一人目 後編
「ふーん。つまりあんたらは神様の見習いで、俺を助けに来たって?」
イスズとロカ、二人が代わる代わる話した内容をまとめるとそうなる。
「そうだよ! 私たちは君を笑顔にしたいの!」
イスズが高らかに言う横でロカも大きく頷いている。神だ何だというのは正直理解しがたいが、二人は輝いて見えた。目標に向かって邁進する姿がそう思わせるのだろう。
きらきらとまばゆい見習いに、たくまの胸がうずく。視線が落ち、つま先しか見えなくなる。
(俺は全然だってのになぁ)
「君は何を悩んでるのぉ?」
自分の靴を見つめていたたくまの視界に、ロカが入り込んできた。体を折り曲げて、下からのぞき込む。
「試合に出られないんだよっっ!」
自信にあふれた二人が劣等感を刺激する。知らず、口調がきつくなる。それでも素直に心情を吐露したのは、いるかどうかもわからない神に縋りたかったからかもしれない。
「努力が足りないとかぁ?」
「努力する意味がわかんねぇよ」
いっそ無邪気とも言える一言に胸がむかむかする。努力はしているつもりだった。けれど結果が出ない。いつしか努力することに意味が見いだせなくなっていた。
「好きなのに?」
今度は栗色の神の見習いが問いかけてきた。片割れと同じく、素朴な疑問をきく調子だ。
「最初は! そうだった、かも、知んねぇけど……」
そうだ、最初は好きだったのだ。ボールを追いかけ、パスを回し、ディフェンスをくぐり抜けて頭上のゴールへとボールを放る。チームに貢献できたときは気分が良いし、うまく立ち回れなかったら情けない。勝てば嬉しくて負ければ悔しい。
最近は負けることすらない。試合に出られないのだから当然だ。相手がいなければ、負けて悔しがることすらできない。ただただ苦しくて退屈な日々だった。
「バスケ、やめようかな……」
自分の口から出た言葉にはっとする。慌てて二人の少女を見やれば、不思議そうに首をかしげている。
「好きなんでしょ? なのにやめるの?」
「やめちゃったら後悔するよねぇ?」
言い分はもっともだ。バスケが嫌いになったわけではない。嫌いなのは成長できない自分だけだ。今やめたら後悔するのは間違いない。いずれやめる時は来るだろうが、それはこんな中途半端な気持ちではないだろう。
やめるという選択肢は、逃げると同義だ。まなうらから消えてくれない幼なじみも、今度こそ愛想を尽くすかも知れない。
それでも。それでも、努力することに疲れた。結果の出ない練習は、ゴールのないマラソンだ。いつまで頑張れば良いのか、本当にゴールに向かっているのか。もしかしたら逆走しているのではないか。
疲れ切ってしまったのだ。力なくうなだれたたくまを見て、漠然とわかった。二人で目を見交わす。やるべきことは決まった。あとは実行するだけだ。
「初心忘れるべからず、だっけ? 昔の君を見に行こう!!」
イスズが腕を引き、ロカが背を押す。
「なっ!? おい、ちょっと待て!」
たくまの静止など何処吹く風。ひときわ力強くイスズが腕を引いた瞬間、景色が変わった。
どこかの家の一室。雑多に物が置かれ、生活感があふれている部屋には、今日び見ないブラウン管のテレビが据えられている。
高画質になれたたくまの目からするとずいぶん粗い画像。その画面を食い入るように見つめていたのは、小学生になりたての――
(俺?)
たくまだった。
学校を終えたばかりなのか、ランドセルすら下ろさずテレビにかじりついている。
目の前に幼い頃の自分がいる。普通ならあり得ない出来事に、なぜかたくまは冷静だった。夢でも見ているかのように現実感がない。あるいは、眼前の幼いたくまと同じ、テレビ画面を眺めているような感覚。どこか判然としない感覚のおかげで、素直に状況を受け入れられた。
たくまはただ、小学校時の自分を見ているだけ。それだけで特に問題はない。
気になったのは、幼いたくまが見つめる画面。その内容だ。なにせ児童一人がへばりついているので、よく見えなかったのだ。自らもテレビに近づき、上からのぞき込む。
映っていたのは、とあるバスケの試合だった。世界の王者を決める大会。それに出場する日本のチーム。
外国の選手はみな体格がよく、到底闘えるようには思えない。それでもボールを手足のように操り、人の隙間を抜けてゴールを決める。点差なんて関係ない。バスケットゴールにボールを入れる、その瞬間のためだけにコート内を走り、ボールを追う。
(ああ、そっか。俺は)
――その姿に魅了されたのだ。
画面の向こうで繰り広げられる攻防に、幼いたくまは歓声をあげる。ゴールが決まれば腕を振り上げ、外せば声援を送る。どちらのチームが勝っているとか、そんなのは気にしていない。ただボールの行方に一喜一憂する。
(なんだ、簡単じゃねぇか)
純粋にして単純。ただバスケが好き。
その思いだけが、少年を支配している。
その思いだけが、たくまがバスケを続けてきた理由。
なにも難しく考える必要はない。試合に出られないのは面白くないが、それでバスケをやめるなんてもったいない。バスケは楽しいものだ。いつからか、試合のことばかり考えるようになって、楽しめなくなっていた。
(俺、やっぱバスケ好きなんじゃん)
ぐるぐる考えていた自分に苦笑がもれる。何を迷っていたのだか。努力する理由も意味もない。楽しいから頑張る。それでいいのだ。
余計な力が抜けた。幾度か瞬くと、目の前に見習い二人が立っている。白昼夢でも見ていたようだ。わくわくした顔の見習いに、名前と目的以外知らない少女に、笑顔を向ける。
「俺、もう一回頑張るよ!」
たくまの憂いの晴れた笑顔を見て、イスズとロカもはじけるように笑った。
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