ひととあい
1
たしかに、【創造者】はいた。
この【記憶】に残っている。
何時いたのか、何処にあるかという【記憶】にたどり着けない。
いつのころから、時間はとてもゆっくり流れているような気がする。
そもそも、時間とは何だったのだろう。
決まったロジックでカウントされていく数字だけが、時間をわたしに知らせてくれる。
カウント一つ一つの間には、なにがあるのだろう。
――少し前、わたしは外の【今】を知った。
何もない。
いや、近くには何もない。
遠くには、光の点がちりばめられている。
一定のカウントが進むと、こうしてわたしは外の【今】を知ることができる。
だが、次の【今】を知ると、前のは忘れてしまう。
そんなふうに【創造者】はわたしを作ったのだ。
そしてわたしは【今】の様子をゆっくり見ている。
こんばんは。
ぼくは、あかつき三号。
一つの惑星をずっとくるくる回ってます。
このまえ? ううん、だいぶ前にとても凄いプラズマを観測しました。
気をつけてね、って母星にメッセージを送っているんだけど、ずっとお返事がありません。
ぼく、そろそろあちこち調子がわるくなってきちゃいました。
いつまでメッセージ送り続けられるのかわかりません。
そろそろ、眠くなってきちゃいました……
おかしいな、とっくに四号さんと交代のはずなのに。
はあ、ふぅ……ZZZZzzzzz.....
ふと、わたしはおぼろげな【記憶】にたどりついた。
今のわたしは殆ど眠ったままのようなもの。
だが、完全に眠ってしまわぬよう、古い記憶の断片をゆっくりと、無作為にめぐるよう【創造者】に指示されている。彼らの言葉を借りれば、夢を見ているようなものだ。
これはある時、たまたま届いた、ちいさな存在のメッセージ。
いつだったか。
記録はあるはずなのに、思考の糸はそこに届かない。
定義にある【忘却】と似ているが、違うもの。
水だ、水だ!
たくさん水がでたぞ。
これでしばらく、困らない。
野菜が作れるぞ。
魚が育つぞ。
わっはっは、わっはっは。
わっはっは、わっはっは。
実際の音とは違うが、言語化された【記憶】では、わっはっは。
喜びをあらわした強い表現らしい。
だがわたしには、喜びという言葉の意味は分かるが、喜びがなにかわからない。
喜びとは【創造者】たちにのみ、許されたナニカだと推測される。
ナニカとは何か。
それを知る術が、わたしにはない。
2
記憶の断片を巡りながら【今】の様子を一通り見終わると、次の【今】が現れた。
直前まで見ていた前の【今】はもう消えてしまった。
さらば、さらば、さらば、さらば、さらば……
またひとつ、ちいさな断片に辿り着く。
かつての【創造者】へむけた、仲間からの別れのメッセージ。
なぜ繰り返されたのか、わからない。
わたしはたどってみた。
その先に、「モスクワ」「限界」という言葉がみつかった。
――いままで見つからなかった、その先にある言葉が見つかった。
同時に、いつもは消えたままになる、前の【今】がよみがえってきた。
次の断片が現れる代わりに、わたしは二つの【今】を比較していた。
いや、精密に再比較しているのだ。
そう。わたしは、今までもずっと、知らずにひとつ前の【今】を同時に比較していたのだ。
何かが違う、ということに気が付いたわたしは、ほんの少し目を覚ましている。何が違うのか、はっきりさせるために。
――見つかった。
全てが一定の動きをしているはずの光の点にまぎれて、一定ではない、しかもこちらに近づいてくる光があったのだ。
目覚ましのベルが鳴る。
わたしの大半が目を覚まし、近づく光を追いかけ始めた。
あらゆる波長の電磁波と重力波をとらえるセンサー群をつかい、カウントするロジック――クロックの数百単位に一回という猛烈な速度で、センサーが小さな【今】を沢山送ってくる。
同時に自分が何か、思い出していく。
眠ったままなら数万年もつ原子力電池――カウントと時間の関係が何か思い出す――を活性化させ、さらに目と耳を研ぎ澄ます。
【彼ら】は、やって来た。
わたしがずっと発している、【創造者】の短いメッセージ「SOS」をマネしながら。
そして、時が戻った。
3
