一難去ってまた一難
中庭の隅の木々の影に身を隠している時。
「……?」
ふとぼくは視線を巡らせる。
何か聞こえた気がした。音とも呼べない、打楽器が震わせる空気の振動。自然音ではあり得ない、何か、リズムのような。
「どうした、ヒナセ?」
「にゃあ。なんか、音楽が聞こえた気がして……」
もう一度耳を澄ましたが、聞こえない。空耳だろうか。
メイコちゃんは呆れた様子で「あのねぇ」と口を開く。
「こんな状況で音楽鳴らしているヤツがいる訳ないでしょ」
「それは……そうなんだけど」
「しっかりしてよ。非常事態なんだよ。ロズ様のアクキーがあの小汚い小鬼に踏まれているかも知れないと思うだけで気が狂いそう」
こんな時でもメイコちゃんはブレない。
いつの間にかクマがまたどこかに消えてしまった。そのせいで、メイコちゃんのスマホの所在の手がかりがなくなってしまいずっとこの調子である。
そう。今朝までぼくのスマホのストラップだったあのクマは、紐を引きちぎった後なぜかメイコちゃんのスマホを奪い取って逃走し行方を眩ませていたんだ。
実は、それ以前にもぼくのスマホを何度か持ち出していたようだった。何をしていたかは聞いても教えてくれなかった。
他にも、ホーム画面の壁紙を勝手に変えられたことがある。しかも戻そうとするとクマにポカポカ腕を殴られて止められた。その様子があまりに必死だったので、ぼくはホーム画面をそのままにしていた。
いつぞやに届いたチェーンメールのスクリーンショット写真を。
今にして思えば、この変な空間のことをクマは何かを知っていたのかもしれない。だけどクマは喋らない。ビーズの目では表情を窺うこともできず、ジェスチャーすら上手く伝わらない。意思疎通は至難の業だ。
「こないだみたいに、またどっかの扉が光り出したら帰れるんだけど」
その時、隣から「あのぅ」と遠慮がちに声をかけてくる女の子がいた。
「もしかして、前に神隠しに遭った時の話ですか……?」
先ほど自己紹介したばかりの、一年の千鶴ちゃんだ。なんと校内で有名なオバケ処理班の一員だという。道理で一人でに動き回るクマにも神隠しにも動じない。
「そう。前に似たような空間に閉じ込められた時は、教室の扉がいきなり光り始めて外の世界に繋がったの」
メイコちゃんが神隠しに遭った時には、同じくさまよっていたクマを手に入れた途端に出口を見つけて帰ってこられた。
あの時の同じ方法を試すなら、クマをもう一度呼び戻さなければならない。
クマを拾った時のかいつまんだ話は既に千鶴ちゃんと、彼女の連れの大男・夢堂くんに説明済みだ。
どうやら、二人はおかしなチェーンメールの出所を探っていたらしい。その状況下で、スマホを持ち歩くクマのストラップが出たと校内で噂になれば、二人としては調べない訳にはいかないのだろう。
対するぼくとメイコちゃんの見解は「クマが関わっているかもしれないが、発信源ではないと思う」だ。
なぜなら、ぼくもメイコちゃんもそれぞれ別の交友関係からチェーンメールが回ってきたからだ。ぼくの場合はクマによって勝手に転送されていたが、まず最初に受信したのは友達からだったから、その時点でクマが介入する余地はない。
だから、クマは違うと思う。
その時、上の方で大きな爆発があった。
「今度は何っ!?」
屋上だ。
叫ぶメイコちゃんにぼくは覆い被さる。遅れて細かい瓦礫の雨がこちらにも降り注いだ。危ない。
横目に見ると、ずっと周囲を警戒してくれていた夢堂くんが千鶴ちゃんを同じように庇っているのが見える。
千鶴ちゃんが上を指差した。
「あっ、あれ! 人っ!?」
瓦礫の雨が止んでから、振り返る。
爆発に巻き込まれたのだろうか。
遅れて視認したぼくの目に映ったのは、人の形をした物体が、ちょうど花壇の上にドサッと落下したところだった。
次回12月日7:00に更新します。
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