勇者はラスボスではなくストーリーテラーの方にに牙を剥こうとしている。
これがアニメの世界ならば滑稽だと笑うところなのだが、自分の書いたシナリオが破綻するのを目の当たりにするのは忸怩たる思いがある。
「なあ、邦彦くん。今からでも祠を破壊してくれないか」
「嫌だよ、めんどくせぇ。何でそこまで……」
「さすれば、守り神の頸木から解かれた鬼を私が殺せる」
邦彦くんは閉口した。私から迸る苛立ちを感じ取ったのだろう。
そう、私は今すこぶる機嫌が悪い。
舞台を台無しにされたというだけには止まらない、得体の知れない感情が私の中で渦巻いている。
何でもいい、この仄暗い感情をぶつけてしまいたい。
しかしながら、大鬼が祠で祀られている以上、守り神に私が手を出すことができない。異界側の祠を忠士に破壊してもらおうと思ったが、彼が私の眷属だったからだろう、上手くいかなかった。
腹立たしい。
いや違う、忠士の力不足は想定していたはずだ。
なのに、何故こうも腑が煮えくりかえるのか。
分からない。
分からないことが煩わしい。
「俺はやらねぇ。やる義理がねぇ」
「菜子くんを見捨ててもか」
わざと意地悪く聞き返す。
邦彦くんの目がすっと鋭く細められた。
「晴海をどこへやった?」
そうだ、その顔が見たかった。
喉の奥にくつくつと笑いを含ませれば、彼の目は一層研ぎ澄まされる。
「なに、菜子くんには協力してもらっただけだよ。君のやる気を出させるために、ね」
「まさか……」
「菜子くんは今、そこな祠の中だ。そこで伸びている鬼の封印を押さえててもらっているが……彼女も人間だ。鬼の瘴気を間近に受けては長くはもつまい。早く外に出してやった方が良いと思うがね」
みるみる青褪めていく顔色に、わずかながら私の溜飲が下がる思いだった。
ただの鬱憤晴らし。
しかしながら、悪くない考えに思えてきた。
そうだ、別に大鬼に拘る必要はない。
要は、収まるところに収まったらそれで良いのだ。
邦彦くんが駆け出す。だが、祠はただの祠のままだ。大鬼を守り神たらしめる鎖を解き放つには破壊するしかない。
邦彦くんは悔しそうに歯噛みした。
「最初っからそれが狙いか、ちくしょう!」
焦る姿が愛おしい。
もっとだ。もっと絶望を見せてほしい。そうすれば私の苛立ちもきっと慰められる。
「とんでもない。大鬼と対決し姫を助け出すという、もっと心躍るシナリオを用意していたのだがね」
「悪趣味な……!」
「何を言う。命を救われた姫と勇者が最後に結ばれて、未来永劫仲睦まじく暮らす。素敵ではないかね? きっと菜子くんも喜んでくれるだろう」
「そんなわけないでしょうが。馬鹿じゃないの?」
冷や水をかぶせるような女の声に、嗤おうとした頬が引きつった。
何ということだ。
恐る恐る見やった屋上の柵をーーー見覚えのある獣の腕がつかんだ。
次回1月19日7:00に更新します。
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