俺の憧れている人は色々な事を抱え込んでいる。
少年は願い、少女は求めるシリーズ第13弾。アブルスト家長男、リュシュエルに使えるもの目線
リュシュエル・アブルスト。それが、俺が仕えている主の名だ。この国でも有数の権力を持つアブルスト公爵家の長男で、次期当主。俺はリュシー様に、心から仕えたいと思っている。本当にこの方の力になれるなら、なんだってしようとそう思っている。いや、なんだってしてみせる。
リュシー様には昔から仕えている。それは、俺の親が元々アブルスト家の当主に仕えている関係で、決まった事だった。
リュシー様は昔から不思議な存在だった。子供のころから大人びていて、俺はその理由を聞くまでは知らなかった。その理由を聞いたのは、リュシー様が、弟君であるカルド様に俺たちが生まれる前に家から出て行ったとされるリュシー様の叔父のディーク様を探しにいかせると聞いた時だった。何故と問いかけた俺に、リュシー様はいった。
「お前は俺の家をおかしいと思わないか?」
と、まず聞かれたのはそれだった。
正直聞かれた意味はさっぱり分からなかった。俺にとってアブルスト家は普通で、何がおかしいのか分からない。でも、俺に問いかけてくるという事は、リュシー様は、おかしいと思っているのだろう。分からない。
リュシー様には何がおかしく見えているのですか、と問いかけたら、今まで知らなかったリュシー様の本音を教えてくれた。この家のおかしさは、ルイス様だと。ルイス様は、当主様の従弟で、この家の中心的人物だ。
リュシー様の父上である当主様も、祖父である前当主様も、皆が彼を好いている。俺だってルイス様の事は普通に好きだ。だから、リュシー様が言う意味は分からなかった。
「……良かった。お前は、まだましだな」
なんてつぶやかれて、聞いたところによると、この家での普通の反応はルイス様に意見を言う、ルイス様をおかしいという、などといった態度をした瞬間、怒鳴られ、罵倒され、撤回を求められるものらしい。……でも俺そんなところ見た事ないと言ったら、「皆がルイス・アブルストを肯定しているからだ。なんせ、あの両親はカルドが嫌いだと口にしたら大変な事になったぞ」と言われた。そんなこと知らなかった。いや、確かに俺はルイス様に好意を抱いているかどうかでいえば、好意を抱いているし、カルド様がルイス様を好いていないと知って驚きはするけれど、それでののしるなどという行為をする事はないだろう。というか、ちょっと従兄弟をののしるといった行為をしたぐらいで、息子を罵倒するような存在な事には驚いた。
確かに当主様はリュシー様が仕事が出来ると知ると、任せるような無責任なというか、アレな人だけど、家族愛はあるはずだと思っていたのだが。少しアレな人なだけで、別に悪い人ではないと……。
「ティーガー、俺はな、ルイス・アブルストをどうにかしなきゃいけない。両親がああなのも、アルノ伯母さんがああなのも、ルイス・アブルストに原因がある。俺はそれを知っている。俺が、何とかしなきゃならない。そのために、俺はここにいる」
リュシー様はそういった。リュシー様の言っている意味がさっぱり分からなかった。自分がなんとかしなきゃいけない。すべてはルイス様のせいだと、そう告げる意味が。
「どうして、そういえるんですか……」
俺はルイス様とは時々しかお話も出来ないような立場だったけれど、そこまでリュシー様が言う意味がわからなかった。でも、俺の尊敬するリュシー様がここまで言うなら理由はあると思った。
リュシー様は、俺をまっすぐ見て、「信じられないだろうが」とそういって俺に一つの話をしてくれた。
それはリュシー様には前世の記憶があるという事。そして、ルイス様は魅了と浸食という恐るべき能力を持ち合わせているという事。ルイス様の前世の存在の浸食が原因で、前世のリュシー様が大切な人を死に追いやってしまったという事。そして、とある神様が鑑定の能力と共にこの世界に転生させてくれたということ。
ルイス様の状況は、おかしいという事。そして、おそらく、当主様の弟君にあたるディーク様……正直俺はこの人に良い印象も悪い印象もない。話を聞かないから、判断の仕様もない。そういう人がいたのだという認識しかない……が、おそらく前世で殺してしまった存在だということ。
