報復、そして夕焼け空
積もっていく。
黒く、黒く、まるで怨嗟みたいに折り重なって頭にしがみついている。もはや、払い落とそうとしても容易に取れなくなっていた。
無数のこびりついた顔はもうすぐ増える仲間に笑みが浮かんでいる。
下にあるはずの友の姿は見えない。
どんな顔をしているのかも、もう分からない。
●
俺は走っていた。
息が上がる。肺が悲鳴を上げるのを強引に無視して足を動かす。
いつもはのんびり屋のカラスたちに『ハヤク来テ!』と急かされ、そのただならぬ様子に俺は恐れていた事態が訪れたのだと知った。
俺は何度も警告した。
こんなことを繰り返していたら擦り切れてしまう。
それでも京也は耳を貸さなかった。
せめて、困ったことがあるなら俺を呼べと言い聞かせた。
だが、京也は一度たりとも俺を呼ばなかった。
『呼んでもいないのに、いつも来てくれる君とおれは、何が違うの』
京也にとって、裏切った俺はもう友達でもなんでもないんだろう。
もしかしたら、俺が京也を気にかける必要なんてないのかもしれない。
きっかけは俺でも、手を振り払ったのは京也の方だ、と背を向けたって良かった。
それでも、暗い底に沈んでいこうとするアイツに手を伸ばすのは。
『あなたにも必ず、あなたのことを理解して仲良くなれる人が現れる。そういう人を大切にしなさい』
『だって、アヤカシさえ見つかればアンタを嘘吐きだという連中を見返せるんだろう?』
頑固にもアヤカシは実在すると、俺は嘘吐きじゃないと、証明しようとしてくれているらしいアイツの誠意に応えたいからだ。
途中、川にかかった長い橋に差し掛かったところで、京也にちょっかいをかけているグループを発見した。相変わらず下卑た笑い声を上げてこちらに歩いてくる。
「おい」
声をかけると、びくっと連中の肩が揺れた。
俺は尋ねる。
「京也を見たか」
「さあ?」
「家に帰ったんじゃねぇの〜?」
ヘラヘラと笑う割に泳ぐ目に、俺はコイツらは何か知っていると確信した。
学校で捕まえようとしても捕まらないのは京也が俺を避けているせいとしても、授業を終えてすぐに姿を消したので、またどこかに呼び出されているんじゃないかとチラとは考えたのだ。
大人の目の届かない、学外へ。
「おい答えろ。京也に何をした」
「何をしたって人聞き悪い……」
「そうそう。すぐに人を疑うのは良くないと思いま〜す」
「じゃあ質問を変えるぞ。裾が濡れているようだが、お前ら川で何をしていた」
連中が一瞬、黙った。
舌打ちが鳴る。
「……ったく、一体何なんだよお前はさぁ。オレたちは築城くんと遊んでるだけなのよ。なのにオレらの邪魔ばっかりして、すぐに先公呼ぶしよぉ!」
それを言うなら京也で、の間違いだろう。京也のヤツもこんな連中に構ってやる必要はないだろうに。
血走った目が、俺を睨む。
「うぜぇんだよ! 図体でけぇからって調子に乗ってんじゃねぇし!」
「そうそう、偽善者ぶってよそのクラスにまで首を突っ込むんじゃねーよ! いちいち迷惑なんだよ!」
「おい、コイツも川に落としてやろうぜ!」
「ヒヒヒッ、そりゃあいいな! コイツも昔、河童とか信じてたクチだしなぁ!」
高揚してきたのか勝手なことをさえずっている。
「……あ?」
その中で、聞き捨てならないもんが聞こえて俺は眉を上げた。
「落としただ……?」
京也をか?
「そうそう! ワンコちゃん、ずぶ濡れんなって帰っていったぜ! もー傑作!」
「半泣きになってたよなぁ!」
京也を、川に落としただと?
