暗黒英雄譚の開幕
3
クロは十六歳になった。
過去の記憶もほぼ全て取り戻すことが出来た。
そして、ついにこのときが来た。幼少の頃からヴァルキリアス信者を演じ続けた傍ら、クロは日々体を鍛えていた。
それを続け十年。
見事に屈強な体格となり、一目で猛者だとわかるようになった。
そして、クロはついに出発する。
願いを成就するため....。
この世界を変えて、違う世界に変えるため。
だがまだそれが達成するかどうかはほぼわからないといっていい。むしろ、不可能なのかもしれない。
一般の人間と化け物は違うのだ。
人は弱い生き物。いくら鍛えようが、前みたいにはなれないだろう。
鍛える以外の方法だと、容易だが...。
クロは前へ進むと決意した。
この人生無駄にしたくないと。
せっかく手に入れた人生、思いっきり楽しんでやると、過ちを二度と繰り返さないと、クロは自分に誓った。ヴァルキリアス様になんかは誓わず。
「じゃ、母さんいってくる」
「立派な神父として頑張るんだぞー」
勿論、嘘である。
だが事実クロはこの十何年もの間、立派な信者を演じ続けた。そして、村人みんなを何とか騙すことに至った。そうすれば事は楽々と運ぶ。
「神父になるため、教えを学ぶ」と称して、村を出れば良い。
そうしてクロは願いに向かって一歩前進した....かのように思われたが。
「何でお前まで来るんだよ....」
「いやいや〜クロってさー、案外おっちょこちょいじゃん?んだったら俺も着いて行ってやるよってな流れで...」
「ならねーよ!」
「まぁお互い神父として、頑張ろうぜ!」
邪魔者が入って来たのだ。
クロは無論のこと神父を目指そうとなって毛頭思っていない。だが、クロの幼馴染の設定のヨルトは本気のよう....か?
とりあえず隙を見計らって距離を取って、一人で行動して見よう。クロはさっそくそれを実行した。
「あれれー。あれってセントペクトル山じゃねーの?うぉー!近い!」
丁度ヨルトが目を離していたからだ。馬鹿だ。つくづくクロはヨルトを蔑み、偏見の目を向けた。
「うぉーーお、すっげーー!でっけーー!うお!山の頂上付近にワイバーンも見えるぞ!」
周囲は太い木がかなり目立っており、隠れるのに適当だ。さらに、所々に地形変動かなんかで盛り上がった地面も見られるので準備は万全だった。
丁度、目の前に幹が直径三メトルはあろうかという木が視界に入った。それが連なるように奥に続いている。小規模な森林地帯だ。クロは今が逃げ切るチャンスだと悟った。
「お、ワイバーンが二匹も!すげ....。美味しそう」
依然としてヨルトは反対方向の山のワイバーンに夢中である。馬鹿だ。
クロはついに行動に出た。
前方の大木まで三メトル。
ヨルトとの距離は二メトル。そして、ヨルトの身体の向きとは言うとクロの方向から百八十度後ろを見ている。
全速力で前方の大木へダッシュした。後ろを振り返るが、ヨルトは変化なし。大木まで一メトル。あと少しだ。
クロはなるべく音を掻き消しながらで最大限速く走った。クロの足に踏まれた草が凹み、微風に揺られている木から木の葉が靡くように散る。
この一瞬の間が凄く長く感じた。
そして、ついにクロの手は大木に触れた。あとは後ろに回り込むだけ...!いっけっっ...!
幹の端を掴み、幹を掴んだ左手を軸に、それを右から迂回する。
もうすぐだ....!
クロは心から成功してくれと祈った。
身体が幹の右を通り抜け、やがて後方へと着いた。ここから本番だ。
一気に音を殺して大木が集まる森林を駆ける。中に入りさえすれば必ず目には入らない。クロは左手を幹から離し、そのまま森林の奥へと駆けた。
もう後ろを振り返る暇はない。クロは無我夢中だ。なぜこんなに必死なのかは不思議であるが。
「ワイバーン!いっちばーん!」
馬鹿だ。クロは悟りを開いた。
そしてなんとか森林の中へ入ることができた。思惑通り木々に溶け込むことができた。あとはこの森林を抜ければ距離は開ける。この森林の出口は南方向だ。
目的地に向かっているから問題はない。
だがその前にやることがある。
クロはただ前進した。前進し続けた。待ち望んでいた時がやってきたからだ。狂喜の感情を抑制するのさえ難しいほど、興奮していた。
ついに計画の第一段階へ到達する。
まずは力を手に入れる必要がある。
前世のようにはいかないかもしれない。それでも凶悪な力だ。
人間は単身では強くはなれない。
しかし、他の力を借りれば、「最凶」だったクロの力を借りればそれは容易かった。
前より劣るとはいえ、人間の中ではトップクラスになれるはずだ。
そして、立ち止まった。
葉っぱで隠されていた地面には、薄々ながら魔法陣のようなものがあった。
ここは怪異『アグ』が死んだ、突然と消えたと思われている場所だ。
だが違った。
『アグ』は消える直前、苦悶の中、あることをした。
それは百年経った今、実を結ぶ。
◆
古来、『アグ』は世界を蹂躙した。
だが全てを蹂躙し尽くしたわけではない。
アグはその中の一つである、北の果ての小さな村『ソーマ村』までは一歩届くことが出来ず、未練を宿った。
『アグ』は『ソーマ村』まで残り1000メトルほどの小規模の森林地帯で突如として姿を消され、長かった一生を終えた。
『アグ』は「あそこ」では最凶の称号が相応しいほどの凶悪な化け物だった。
とりわけ、身体全体から滲み出てくる暗黒色の、影を具現化したようなものは「絶滅の瘴気」と恐れられていた。
その影が身体に触れれば、全身麻痺を起こし、痙攣状態に陥る。そして遠からず対象は疑問を残したまま死すのだ。これが「絶滅の瘴気」と恐れられている所以だ。この凶悪な能力を『アグ』は生まれ持って所持した。そしてそれを全力で行使した。
程なくして統率者の地位を獲得した。だが、誰も彼を慕い、尊敬はしなかった。それは味方にも恐れれられていたのだ。誰も彼の元には近づくことはなかった。
両親まで「化け物」呼ばわりされてしまった。彼は独りだった。
独りとはこんなに淋しいのだろうか。
彼にとって初めての感情だった。
理解が追いつけなかった。
淋しい?
