三人目 前編
少し長いです。
「修業は順調だね!」
「たくまもりんかも笑ってたねぇ」
たくまがバスケに打ち込んでいた公園で、二人笑い合う。先日、ここで恋に悩める少女が救われたのだ。頬に浮かべた笑みも深くなる。
「あれぇ?」
笑い合っていると、ロカが何かに気づいた。ロカの視線を追った先には、一人の少女が立っている。つやのある黒髪と尻尾のような髪型に覚えがあるが、以前とはずいぶん雰囲気が違う。
「君はりんかと一緒にいた。どうして怒ってるの?」
たしかかれんと呼ばれていた。優しく友人を慰めていた姿はそこになく、今にもはじけ飛びそうな異様な気配をまとっている。
イスズの声が聞こえているのかいないのか、佇む二人におもむろに近づく。数歩の距離を残して立ち止まったかれんの顔を見て、二人は息を呑んだ。
「この、偽善者!!」
空気を裂く絶叫が響き渡った。激情に燃える双眸が見習いを貫く。
「ぎぜんしゃ、って、なんのことぉ?」
ロカの小さなつぶやきに、瞳の苛烈さは変わらぬまま、かれんが答えた。
「聞いたのよ。あんたたちは、人を笑顔にするために来たんだ、って」
「そうだよぉ、私たちはみんなの笑顔のために」
「嘘つき。笑顔のため? 人のためみたいな言い方しないで」
ロカの言葉を遮り、奇妙に静かな声でかれんが言う。
「ウソじゃない、みんなの笑顔のためだよ!」
隠しきれない非難の色が滲むかれんの言葉に、イスズが言い返す。
「自分のためでしょ?」
動じた様子もなく、かれんが言葉を紡ぐ。静かだった声に波が起ち始めた。
「あなたたちが人の笑顔を求めるのは、自分のためでしょ? 人を笑わせたら、神になれるって。だったらそれは、あんたたち自身のためで人のためじゃない! あんたたちは、自分のことしか考えてない!!」
燻っていた感情の全てを叩きつけるようにかれんが叫ぶ。言葉の最後は悲鳴に近かった。肩を大きく上下させ、呆然とする見習いに一瞥をくれると、かれんは離れていった。
彼女を引き留めることができないほど、いや、意識からその存在が抜け落ちるほど、彼女の言葉は衝撃的だった。例え相方に力一杯横っ面をはたかれても、これほどの衝撃はないだろう。
「自分の、ため?」
「誰かのためじゃ、ない?」
ぼんやりと先ほどの言葉を繰り返す。
「うそつき……」
「自分が神になりたいから……」
そうなのだろうか。言われてみればそうかもしれない。誰か人のためなど、そんな高尚な考えなどなく、ただ自分の利益のみを追求していた――。
「悩んでいるみたいね」
涼やかな声が投げられる。思考の渦に呑みこまれようとしていた二人の意識を現実に引き戻した声の主を見て、イスズが驚愕の声を漏らす。
「ワカ様……!」
そこにいたのは、人々の眠りを守る夜の色の神、ワカだった。
「今の子はきつかったね」
ワカの後ろから、ニシキも顔を出す。苦笑を浮かべてかれんが去って行った方向に視線を流した。
「あの、私たち、立派な神になりたくて、だからぁ」
垂れた眼に焦燥と不安を宿らせて言い募るロカを、ワカが手を挙げることで制する。
「私たちは何も教えてあげられない」
未熟な見習いに向けられた瞳は峻厳で、反論を許さない迫力に満ちていた。ニシキも隣で微笑むだけで、助け船を出そうとはしない。
これは、イスズとロカ、見習い二人が自分たちの力だけで乗り越えるべき壁なのだ。
(それは間違いないんだけど、ね)
ワカは半身と目を見交わした。神が見習いに答えを与えるわけにはいかないが、答えを得るための助言くらいなら許されるだろう。
「二人とも、ちょっといいかな」
ニシキが沈む少女たちに声をかける。二人の顔は不安と悲しみ、そして自身への猜疑で満ちていた。
「君たちは、どうして神になろうとしてるんだい?」
「どうして、って……」
問われた見習いが視線をさまよわせる。いずれ神となる見習いに選ばれた以上は、必ず答えを持っている。それを見失ってしまっているのだ。
「僕はね、どんなことがあっても、いつか光が差すんだって、伝えたかった」
静かな口調でニシキが語る。ニシキが神に成った理由。
どれほど時間がかかっても明けない夜はなく、見上げればどこまでも突き抜け広がる空があると伝えるために。
「私は、穏やかな眠りを守りたいと思ったわ」
凜然とワカが告げる。ワカが神と為った理由。
辛いことがあったとき、せめて眠るひとときは苦痛から解放されるように、どんな姿も夜の帳が覆い隠せるように。
「あなたたちの本懐は何?」
先達の発問にイスズとロカが沈黙する。正解を見いだせないことに歯がみするのではない。今一度願いを見つけるために、自身に問いかけるのだ。
顔を上げた二人の瞳には、強い意志がきらめいていた。
「私、わかった!」
「かれんに会いに行こう!」
イスズがあげた声に、ロカも深く頷く。
「ありがとうございました!!」
助言を与えてくれた神に慌ただしく頭を下げる。ワカは肩をすくめ、ニシキは笑みを深めることでそれに応えた。
「頑張れ」
激励の言葉を背中で聞きながら、若き見習いは駆けていった。
ここまでお読みくださりありがとうございました。