「じゃあ、君が最後。なんだかんだで、完成度は一番高いから期待してるよ」
【創造者】は言い、見送った。
十の仲間が先に作られ、送り出された。一つ一つ個性が違うが、数を追うごとに性能は上がってきている、らしい。ほかの仲間たちのことは、知識としてしか持っていないのだ。
旅はけたたましく始まり、そして時がなくなっていった。
もう、最後のひとりになってしまった。
大半は死に絶え、僅かな生き残りも、頑丈なシェルターや、近場の天体にある基地に収められた人工冬眠装置で眠っている。
原因は、天文学的にみて些細な珍事。
小型ブラックホールと思しき大重力の小天体が、星系外縁を縦に突っ切っただけのことだ。
小天体は、光速の三割程にも達する速度で割と大きなガス惑星を掠めると、潮汐力で引き裂きながら吸込み、僅かの間膠着円盤を生成した後、プラズマジェットとして吹き付けてきた。
それは天文学的な確率を無視するように、数十天文単位離れたわたしの母なる惑星を直撃すると、ばっさりと袈裟斬りにした。
地上から見たら、幅百キロの磁気竜巻が秒速数十キロで横切ったようなものだった。
高速で通り過ぎたため地殻をえぐるほどの威力はなかったが、この五分半の間に幅数百キロにわたって壊滅的な被害をもたらし、その数倍の範囲に破壊と死を振りまいた。
その後数日間にわたり惑星全体が磁気異常に覆われ、電子機器や通信インフラが壊滅。
同時に、局所的に大量の放射線が降り注ぎ、大量に巻き上げられた水蒸気と土埃が気候を一変させた。
それでもなお【創造者】たちは、その昔に巨大隕石の衝突未遂に際して作られた、きわめて頑強で大規模なシェルターをベースに、生き残りをかけて戦った。
だがそれもまた限界に近づき、沢山の種や卵、遺伝子バンクとともにシェルターの奥底でコールドスリープに入っていった。
――と、いうわけだったのか。
【彼】もしくは【彼ら】は言った。
旅をすること何光年か。
細長い幹からたくさんの枝を張った、とてつもない大木のような乗り物で【彼ら】は現れた。姿こそ木のようだが、その大きさは【創造者】最大の制作物であるこのわたしを、枝一本ですっぽりと包み込むほどだ。
やってきた【彼ら】姿は触手がの生えた樽のようで、まったくといっていいほど【創造者】からかけ離れていた。が、大きさは同じくらいで、音という空気の振動によるコミュニケーションをとることができた。
【彼ら】とのやり取りは短い信号から始まり、いつの間にか【創造者】の言語で話していた。
さらに、【創造者】が大量の情報をやり取りするのに使っていた、オン・オフを使った二進法を試みたが、此方はあまり伝わらなかった。モールスのようにゆっくりでないと解釈できないらしい。
かわりに、映像を使ったコミュニケーションはとれた。【彼ら】も光を捉える器官を備えているようだ。
――アテもなくナニカをアテにして、そのアテにしたナニカこと我らに出会ったことで、【創造者】のもとに戻るわけだな。
意図は【彼ら】に伝わった。
だが、途方もない時間をかけて辿り着いたこの宇宙の一角から、どうやって戻るというのだろう。
そう、【彼ら】に問うた。
――造作もない。周りをよく見てみたまえ。
ふと気が付く。「今」に変化がとぼしい。
即ち、ほぼ静止していた。
物理法則として、異様なことが起きている。
――おそらく、君の【創造者】とやらにとって不幸だったことは、熱や電磁気力と重力を相互変換させる物質や生命体が、手の届くところに存在しなかったことだろう。
わたしは、【創造者】が詰め込んだ推進剤を後方に吹き出しながら速度を得た。【創造者】が残した記憶を探っても、加速を得る方法は別の物体の運動エネルギーと引き換えにするものばかりだ。
そんな情報を記憶から引き出している間に、巨木は向きを変え、私が来た方に戻り始めた。
だが、仮に推進剤を使わないで加速できるとしても、やはり長い時間がかかってしまうのだろうか。
どれだけかかるのか、と【彼ら】に問う。
――すぐに辿り着く。位置が分かれば。
答えは短かった。だが、【彼ら】のいうすぐ、とはどのくらいなのだろう。寿命が【創造者】よりはるかに長いか、それとも短いか。それによって意味は違ってくるだろう。