正直証拠も何もない話だ。でも、リュシー様が真剣な表情で語る前世の話が、嘘だなんて俺には思えなくて。だからこそ、リュシー様の話を俺は信じた。信じた上でリュシー様の手助けをしようと思った。リュシー様は、ルイス様中心で回っているアブルスト家をどうにかしようとしている。それはもしかしたら生みの親である当主様ご夫妻をどうにかしなければならないかもしれないという事で、親に反旗を翻すという行為は褒められたものではないけれど、俺の親は当主様に仕えているから敵対する事になるかもしれないけれど、それでもリュシー様の味方をしたいと俺は思った。
それに、その話を聞いて、ルイス様の現状がおかしいと知った上でこの家を見ると、本当におかしかった。何故今までおかしいと気付かなかったのか、分からないぐらいに。そもそも、次期当主という立場のリュシー様に当主の仕事を押し付けてやっていることといえばルイス様と共に過ごす事なのだ。ルイス様の願いを、この家は断らない。気づいた時、ぞっとした。この家は、ルイス様を中心に回っている。例えば、ルイス様が一言あの家が嫌だとでもいえば、貴族の家が潰される事だってあるのかもしれない。もしかしたら、そういうことが過去にはあったのかもしれないとさえ思う。だって、現にディーク様は追い出されている。この家の当主の血筋という立場にありながら、ルイス様を受け入れないからと排除されている。
父さんだって、当主様に仕える身だというのならば、当主としての仕事を放棄する当主様を諌めるべきなのだ。それをしない。ルイス様が欲しいといったものをそろえるのを当然と思っている。そもそもだ、当主の従弟という立場でしかないルイス様にそこまでお金を落とすのはおかしい。未成年でもなく、成人している男性が、従兄弟に養われているというのは、実感してみると何とも言えないものだ。
それから、カルド様は旅に出て(そのことで一悶着あったが、今回は割合する)、リュシー様はまだ次期当主という立場だったけれど一心に動いていた。休む暇もないぐらい。
そういえば、リュシー様が神様の話をしたのに俺は驚いた。この世界にとって神というのは、昔は存在したとされているが、今は存在が怪しいとされている。もちろん、神を信じているものは多く居るが、書物の中では現世に姿を現したとされている神の存在を疑うものもそれなりにいる。
リュシー様のであったという神が、この世界の神だというのならば、何故この世界に神は姿を現さないのか、疑問に思った。
そうして神の事をよく考えるようになって数か月たった頃、忘れ去られた神を言い伝えているという怪しいものが領地に現れた。ウィントという名前も聞いた事がない神様を信仰しているという存在。ウィントという神について伝え広めているという。彼らは、領主に面会を願い出た。俺はそんな怪しい集団は追い払うべきだと思ったし、領主に面会を求めるなら当主様が面会すべきだろうと思ったが、リュシー様が気になるといったから、リュシー様が面会をすることになった。現れたのは三人の女。その中の一人の、踊り子の姿をした少女は、俺とリュシー様と同じ年ぐらいだろうに、仕草が色っぽくて思わずドキリとしてしまった。
リュシー様のいる部屋に女性たちを連れていく。
リュシー様は、女性たちを見た瞬間、いや、踊り子の少女を見た瞬間に目を見開いた。そして、叫んだ。
「千歳、か!?」
と。
俺はそれに驚いた。リュシー様は冷静な人で、滅多なことではこんな風に叫ばないから。
そしてその踊り子の少女も叫んだ。
「隼人!?」
そして二人はまじまじと向かい合った。少女は、涙を流していた。
「隼人、本当に隼人なんだね。やっぱり、隼人も、この世界に来ていたんだね」
「ああ、千歳もな。あと、こっちでの俺はリュシュエルだ。リュシーでいい」
「リュシー。いえ、貴族様ならリュシー様と呼ぶべきね。私はカルッサ」
「いや、ここなら別に呼びすてでいい。あいつは信用できる」
呼び捨てでいいとリュシー様が口にした瞬間、カルッサという少女がこちらを気にする素振りを見せた。そうしたらリュシー様が俺の事を信用できるといってくださって、嬉しかった。
