エピソード2
夜が明けて太陽が街を明るく照らす。
少年は日の恵みが授かれない深い街の地下にいた。
「うぅ・・・」
激痛に目を覚ます少年。
軋む体を起こし、ぽんぽんと体のあちこちを叩きながら何か異変がないか確認する。
右の肩を叩いた瞬間、激痛が走った。見ると青黒いアザになっている。
「おはようルーグス、やっと起きた?」
突然後ろから声を掛けられ驚き、びくっとなった。
振り返ると鉄格子を二つ挿んだ先にパーカーを着た少女の姿があった。
と同時に鉄格子の存在に状況を理解する。
気を失った後、自分たちは牢屋に入れられた。
「リオカ、君も誰かにやられたのかい?」
ルーグスは鉄格子を掴み、立ち上がる。
「金髪のお姉さんにね・・・風使いよ。私の攻撃も全部吹き飛ばされたわ。誰も死傷者を出さないってルーグスとの約束だったから加減したけど・・・」
パーカーを着た少女リオカが悔しそうにつぶやく。
「まぁまぁ、殺されなかった事を思うときっと相手も加減してくれたんだよ。・・・ってびくともしないな」
鉄格子を押したり、引いたりするがまったく動かない。
次に部屋を見渡した。
頑丈な石造りの壁に囲まれた部屋に窓はなく、
簡易的な寝具もトイレも無かった。
「どうなるのかしらね。私たち」
「もしかしたら、すぐにでも処刑されてしまうかも」
相手に長い期間自分たちを拘束するつもりがないと判断したルーグスは鉄格子にもたれ腕を組み、つぶやく。
「え~嫌よ。こんなとこ早く出ましょう」
「・・そうだね。出ようか」
ただ、ルーグスには解せないことがあった。
なぜ相手は自分たちを殺さなかったのか、
そしてもう一つ、牢屋に閉じ込めた理由。
この牢屋は魔法を使ってしまえば脱出はたやすい。
だからリオカや自分も焦らず、緊張感も無く落ち着いていられる。
魔法を使えることはあの夜あの場所に居た者なら誰でも知っているはず。
それを踏まえて拘束するなら身体の自由をきかなくして、魔法を使えないようにする・・・。
それならわかる。
しかし、自分たちの体には手錠も足かせも着けられていなかった。
ましてや、自分たちを監視する見張りすらいない。
これでは、逃げても良いと言われているのと同じだ。
それとも、別の何か・・・
「何してるのよ」
「ひゃう!!」
背中を突かれ、驚くルーグス。
見るとリオカがいた。
彼女の後ろにある鉄格子は真っ黒に焦げ、一部は溶けて無くなっていた。
「・・・やっぱ手加減して良かったね・・・」
彼女の火力を見て、ルーグスは心底感じた。
「いいから、早くでなさいよ」
「今から出るよ。リオカよりスマートかつシンプルにね」
そう言ってルーグスはリオカに向かってウィンクした。
ドッ
左肩を軽く殴られたルーグス。
「早くしなさいよ!」
「はい。すみません。見えないけど鍵穴ってこれであってる?」
ルーグスは鉄格子に右肩をあて腕だけ出し、鍵穴を指さした。
「そうよ」
それを聞くとルーグスはそのまま人差し指を上に向けた。
深呼吸して目を閉じ、指先に集中する。
すると、指先から水がでてピンポン玉の大きさの球になった。
落ちることなく形を維持し指先にくっついている。
「うわっ、驚くほど地味ね。前々から思ってたけどそれってもしかして・・汗?」
口に手をあて、少し後ろに引くリオカ。
「ちがうよ!」
引くリオカを横目に、ルーグスは水の球をゆっくりと鍵穴にあてた。
鍵穴が水で満たされていく。
そしてルーグスは鍵の持ち手となる部分を形成し、それを親指と人差し指でつまんだ。
持ち手の形をしていた水が凍り鍵穴へと続いていく。
「なるほど~氷の鍵ね」
「ね!スマートでしょ・・・!」
