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愚かな人

作者: 真柄態態

私が愛するのはいつもそう。愚かな人間たちだ。彼らは決して社会に迎合せず、自分の道を何があろうとも貫く。とでも言えば格好良く聞こえるが、実際のところはただ馴染む方法を知らない、もしくは知ろうとしないが故に自分の世界に引きこもらざるを得ないのである。自分の世界という城の中で悠々自適に暮らすまさに王様だ。家臣も民もお妃様もいないたった一人の裸の王様。もちろんその醜い裸体を見るための鏡なんぞ持ち合わせてはいない。ただあるのは尊大な自意識を飾り立てる煌びやかな、でも人には見えない衣装と、それを演出するための芸術家たちのみだ。美しいバイオリンの音色と煌びやかなトランペットに彩られた彼の自尊心はまさに豪華絢爛そのもの。そして彼は今日も豪華絢爛な心と体をジャラジャラと下品に鳴らしながらまかり歩くのである。あぁなんて恥知らずなのだろう。その裸体に魅入られる人などいるはずもないだろうに。そして周りの皮肉や冷ややかな笑みから自らを守ってくれる衣装は、なぜその醜い裸体を隠す機能を持ち合わせなかったのだろうか。せめて彼に家臣の一人でもいれば「王様よ、なぜ裸で歩かれるのですか。恥ずかしいとは思わないのですか。お願いですから服を着てください。世間は服を着ています。いや、世間は服を着ることを世間という条件にしています。世間において服を着ないものがどう思われているかご存知でしょうか?奇妙、珍妙、変わり者、変態、厚顔無恥…ここらにしておきましょうか。とにかくあなたは世間ではなくなってしまっているのです。世間に…」などと白くなってしまった眉をひそめ説教でもしてやるのだろうか。そういうことを言うのは、きっと白髪で銀縁の眼鏡をかけた目つきの険しい老人だろう。世間を渡ってきたがゆえに刻まれたいくつもの皺と、失われた目の輝きを武器に王様を説教する古くからの家臣。きっと彼も若いときには壮大な野望や夢溢れる世界に恋い焦がれたことだろう。しかしそれらは世間があったからこそ魅力を保てたのである。誰しもが現実から目を背けるために没頭する世界を持っていて、その世界がなくなったとき、あるいは存在を見出す必要がなくなったときに、初めて大人と呼ばれる人種が生まれるのだろう。とすれば、かの王様はまだ大人になっていない子供となる。年齢というメモリだけが先に行ってしまった哀れな子供。まったくなぜ私はそんな人間に惹かれてしまうのだろうか。

「おーい」

おっと王様がお呼びだ。

「おーい。やっと新作出来た!見てよ」

一体今度は何を作ったのだろうか。面倒くささを胸に秘めつつ白いドアをがちゃりと開けた。私たちの住むアパートはいたって平凡な2LDKである。ただ王様が好きな色が白なので、黒い玄関扉を開けた先はほぼ真っ白の空間となっている。白い壁に白い廊下、そして白いドア。サテン色のドアノブの先には嬉々とした表情を浮かべた王様が、珍妙なオブジェを胸に抱きこちらを見ている。

「なにそれ」

私の口からはその4文字のみが出た。上機嫌なモアイ像のような顔と、オオサンショウウオのように不器用そうで小さな手足、そして少しくすんだ赤やけばけばしい緑、暗い青でチグハグに彩られた全身のカラー。まさに珍妙だ。彼のセピア色のシャツを背景にしているからか、うるさいくらいの存在感を出している。

「なにって1週間前から作ってた粘土細工のオブジェだよ。この間テレビで見てた中南米の民族特集?だっけかで見た民族衣装にやけにひかれちゃってさ。そしたらこのオブジェが頭の中に住み着き始めたんだよね。だから僕の頭の中の世界から現実にお引越しさせたんだ。でも現実のものとしてみると僕の想像の中に居たときより生き生きとしてるんだよこいつ。ほんと僕の頭の中に生まれてよかったね。」

「つまりあなたが出産したってわけね」

私は笑いながら言った。

「出産か。それは思いつかなかった。すごいね。僕は彼のお母さんってわけか。これから彼のことを自分よりも愛して育てなきゃいけないのか。ならこの部屋に防音室とアトリエを作らなきゃいけないよ。」

