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Q.それは誰かのためですか?  作者: ベジタ某
2/8

一人目 前編

 目を開けると、周りが見えなかった。より正確を期すならば、門の向こうに漂っていたもやに四方を囲まれていた。視界が悪いだけで、体を動かすのに制限はない。

「イスズぅ、これ見てぇ」

 声のした方へ体を向けると、ロカが地面をのぞき込んでいた。傍によると、地面が丸く鏡のようになっているのがわかる。

 興味深そうに体を乗り出していたロカがそっと手を伸ばすと、映り込んでいた見習いの姿はかき消え、かわりに一人の少年が映し出された。

 公園にあるようなバスケットゴールだ。ボールを抱え、一人力なくうなだれているのが見える。

「あの子、全然笑ってないね」

 そうこぼしたイスズに、ロカが大きく首肯する。

「まずは彼を笑顔にしたいなぁ」

 ロカが言うやいなや、のぞき込んでいた地面が波打った。瞬く間に視界が灰白色のもやで覆われていく。

「え、なに!?」

 見習いがもやに呑まれている間に、少年の傍に一人の少女が近づいていた。


 * * * * * *


「くそ、やっぱり俺なんかじゃ……」

 手にしていたボールに視線を落とすと、沈鬱な声がもれた。自身の声色の暗さに、いっそう打ちのめされる。

「何やってるのよ、たくま。そんなに下向いて」

 バスケットボールを抱えたまま、たくまがうっそりと顔を上げる。腰に手を当て、きりりと眉をつり上げたりんかが立っていた。


「何でまたお前がいんだよ」

 あえて仏頂面をつくる。うっとうしく思っているのが丸わかりの表情に、りんかはしかめっ面で対抗した。

「たくまが泣いてる姿を見てやろうと思っただけよ。深い意味なんてないわ」

 つんとそっぽを向く姿はあざといくらいに可愛い。しかし、今は素直にそう思えない。


 世に言う幼なじみであるところのこの少女は、小さいときからたくまの傍にいた。それこそ泣き顔だって何回も見られている。もともとたくまはよく泣く子だったし、りんかが慰め役だったのも事実だ。同じ高校に進学し、小学校から続けているバスケットボールを、たくまは選手として、りんかはそれを補佐するマネージャーとして続けることにした。

 りんかは言葉はきついが気が利き、顔だってややつり上がった目が彼女の雰囲気によくなじんで魅力的だ。りんかはマネージャーとして貢献しており、今ではすっかりチームにとってなくてはならない存在になった。


 それに比べて自分はどうだろう。己を顧みる。

公立高校ゆえにさほど強いとは言えず、さりとて弱くもないバスケ部で、万年補欠にいる。部員の数が多いわけでもないのに、十年ほど続けている身で一度もスタメンに選ばれたことがない。

 幼なじみとの間に格差が生まれた気がして、最近はまともな会話を避けている。どうでもいいと思える存在であればよかったのに、彼女はどうしたってたくまの心から出て行かないのだ。

 りんかにかっこいい姿を見せたい。そう思えば思うほど現実に嫌気が差し、りんかとうまく話せなくなる。りんかもかっとなりやすい性格のため、会えば口論ばかりだ。そのくせ彼女は会いに来ることをやめようとはしないのだ。


(俺が悩んでいる姿を見て楽しんでいるとしか思えない)

 悪魔のような女だ。内心で毒づく。

「わざわざ見に来てくれてご苦労さん。でも俺は泣いてないぜ」

「ふーん、そう。今度の試合でもレギュラー落ちして、悔しがってると思ってたのに」

 棘を含んだ言葉に気持ちがささくれ立つ。気にしていないわけがない。悔しいに決まっている。ただそれをりんかに見せるのはプライドが許さないだけだ。


「別に。まあ、俺なんてそんなもんだってことだろ」

 会話を続けようとしたら、思ったより自虐的になった。だが嘘ではない。そうだ、結局そんなものだから、試合に出られないのだ。唇が勝手に自嘲の笑みをかたどった。

「――だからたくまはダメなのよ!!」

 りんかが叫んだ。腹の底から振り絞るような大音声で。突然の大声に目を見開いたたくまを見て、何か言いたげに口を開いた。眉根をきつく寄せ、泣き出しそうな表情になったかと思うとそのまま背を向けて走り去る。


 たくまは後を追えなかった。それはりんかの目尻に光るものを見つけてしまったからであり、彼女の絶叫が心をえぐったせいでもある。

 かっこいいところを見せたい。そう思っていた相手にダメだと断じられて鷹揚に受け流せるほど、たくまは人生経験を積んでいない。

 ただりんかの去った方向を茫洋と見つめるしかできなかった。


「どうしたの?」

「ぅわっっ!!」

 ぼんやりとしているところに突然声をかけられ、肩が跳ねた。慌てて振り向けば、いつの間に近くに来たのか、見慣れぬ二人の少女がいる。栗色の髪をした闊達な少女と、垂れた眉と瞳がマイペースさを感じさせる少女だ。


「な、何だよ、急に。てか誰だよ?」

 大げさに驚いたことに羞恥を覚え、態度がきつくなる。二人組は気にした様子もなく、待ってましたとばかりに頷いた。

「「私たちは――」」

 勢い込んで名乗りを上げようとした時、夕暮れを告げる放送が響き渡った。カラスの歌である。なんとも白けた空気が漂う。

「で? あんたらは何だって?」

 放置するのも悪いかと改めて聞き直すと、二人はがっくりと肩を落とした。あんなに気合いが入っていたのを邪魔されればそうなるだろう。たくまは肩をすくめるにとどめ、余計なコメントは差し控えることにした。



ここまでお読みくださりありがとうございました。

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