ルーグスはしたり顔をリオカに向け、持ち手を回した。
パキンと音を立てる鍵穴。
ルーグスはリオカに向かって再びウィンクした。
しかしリオカの顔はみるみるうちに怒りの色を帯びていく。
ルーグスは不思議に思い、腕をひっこめ、自分がつくった氷の鍵を目の前でまじまじと見つめる。
・・・持ち手の先がなかった。
「ルーグス?早くって言わなかった?」
鉄格子を握るリオカの両手がぷるぷると震えた。
鉄格子が真っ赤に焼けていく。
ルーグスは命の危険を感じ、鉄格子から離れ、その場に伏せる。
鉄格子を握りつぶしたリオカは炎を纏った足で鉄格子を蹴り飛ばした。
二本の鉄の棒はルーグスの髪と肩を掠め、そのまま壁にぶつかった。
大きな音が部屋に響く。
「リ、リオカ?だ、だしてくれたんだよね?でも・・・も、もう少し安全な方法で・・できた・・・んじゃない?・・・ですか?」
「・・・チッ、行くわよ」
リオカに殺意が無く善意の行いだと信じ確認するルーグス。
返ってくる舌打ち。
握りしめた手は汗か水かぐっしょり濡れていた。
その頃ルーグス達の真上に位置する部屋では会議が行われていた。
ラベーグとイルハ、そして二人に話す初老の男。
ラベーグは椅子に深く腰かけ腕を組み、真剣に話しを聞いていた。
イルハは机に肘を立て、頬杖をつきながら少しけだるそうに部屋の明かりを見ながら、話が終わるのを待っていた。
「ラベーグ国庫監視隊隊長殿、イルハ副隊長殿、今回の責任はあなた方にあるぞ。国の歴史的美術品や資料及び装飾品を収める保管庫に侵入者を許し、ましてやそれが子どもだったとは・・・前代未聞だ」
ラベーグは何も言わず、まっすぐ初老の男を見据える。
イルハは指で机をトントンと叩きながら初老の男を睨む。
「昨夜の事件、これは国の恥だ。幸い街に被害が無く、死傷者も出なかった。保管庫の中身も無事だった。・・・だとしてもだ、子どものお遊戯にあれほどの人数を割き、それに君たちは振り回された。そして・・・」
「お言葉を返すようですがガウロイ殿・・・」
ラベーグが初老の男ガウロイの言葉を遮り、口を開く。
「彼らは我々に対し、敵意を持っていなかった。そして、兵士の被害を最小限に抑えるよう立ちまわっていた。たかが子ども二人といえど、彼らが殺意を持って街を襲えば壊滅的な被害に・・・」
「ならば、なぜその場で殺さなかった!?」
「彼らの目的を知るためだ!」
二人の声が部屋に響いた。
「・・・そして、もし彼らが隣国の偵察などではなく、我らにまったくの害意が無いと私が判断したら・・・彼らを解放するつもりだ!」
「話にならんな!どこまでも甘い奴だ!我らにとって脅威になる可能性があるなら切り捨てればよい!老若男女問わずだ!」
振り返り部屋を出ようとしたガウロイ。
「待つすよ、ガウロイさん。確かに僕たちは甘いかもしれないすね。けどすよ?彼らの行動は不自然なところが多すぎす。何も盗らず、誰も殺さず、街も壊さず、これは明らかにおかしいす。善悪問わず何かしら彼らにおおきな理由があるはず。それを調べるために彼らを生かした。そのことについては僕もラベーグ隊長と一緒す。でも・・あんたはその理由も調べず、国の体裁のために俺らにガキを殺せと言う・・・その言葉に・・・あんたは兵士としての誇りを持てるのか!?」
イルハはガウロイの背中に問う。
その言葉に何かを感じ、ラベーグは目を見開いた。
「フンッ。お前らが何を言おうと事実は変わらん。そのうち処罰が下る。それまで何とでも言えば良い」
ガウロイは振り向きもせず、扉をゆっくり開く。
二人は無言のまま動かず、ガウロイが去るのを見届けた。
二人の耳に乾いた靴音が響く。