宝物
「ふざけるなよ」
メイコちゃんがゆらり、と踏み出す。
「お前らの事情なんか、どうでもいい。私たちには関係ないんだよ。私たちを早く元の学校に帰して」
「だから、呼んだのは俺では……」
「お前らのせいだろ!!」
メイコちゃんが伊東先輩につかみかかり、叩きつけるように叫んだ。
「お前らさえいなけりゃこんなことになってないんだよ! 神様なんて私は知らないけど! お前らが怒らせたからこうなったんじゃないのかよ!? なのに、自分たちがやったんじゃないから知らない!? バカも休み休み言え、ふざけんな!」
伊東先輩の胸を何度も殴りつける。
「帰して! 私たちを帰せよ!! 妖怪大戦争なんかよそでやってろよ! こっちは走るクマだけで手一杯なんだよ! 私らを巻き込むな!」
「神にするとか! くだんねーことやってんじゃねーよ!!」
そっとぼくはメイコちゃんの肩に手を置く。
「メイコちゃん」
ぼくが引き剝がすと、胸倉をつかんでいた手を放してメイコちゃんがフラフラと後退する。
そのまま、顔を覆ってしまった。
「私はただ、普通に学校生活を送りたいだけなんだよ……」
「大丈夫、大丈夫だから」
抱きしめた華奢な肩が震えていた。ずっと怖かったのに、メイコちゃんは耐えていたんだ。
急にいつもと違う学校に飛ばされて、訳も分からないまま逃げ回って、それなのに生け贄なんて言われたから堰を切って溢れてしまった。いっぱいいっぱいになってしまったメイコちゃんを責めることはできない。
ぼくは千鶴ちゃんに目を向けた。
「ごめん、少しだけお願いしていい?」
「あ、はい……」
千鶴ちゃんに連れられて、メイコちゃんが離れていく。
すすり泣く声だけがずっと聞こえていた。
ぼくは伊東先輩に向き直り、頭を深く下げる。
「すいませんでした」
「……構わない。彼女の言うことは、間違ってはいない」
襟元を正しながら、伊東先輩は視線を落とす。
「元よりはぐれ者だ。今更嫌われようが暴言を吐かれようが、慣れたものだからな」
そうだろうか。
さっきからこの人が口にする言葉はちぐはぐに聞こえる。
心からの言葉に、どうしても聞こえない。
ぼくは昔からそういうのが分かってしまう。本音がない空っぽのセリフだと、聞くだけで察してしまうのだ。
何度も何度も、いろんな人から中身のない愛の言葉をぶつけられてきたから。
「伊東先輩、ぼくはあなたたちを知りません」
彼のことも、彼がお嬢と呼ぶ人のことも。
「だけど、貴方がすごく苦しそうなのは分かります」
「なに……?」
「嫌、なんですよね? 本当は」
じゃなきゃ「お嬢」と呼ぶたびにそんなに痛そうな顔をしない。
この人が「お嬢」を大事に思っているのはよく分かる。かけがえのない宝物を手で包もうとするみたいにその名を呼ぶんだ。
そのくせ、その宝物に手が届かないと知っているみたいに切ない目をする。
「嫌なものか。お嬢は俺の全てだ」
その目をぼくはよく知っている。
鏡を見るたびに嫌になるほど目が合うから。
「もしその人が貴方の全てなら、ちゃんとそばにいてあげてください。絶対に離しちゃダメです」
伊東先輩は目を見開いた。
ぼくはふにゃりと笑ってみせる。
「にゃあ、ぼくの好きな子もそうなんです。夢中になると周りが見えなくなって、ぼくのことなんて忘れて突っ走っちゃうんですよ。いつも置いて行かれて、追いかけるのが大変です」
「……」
「だけど、好きなことに夢中になっている彼女もとっても素敵で好きです。誰に何を言われても一途に自分を貫く姿も、格好良くて好きです。だから、追いかけずにはいられないんです」
メイコちゃんはぼくのヒーローだ。
好きなものを好きだと言える強さを持つ彼女が、まぶしくて仕方がない。
だから、ぼくはメイコちゃんを追いかけるのをやめられないのだ。
たぶん、伊東先輩もぼくと同じ。
「ちゃんと捕まえて離さないでください。大切なその人が神様になって、遠くに行っちゃうのが嫌なら」
だから、分かってしまう。きっとこの人はこのままだととても後悔する。
「お、俺は……俺はお嬢を」
眼鏡の奥の瞳が、揺れた。
「お嬢を、支えたくて……俺を必要としてくれた、あの人の期待に応えなければ……だけど……」
本当は、もっとそばに。
吐息と共に漏れた言葉は、声になっていないにも関わらずはっきりと聞こえた。
次回12月4日7:00に更新します。
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