暗闇の中で
晴海の視点です。
闇の中を漂っていました。
どれほどの時間が経っているのかは分かりません。ほんの数分かもしれないけれど、もう数日過ぎたのかもしれません。
「やはり邦彦くんは祠を壊さなかったか……」
目を開けると、そこには黒名蘭子先輩がいました。
急に彼女が現れても私は驚きません。なぜなら何もないこの退屈な牢獄に私を閉じ込めたのは彼女なのですから。
「賭けは私の勝ちですか?」
「ふふ。そうだね。さすがに分の悪い賭けだった」
負けたというのに黒名先輩はとても楽しそうでした。
そうでしょう。彼女にとってこれはゲーム、暇をつぶすための手段でしかないのですから。
「茨木童子の伝説は知っているかね、菜子くん?」
まるで廊下で雑談をするように気軽に彼女は話し始めました。
「かつて大江山で悪事の限りを尽くした大鬼たちの話だよ。親玉や仲間を失い、茨木童子自身も腕を無くして這々の体で逃げ延びた。だが腕を奪われて黙っている茨木童子ではなかった。腕を切り落とした渡辺綱の身内に化けて彼を騙し、腕を取り返すのだ」
私もその話を聞いたことがあります。
細部は違いますが、いくつかの伝承で奪われた腕を取り戻す大鬼の話があります。
「さて、ここで問題だ。腕を取り戻した大鬼は一体どこへ消えたと思うね?」
難しい問題です。
なぜなら、どの伝承においても腕を取り戻した大鬼の所在を記すものはありませんでしたから。
黒名先輩は暗闇の中でニヤニヤ笑いを揺らします。
早くネタばらしがしたいとうずうずしているようでしたから、答えはきっと私の度肝を抜くものなのでしょう。逆に考えれば、答えはむしろ想像に難くありません。
「まさか……」
「まさしく。我らが学校の屋上で祀ってあるものこそが、それだ」
黒名先輩は頭上を指差してみせました。
「茨木童子はその後、この地に流れ着いた。しかしながら大鬼を追っていた有力な霊能者との戦いの末、両足を切り落とされてこの地に封印されたのだよ。屋上に祠があるのは地中深くに埋めた足から引き離し、この地に縛り付けるためだ。大鬼は、今もなお奪われた両足を探し求めている」
「黒名先輩は、大鬼を解放したいのですか?」
尋ねると黒名先輩はゆるりと首を振ります。
「それは本来の目的ではない。私が欲しいのはヤツが座する土地神の立場だよ。大鬼などどうなろうと興味はない」
「では、神になりたいと?」
「おかしいかね。私は私自身の意味を見出さねばならん。本懐を遂げるためならば手段を選ばない」
「自分の意味、ですか。よく分かりませんね」
「生きる意味だよ、菜子くんは考えたことはないかね? なぜ自分は生まれてきたのかと」
なぜ生まれてきたのか。
恐らく、哲学的な問いかけではないのでしょう。
きっと、黒名先輩が言いたいのは「苦労してまで、なんのためにこの世を生き続けなければならないのか」という自分自身が生きる動機の話。
「私にはね、父がいない。母は私に興味がなかった。孤独は絶望を生み、絶望は自身の存在意義をも奪っていった。私はね、菜子くん。『黒名蘭子が存在して良かった』と証明しなければならない。そうでなければ、私がここにいる意味がない」
「……」
「なあ、君はどうだ? 君は親から見放され、帰る家を失った。一人になった君は、何のために生きている?」
何のために、ですか。
そんなもの、答えは決まっています。
「愚問ですね。私は自分から家を出ました。自分の足で、自由に生きるために私はここにいます」
自分の決断に後悔はありません。
私はもう何かに縛られて生きるのをやめたのです。意味などどうして重要なのでしょう? これからが私の人生の楽しいところですのに。
「ふふ、やはり菜子くんは強いね。この程度では揺らがんか。もし君がか弱い乙女であったなら、もっと邦彦くんを御しやすかったろうにな」
黒名先輩は肩をすくめてみせました。
どうやら、私は邦彦くんを動かすための餌のようです。だからこんなところに閉じ込めているのでしょう。
だから、私は言ってやりました。
「邦彦くんは、貴女の思い通りにはなりませんよ」
「それはどうだろう」
黒名先輩の笑みが深まりました。
今まで被っていた皮が引き剥がされ、悪意が見え隠れしているようでした。こちらこそが黒名先輩の本性なのでしょう。
「邦彦くんは、必ず君を助けに来る。そのためならば邪魔なものは蹴散らしてくれることだろう。彼は友を見捨てられない、彼の願いが『平穏』なればこそ」
「貴女は邦彦くんを分かっていませんね」
挑むように私は微笑んでみせました。
「邦彦くんはいつだって予想を超えてくるんです。貴女の予想すら超えてみせますよ」
次回12月1日7:00に更新します。
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