●●は苛立つ
「学校を好き勝手に荒らし回ってんのはお前かぁ……!」
最初、邦彦くんがやってきたのだと思った。
だが、屋上を蹴り開けた彼女に私は見覚えがなかった。
委員に相談に来たことのある者でもない。
スカートをはためかせ、怒りに目を爛々と燃やす彼女は、私の認知からずっと外れ続けていた一般人であった。
驚くべきことに、彼女は屋上に這う大鬼を目視しても、一切怯みはしなかった。
「守り神なら神様らしく、祠でおとなしく饅頭でも喰ってろぉぉぉぉぉ!」
あろうことか、守り神に向かって拳を振り抜いたのである。
人狼の忠士ですら歯が立たなかった強靭な大鬼相手に無謀な挑戦である。無知ゆえに成し得る凡人の愚行だ。
にも関わらず。
恐らくまともな喧嘩など経験がないであろう女生徒が放ったひ弱なパンチは、大鬼の頬に深く突き刺さり弾き飛ばしたのである。
「……は?」
起こってはいけない出来事が目の前で起きていた。
この大鬼はそんじょそこらの雑魚妖怪ではないのだ。伝承にも残る、間違いなく三指に入るであろう鬼の一角である。
殴り飛ばされた。
邦彦くんではない。何の特殊能力も持たぬはずの、無力な拳で。
「バカな……」
呆気にとられた私の手の中から、隙をついてクマのぬいぐるみが飛び出した。
クマは小さな足を懸命に動かして、闖入者である少女の元へ走っていく。
肩で息をしている少女の方も、クマに気が付いた。
「クマ……お前への罰ゲームは後だ。何か知ってるんだろ!? 手を貸せ!」
クマが震えたように見えた。
華奢な肩にクマを乗せ、少女は横たわる大鬼の上に仁王立ちする。
獲物を狙う鋭い目は、私を過たず捉えていた。
「お前がクロナ先輩か」
その時、私の背後から「お嬢!」と声がかけられる。ようやくその時、私は後ろにまだ忠士が追いかけてきていたことを知った。
「ダメだ、お嬢! 彼女は一般人です!」
どうでもいい。
もう、ーーどうでもいい。
「ーーあまり調子に乗るなよ、小娘が」
私がどれほどこの時を待ち侘びたと思っているんだ。
手塩にかけて念入りに準備をしてきたというのに。
何も知らぬ小娘に土足で踏み荒らされて素知らぬ顔でいられるほど私の心は広くない。
礼儀も守れぬ小娘には早急に退場いただかなくては。
私は手の中に込めた黒い魔力を凝縮し、
「お嬢……っ!」
忠士の声を無視して、彼女の胸を貫かんと撃ち放った。
次回1月15日7:00に更新します。
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