誓い
それなりに高い放物線を描きながら落下してきたと見える。もし屋上から落ちたのであれば無事では済むまい。
にも関わらず、花壇の茂みに落ちた人影はむっくりと起き上がった。
「……くっそ、解き放ってやろうというのに何てヤツだ」
頭を撫でながら立ち上がったその人は悪態をついていた。壁に頭をぶつけてしまったみたいな反応、ぼくもメイコちゃんも絶句するに十分だった。
いや、絶対死ぬ高さでしょ……?
隣から千鶴ちゃんと夢堂くんが、人影に向かって走り出す。
「伊東先輩っ!? 何やってんですか!?」
「……あ?」
乱れた眼鏡を指で押し上げ、伊東先輩と呼ばれたその人はようやくこちらに気が付く。
「あぁ……結女と夢堂か。お前たちもメールを受け取っていたから引き込まれたのか」
「だだだ、大丈夫ですか!? 派手にぶっ飛んできましたよ!?」
「問題ない」
問題ないんだ……。どうなっているの、この学校。
花壇から降りてきた伊東先輩は、ぼくたちをぐるりと見回す。
「これだけか?」
「は、はい! あれ? 黒名先輩もご一緒ではないんですか?」
「お嬢は……」
その時、ようやく伊東先輩は顔を歪ませた。
とても、苦しそうに。
「……お嬢は、無事だ。俺が逃した」
その時、寡黙を貫いていた夢堂くんが口を開く。
「黒名先輩はどこですか」
バリトンが厳しく張り詰めていた。
「この現象は、先輩方の差し金でしょう」
夢堂くんの言葉に、伊東先輩の目が細められる。
「何が言いたい?」
「黒名先輩は、学内が荒れるかもしれないと。こうなることを予期していたのではないか」
「……夢堂のくせに、今日はよく喋るじゃないか。だが俺たちをここに転移させたのは、屋上の守り神だ。勘違いしてもらっては困るな」
守り神?
ここの学校、屋上に守り神がいるのか?
ぼくはメイコちゃんを見たが、メイコちゃんも首を振る。ぼくも聞いたことがない。
「守り神は、自分を害する存在を察知して力を蓄えようとしたのだろう。浅はかだ、その程度でお嬢を止められる訳がない」
「? あの、話が見えないんですが……」
首を傾げる千鶴ちゃんに、伊東先輩は肩をすくめた。
「単純な話だ。守り神は生け贄を求めた。だから俺たちはここへ呼ばれたんだ」
「生け贄って……わたしたち!?」
生け贄。
ぼくはそれですとんと理解できた。
ここは箱庭の中で、ぼくらは放たれたうさぎ。いずれは食べられる予定で生簀いけすに入れられた魚。
食べるのは、屋上に住むという守り神。
「黒名先輩は何をやる気だ」
敬語をかなぐり捨て、押し殺した声で夢堂くんは問う。その大きな拳が音が鳴りそうなほど握りしめられていた。
「お嬢は、夢を叶えるつもりだ」
「夢だと?」
「そうだ。お嬢は神を殺したがっている。そして俺はお嬢を命に替えても守る。もう何年も前からそうすると決めていたんだ。たとえ……捨て駒にされたとしても」
「なぜ、そこまで」
「決まっている。俺が、お嬢に救われたからだ。お嬢こそ俺の希望そのものだ。お嬢のためなら、俺は悪魔にだって魂を売る」
まるで自分に言い聞かせているみたいだ、と思った。慣れたように口にする。
これまで何度も何度も刻みつけた戒めみたいに。
「俺が、お嬢を神にする」
聞いていて、あまりにも痛々しい誓いだった。
「ふざけるなよ」
メイコちゃんの一言が、一刀両断した。
次回12月3日7:00に更新します。
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