何がおかしいんだ。
汚ねえ笑い声を響かせて、アヤカシなんぞよりよっぽどコイツらの方が醜悪だ。
俺は、拳をかたく握りしめた。
『恨みを買うな、敵意を向けるな。そうすりゃ『普通』に生きられる』
あぁ、うるせぇ。
「そのくせぇ口を閉じろ……!」
気が付けば、俺は醜く笑う顔のど真ん中をぶん殴っていた。
「んなっ!?」
「な……何しやがる!?」
何だとはなんだ。
俺が拳を鳴らすと、分かりやすく連中は後退する。
初めて、人に暴力を向けた。
罪悪感は、思ったよりなかった。
「てめぇらがアイツを追い詰めたんだろうが……!」
京也はもう潰れる寸前だ。
肩に乗った浮遊霊どもが折り重なって、俺の目にはアイツの顔が見えないほどになっている。
俺は京也がアヤカシを招いたせいでそうなってんだと思っていた。だが、違う。アイツを擦り切れさせたのは、コイツらだ。
てめぇの狭い価値観で京也を排除した、コイツらのせいだ。
「俺が河童を信じてたから……なんだって?」
逃げ出そうとする二人の襟口をつかんだ。
にっこり、笑ってやる。
連中が震え上がった。
三人いるから勝てるとでも思っているんだろうか。くだらねぇ。
「かわいそうになぁ。河童がいねぇと本気で信じているとは」
「は、はぁ!? 気狂いかよ!?」
「自分の目で見ないと信じないタイプ? そうかそうか、なら」
「好きなだけ相手をしてやるといいぞ。ちょうどこの時間帯は腹を空かせているからな」
俺は、両手に引っつかんだ二人を橋の上から突き落とした。
殴り飛ばして呆けていた一人も、ついでに投げ入れておく。
橋から川まではあまり距離もないし、そこそこの深さがある川だからーーまあ、死にはすまい。
「な、何しやがる!」
「何って、お前らが京也にしたことだろ」
水面から顔を出して文句を言う連中に言い放つ。
そして、俺は鞄の中から、今でも肌身離さず持ち歩いている緑の一本を取り出した。
「は……きゅうり?」
一本のきゅうりを、間抜けな連中に放ってやる。
連中の一人が、不幸にもその一本をキャッチしてしまった。
途端に、水面がさざめく。
「な、なんだ?」
「おい、オレの足引っ張ったの誰だよ!?」
「なんだよコレ!? 囲まれているぞ!?」
俺には、連中の周りに集まり水中から目を光らせる影がはっきりと視えていた。
「健闘ぐらいは祈ってやる。がんばれ」
再び京也を探すために走り出した俺の背後で連中の悲鳴が聞こえてきたが、もはや振り返る気も起きなかった。
◯
結論から言うと、俺は間に合わなかった。
俺が駆けつけた時には、全て終わっていた。
パトカーが停まり、見物人が集まった中心に京也はいた。そこが鉄塔のすぐ側だったので、俺は上がった息すら止まりそうになった。
警察官に説教されている中、ぼんやりと上の空で京也は立っていた。
遠目に見たアイツの顔が、久々にはっきりと見えた。後ろにあった不穏な塊は綺麗に消えているようだ。
目が、合う。
京也は少し目を見開いて、俺に何かを言おうと唇を割ったように見えた。
だが、すぐに警察官に話しかけられてそちらに目を向ける。
あれよあれよという間に、パトカーに乗せられてしまった。恐らく保護されて親の迎えを待つのだろう。
パラパラと野次馬たちが解散していく。
良かった。
ーー無事で、良かった。
『ちょっとお節介だろうとは思ったんだけどねぇ』
鼻をすすっていると、電信柱の上からカァと声がした。
見上げるとナギさんが羽を整えているところだった。
『穢れ玉は祓っておいてあげたわよ』
「……恩に切る」
『なら、次の手土産は期待しておくわ。良い子じゃない。少し話したけど、アタシを見ても一切動じなかったわ』
ナギさんに会えたのか。
いや、ナギさんがわざと京也に「視せ」たのだろう。長寿のアヤカシにはそういうことができるヤツもいるらしいから。
『友達は大切にね』
それだけ言い残して、ナギさんは飛び立っていった。
取り巻きたちを引き連れて、真っ赤な夕焼けの空に消えていく。
「……次の手土産ってさぁ。俺、まだあの高校に通わなきゃダメなのかよ」
気が抜けたのも相まって、俺は大きく肩を落としたのだった。
次回1月7日7:00に更新します。
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