誕生 2
2
ノーランガルス帝国、北果てにある一つの村。
百年前、謎の怪異『アグ』の逆襲の被害に合わなかった村だ。
主に農業が盛んであり、無論、信仰神は『救世主ヴァルキリアス』。ヴァルキリアスが信仰神として祀られる前までも、幾らばかりの信仰神はいたが、今では影もなくなるほど廃れてしまった。無論のこと全世界の人々はヴァルキリアスの信者である。
勿論例外はある。
人は生まれもって神を信仰しているわけではない。
だから、生まれてまもない赤ん坊は、信仰の対象は皆無だ。
しかし、だからといって、それが長い間続くわけではない。
この世界の人々の信仰は熱い。
太陽以上に、熱い。
彼らは自分の全てを神に捧げているのだ。自分より、神。神より....はない。
だから、生まれたての赤ん坊は遅かれ早かれ、立派な信者となる。無神論者という者は一個たりとも存在していない。もし、存在していたら即、国の餌食となる。
だが、それはいたのだ。
無神論者ではないが、明白なヴァルキリアス信者ではない者が。
年は6歳。
名前はヴェルフ・クローイア。クロ。ノーランガルス帝国、北の果て『ソーマ村』で生誕したこに世界のイレギュラーな存在。
この世界の人命は「ヴ」で始まる名前の人が大多数を占める。その根源は無論、ヴァルキリアスだ。だから、嫌う。名前を。
このクロの愛称も自分で押し付けたといっても過言ではない。
だがクロはヴァルキリアス信者になうことを強制させられている。
今もこうして朝っぱらから、教会で住民が正座して拝んでいるのだ。
クロも彼らに便乗し、真似る。
「我が神、ヴァルキリアスよ。我らに永久の平和を...」
先頭に正座している神父が戯言をのたまっている。
クロも仕方なくそれを真似る。
「我がぁ....神?、ヴェールキリアスよー。我らに永久の平和をー」
「こら!しっかり祈りなさい!いくらあんたが6歳だからって...。そろそろ精進しなさい!」
「イデっ...」
母という設定の老けた女性がクロにゲンコツした。本当に痛い。
何で宿敵を崇めなきゃいけないんだよ...クロは心底苛立っていた。
クロはヴァルキリアスの事が嫌いで、嫌いで、仕方が無い。だから『斃す』と生まれた瞬間に決心したのだ。どんな手を使ってでも、例え五体不満足になろうとも、最後の最後まで自身を信仰し、信頼して斃すと...。そして...。
クロは自分の深淵な願望の成就を何時ものように心に祈った。
絶対....斃す!俺が一人で....!
この世界を.........
◆
気づいたら目を覚ましていた。
目の前に女性が居て、僕は彼女の艶のない肌に張り付いている乳を飲んでいた。飲みたいと思ったわけでもなく、ただ本能的に飲んだ。
わけがわからなかった。
ここはどこだ....。僕は誰だ....。
僕は確か....。
僕?
何で僕なんだ?
途端に頭に強烈な痛みが走った。
頭の中が渦のように回り意識が混濁する。
なんなんだこれは...!
僕を抱えている女性も何事かと覗き込んでいる。
頭が...。
すると、脳に幾つもの場面が浮かび上がった。
魔法陣のようなものに乗る、黒い影のようなものをまとった怪物。肩幅が広いし、腕も長い。
その両腕の先端は剣のように鋭利でどんなものも切れそうだ。
そして、口内の歯からはこの化け物の獰猛さが窺える。今にでも飛びかかり噛み付いてくるような、そんな脅威的な迫力がする。
さらに、眼窩が光っている。
その眼から溢れ出る光がこの化け物の異常さを物語っている。
なんなんだ。
すると場面が切り替わった。
高低差の激しい木々が茂った、鬱蒼とした森林の中を化け物が走っていた。何かに飢え、何かを追い求めているかのように...。
すると前方に一人の人間が居た。
恐怖と疑問の混じった目線を化け物に向けていた。木材収集の帰りなのか手には極上の斧を持っているが、戦慄してその唯一の武器すらも使える状態ではない。
いつの間にか、人だったものがそこにはなかった。ひき肉のように身体がわけられていた。
一瞬の出来事で判断出来なかったがおそらくは、あの化け物殺ったのだろう。手の先端から鮮血が滴っている。
何だこの化け物は....。
俺は何を見ているのだろうか。
こいつ、どこかで....。
突然と頭痛が一層激しくなった。
今がどういう状況かいまいちわからない。
さっきまで某女性に抱きかかえられていたが、今は身体に何の感覚もない。視界もひらいているかどうかわからない。頭に直接映像が流れてきている。そんな奇妙な感覚だ。
くそっ!誰だ....!
「アル....カァナ....食う。食う。アル....カナ、カナ、ァカカカ食う。食う。食う」
何かが核心をついた。
アルカナ....。
アルカナ...!
あの憎しきアルカナ!
僕は思い出した。全てを。
自分の過ちを。
自分の未練を。
そして、自分が今為すべきことも。
僕は(私は)アルカナを滅する!
その先は.....
その先は.....
ふふ。
いいことを考えた。
映像はシャットアウトした。
そして僕は自分の欲望を爆発させるための計画を建てた。その道のりは長いと思う。
僕に出来ないはずはない。
そういえば『あそこ』は今どうなっているのだろうか。
自分の犯した過ちのせいでとんでもないことになっているだろう。
だが、アルカナはまだ死んでいない。
もしかすると....。
いや、考えるだけ無駄だ。
僕は全能だ。アルカナのあの件は自分の失態であった。だが今度こそ僕が全てを取り戻し、支配する。
僕は有象無象の輩とは違って、才能があるどんな敵をもギタギタにできる絶対的な力が....!
だから、平気....なはずだ....。
このとき、僕は全力で現実から逃避していた。
「大丈夫〜?」
大丈夫ではなかった。
とりあえず....頑張ろう。
クロの記憶はまだ不十分だった。