正直俺はわけがわからなかったし、カルッサと一緒に居る女性二人もよくわからない様子だったけれど再会を喜ぶ二人の邪魔は出来なかった。そしてリュシー様たちが落ち着いてから話を聞いた。
何でもカルッサはリュシー様と共にこの世界に転生された少女で、前世からの知り合いであるという。何故、そんな方が神の信仰なんてものを……と思ったら驚くべき事実が判明した。
「……じゃあ、陽菜にはまだその怖い能力が?」
「ああ。そちらの話を聞いている限り、そのウィント様を封印した神がルイス・アブルストにあの魅了と浸食っていう能力を与えたんじゃないかと思うが……」
なんと、連れてきていた女性は女神であるという。それも、身勝手な神に封印された女神様。もう一人はその娘神。神様がこの世界に現れなかった原因が、身勝手な光の女神の暴走によるものだなんて、そんな真実を俺は知ってしまったわけだ。
それにしてもルイス様の異様な能力が神様に繋がって、この世界の神の世界でそんなことが起こっているなんて……と驚かずにいられなかった。世界の神様が正常に動いていないだなんて、なんて恐ろしいのだろう。その状態が何百年も続いていて、もしかしたらこれ以上続いていたら世界もおかしくなっていたのではないかと不安になるぐらいだ。
「ウィント様に力を戻したいの。その光の神様をどうにかするために。ウィント様は、神様の世界をどうにかしたいと思っているの。だから私は信仰を広めているの。リュシー、この領地で信仰を広める事を許して欲しいの」
「もちろんだ。こんな話を聞いて許可を出さないわけがない」
「……少しも疑わないのね」
「千歳……カルッサが、俺に嘘をつくはずがないだろう? それに、俺もカルッサも由菜に会いたいっていうのが一番だろ。前世の俺達と同じ存在をこれ以上作らないためにも、ルイス・アブルストの能力はどうにかしたい」
「由菜がいるの!? 由菜は……」
「由菜は……おそらく、勘当されたこの家の当主の弟。俺の叔父だ。多分、そうだと思っているから今探している。この家を出ていくことになったみたいだけど、ディークさんは今は妻と子供もいて幸せに生きているって噂だ」
「そうなの……。由菜は、幸せなのね。良かった」
ほっとしたように息を吐いて、カルッサは言う。前世の話を聞いても、実際にリュシー様とカルッサと、そしてディーク様がどういう関係であったのか、俺がちゃんと理解出来る事はない。当事者ではないのだから当然だけど、でも、本当にリュシー様たちは、前世のディーク様を大切に思っていたのだとは分かった。
この邂逅が、どんな影響をもたらしていくのかは分からない。神の世界の話なんて遠い世界の話とどのように俺たちが関わっていくかもわからない。神なんていう存在が関わっていると聞いて正直少し躊躇しそうになるけれど、それでも俺はリュシー様の味方であろうと、リュシー様のために動こうと腹をくくったから、……俺に何が出来るか分からないけど、俺は精一杯力になろうと再会を喜ぶ二人を見ながら思うのだった。
――――俺の憧れている人は色々な事を抱え込んでいる。
(憧れている人。俺の仕えている人。沢山の事を抱え込んでいる人。俺は力になりたい、この人のために頑張りたい)
難産でした。少年は願い、少女は求めるシリーズは一話一話違う視点で書こうという縛りを勝手に作っていたので、次はだれの視点にしようと悩みに悩んで投稿遅れました。
いっそのこと、二回目の視点の人で書こうかと悩みながらも、結局リュシュエルに仕える少年視点になりました。
元々13弾は邂逅を書きたかったのです。前世の話と、神の物語がつながった事を誰かが知る瞬間を書きたかったのです。当初の予定は別視点で、ディーク側の動きについて書くつもりが、考えた結果こんな感じになりました。
元々最初の短編だけのつもりが頭の中で話が広がってこんな風に長くなっています。
少しでも読者様が心を動かす物語になっていたら嬉しいです。14弾もなるべくはやめに書きます。
ティーガー
リュシュエルに仕えている。元々ルイスと交流が少なかったのもあり、リュシュエルの話を受け入れられた。
リュシュエルの事は尊敬している。リュシュエルが嘘をつくはずがないとも思っている。