王様の子育てには防音室とアトリエが必須なようだ。社会を拒絶した部屋たち。そこに入れるのはただ純粋な芸術のみ。きっと大層立派で愚かなであなたのような子が育つことだろう。

「ふーん。そのうち学校にも通わせないといけないかしらね」

と言うと、王様は不思議そうな目でこちらをみた。

「それはこの子が決めることでしょ。学びたければ学校に行けばいいし、身体動かしたければスポーツクラブに行けばいい。旅がしたければどっかしらに歩いて行けばいいんだ。いずれにしろ僕らにできるのは彼を慈しむことだけだよ。なんて言ってたら僕本当にこの子の親の気分になってきちゃった。こうやって育ってきたのかな〜僕も。」

そう言うと王様は我が子を愛おしそうに見つめた。王様の子はなんとお気楽そうなのだろう。この男に魂を吹き込まれた創造物はどれもこれも幸せそうだ。空っぽな幸せで構築されたアート。そこには信念やら思想やら高尚な精神も入っているのだろうか。それとも中身のない入れ物でしかないのだろうか。まるで机の上にある花の入っていない花瓶だ。

「そういえばさ、そこの花瓶に花入れないの?」

「ん?あー入れなくてもいいかなって思えてさ」

王様は笑いながら続けた

「花の入ってない花瓶とか、芯の入ってないシャーペンとか、動かない時計とか。僕そういうの好きなんだよね。存在意義を果たしていないモノ?ってやつ。こういうものってただ存在しているだけでなんの役にもたってないのにさ、こんなに堂々と存在しているんだよ。ここまで美しい存在ってあるのかなって僕は思うんだ。」

花の入っていない花瓶、芯の入っていないシャーペン、動かない時計、働かないサラリーマン、車輪のない車。王様の世界ではただ存在するものこそが美しく、存在しようとするものは美しくないのだろうか。なんて横暴な専制君主なのだろう。彼の王国の中で生きるには努力や苦労、見栄や建前を捨てなければならないのである。自らの見苦しさや醜さを愛さなければならないのである。さもなければ美しくないというレッテルを貼られ、追放されてしまうだろう。

「あ、なんか飾りたい花でもあった?」

王様が私に尋ねた。

風が吹いているのだろうか。白色の透き通ったカーテンがゆらゆらと揺れている。美しい光景だ。しかし、カーテンがただ動かずそこに鎮座していたのならば、美しいと感じたのだろうか。もし感じなかったとすれば、私が美しいと感じたのはカーテンにでは無くカーテンの動きに対してということになる。踊らないダンサー。そしてそれに対する美の感情。ダンサーを取り囲む世界が踊り始めた。

「ハイビスカスなんていいと思うわ。もちろん花の無い。」

緩やかなステップとしなやかな動きが私を魅了する。世界は美しい。醜くて見苦しいのにも関わらず全く止まらずに動き続けている。一切の感情、思いやり、配慮。それらを冷たい目で見下しているかのような、あの冷たい循環を止めるにはどうしたらいいのだろうか。あの珍妙なオブジェのようにからっぽになればいいのだろうか。目の輝きを失えばいいのだろうか。

「やっぱ僕君を愛してる。美しいよ君は。」王様が、からっぽの目でこちらを見ている。何に対しての微笑みなのだろうか。なぜ私の手を掴み口づけしようとしているのだろうか。何もかもがわからない。王様の唇はまるで五月の風のように私の唇にふれ、そしてついばみ始めた。なぜ人間はこの唇ではなく陰部や乳首を隠すのだろうか。唇のほうがよほど卑猥だ。熟れた果実のような皺や、骨董品屋にある伊万里焼のような妖しい光沢。一体なぜこのようなものを顔につけてしまったのだろう。そしてこの卑猥な器官の先には蛇のようにしなやかな舌がある。この動物は、私という獲物を見つけるやいなや絡みつきはじめた。肉食動物に狩られる私は、草食動物そのものだ。その苦しさと快感とが私を襲う。あぁ私の胸に湧き上がるこの感情は一体どこから来たのだろうか。唇を通じて王様の身体から私の身体に移ってきたのだろうか。まるで駅から家に帰るかのように、当たり前の行為が行われている。からっぽな身体を行き交う芸術家たちに改めて感謝をしなければならないだろう。彼らの荘厳で美しい演奏が、私をお妃様へと変貌させる。気分はまるでシンデレラ。今私の世界は美しい。あぁ王様万歳。時間よ、どうかこのまま止まっていておくれ。


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