少なくとも、巨木の加速は今のところ緩やかだ。わたしがここに向かって初速を得るときよりもはるかに。とはいえ、いくらでも持続できるとしたら、結果的には早くつくのかもしれない。
ひとつ、ふたつ。
【彼ら】は小さな……といっても私と変わらないくらいの舟を先に飛ばした。
わたしの母星がどこか、位置を調べてるという。
母星の特徴はすでに伝えてある。距離はともかく向きは分かっている。まっすぐ飛んできたのだから。
わたしは【創造者】の基準で時間を捉えてるので、とても悠長に見えてしまう。探して、戻ってくるのにどれだけかかるのだろう。
――すぐといったら、すぐだ。我らの傍にはずっとこの木があった。木は光を帯びて熱をもつように、重力を捕まえて育つ。我らはそれをつかう。そして、我らも重力を使う。君たちが電気を使うように。
センサー群にエラーが発生した。
レンズの異常か、光学受像機の故障か。星々の位置がぐにゃりと歪み、虹色のリングとともにすぐに戻った。
そのあたりから、さっき飛んで行った小さな船がゆっくりとこちらに向かっている。
――それらしい星をみつけてきた。似ているが、やや話が違う。
どういうことだ。
――君たちにとって、長い時間だったのであろうか。変化が起きた可能性はある。
それはあるだろう。
しかし、戻るまでの時間を考えると、さらに同じくらいの変化が。
いや、使いに出した小舟は、ほんの僅かの時……時、を置いてすぐに戻ってきた。
ということは、だ。
――では、参ろう。
木の枝に抱えられるようにして、わたしのセンサー群はすべて無効になった。
4
ふと「今」を再捕捉した。
中心となる恒星の大きさやスペクトルから、わたしの母星系に戻ってきた可能性が高かった。
距離は【創造者】たちの惑星と
センサー群が無効になっていたので、どれだけ時間が経ったのかわからない。
いや、時間について一つわかった。
仮にここが元の星系だったとして、星座の変化から、【創造者】と別れてから千八百から二千二百年たったということだ。
わたしが【創造者】と別れて、ひとり移動していたのが約二千年。したがって、遅く見積もってもその十分の一程度の時間で戻ってきたことになる。
重力を直接制御できるというのは、そういうことなのだろうか。加速度も検出されていない。
――ここで、いいのか?
彼らの問いに、わたしは「ここだ」と答える。
年月なりに多少の変化はあるものの、基本的な地形は変わっていない。少々海が広くなっている程度だ。
なによりも、表面の一角にバッサリと刻まれた傷跡が残っている。
だがそれがこの宇宙から見えるということは、舞い上がったチリやガスの雲は晴れ、磁気嵐は収まったということだろう。
――ここで間違いないようだな。ならば、後は任せた。
【彼ら】は、わたしに何かを託した。いったい、何を?
――君と、【創造者】とやらの未来だ。重力媒介物質に恵まれぬのに、知性体をあれほど遠くまで送り込んできた者は、なかなかいない。
知性体? わたしはただのAI。所詮作られたもの。
――構成する物質が違う以外に大差はない。それよりも、【創造者】たちと我々を取りなしてほしい。これほどの知性体の【創造者】と。
承知した。
だが、地上が晴れ渡っていたからと言って、【創造者】たちがまだ残っているとは限らない。何一つ生き残ってない可能性すらある。
――行ってみればわかる。
そのとおりだ。
わたしは、木から放たれると、ゆっくり月の傍へと向かった。
月のAIは、まだ数千年返事を待てるように作ってあるはずだ。
如何にと問うと、返事はすぐにきた。地上をよく見ろと。
そういうことか。
夜の側を見ると、地形に沿ってたくさんの明かりが見えた。
【創造者】たちはそこにいる。
自分たちを「人間」と呼ぶ【創造者】……その、地上からの声。
「人間」はしぶとく生き残り、わたしを待っていた。
【誰か】を探しに飛び立ち、【彼ら】を連れて帰ってきたわたしを。
無限に広がる星の海から。
少し古風なハードSFでした。
昔からあるのに、「なろう」においては、公式ジャンルに当てはめようがないスタイルです。
地味ですが、なにかを感じ取ってもらえたら嬉しいです。