それは孤高な彼にとってふさわしくない感情だった。掻き消すべきだ。
しかし、一行に心の底から消えてくれない。
彼の焦燥を募らせるのに十分すぎる時間だった。逆鱗に長く触れすぎた。もう自分を抑えきれなくなった。
私は...なぜ....。
なぜこんなにも....。
涙がこぼれた。
なぜ、泣いている....!
初めての経験だった。
最凶と呼ばれた彼には、全く似つかわしくない姿だった。
彼は泣き続けた。この感情に抗えなかった。終始、二つの感情が葛藤していた。
なぜ...!
この私が....!
なぜ!?
独りの醜悪な化け物はこうして、暴走に走っていった。
味方も躊躇なく殺した。
見えたもの全てを切った。食った。
無我夢中に、何も考えず。
目の前に宿敵の屑が目に入った。
彼は嗤った。そして、全力を振り絞り真っ向から立ち向かった。
それが失策だった。
彼は見事に相手の術中に嵌り、まんまと見知らぬ世界へと飛ばされた。
だが、彼はそれも構わずただ殺しつづけた。
その結果....無様に死んだ。
儚い一生だったのだ。
それでも、彼は意識が飛ぶ寸前、僅かながら理性を取り戻した。
彼はついに自覚した。自分の犯した罪を。それはどうしようもなく愚かだということを。彼は自分の過ちを大いに悔やんだ。悔恨の感に陥った。
それではどうにもならない。
彼は残っている最後の力を振り絞って自らの瘴気を森中に拡散させた。
不気味に蠢いている瘴気は木々に絡みついた。
これが彼に出来る最後の精一杯の自分への償いだった。
彼は最後まで最凶だった。
そして百年経った今、彼は一人の少年として、未練を晴らすため、過ちを取り返すため、計画を遂行した。
◆
ついに、このときがやってきた...。
声が聞こえる....。
それは直接、耳に届いているような奇妙な感覚で聞こえた。クロは計画の施行に移った。
右の拳を点に掲げる。
「《闇夜の元に住まし、黒の軍勢よ。我に力を。暗黒の喝采を....」
森林の至る所から、手に悪の瘴気が纏わりつく。
それに伴い、森林全体に不気味な風が起こった。
紺碧の空が一層濃く、黒く滲んでいるようだった。
それはこの瘴気の生み出す力。
自然をも別物にするほどの偉大な力。
クロの詠唱は最終段階に入っていた。
「全てを薙ぎ払え。全てを掻き消せ。ニヲベルグ無比の混沌の力...。闇夜の下、暗澹なる力を...。今...!アグノーツ!!》」
手に纏わり付いた着いた瘴気が、一斉に身体中に入り込んだ。
覚醒のとき...。
百年前に生んだ未練を果たす時...!
クロはかつてないほどの笑みを浮かべ、哄笑する。
「アッッハハハハっ!僕の力が...。力が....!あいつを斃す力が...!」
暗黒の瘴気に纏わり付きながらも、盛大に嗤う少年。クロ。
悍ましいほどに、それは怪物にしか見えなかった。
いや、事実。怪物なのだ。
百年前、この世界に覗いた怪異『アグ』、『ニヲベルグの暗黒覇者、アグノーツ』の再来。
それが少年、ヴェルフ・クローイア。
前世での過ちを悔い。
拭いきれないほどの未練を抱えた、一人の化け物。
彼は、その失態を心から憎んだ。
だから、それを晴らす。
前世、たまりに溜まった鬱憤を....
爆発してやる!!
序章がようやく終わったというところです。
よっぽど評価良くなきゃ更新しないとともいます....。
受験生は...勉強に勤しまなければ....