エピソード1
夜の街に警報が鳴り響く。
暗闇の中、街の広場を駆け抜ける少年の姿があった。
それを少し遠くから見下ろす女性と男性。
「全員に告ぐっ!第3種特別配備!」
女性指揮官の号令と同時に、銀の鎧に身を包んだ兵士たちが少年を取り囲む。
兵士たちの素早く周到な包囲に少年は驚き、足をとめた。
少年は少し足を開いて、腰を落とし、腕を胸の前で構え、間合いを詰められないよう男たちを威嚇する。
緊迫した空気に包まれる中、街に強い風が吹く。
「何をするかわからない!不用意に近づくなっ!」
一触即発の場に女性指揮官が兵士たちに釘を刺す。
それを聞いた男たちは少し後ずさんだ。
少年は体勢を維持したまま動かず、首だけ動かし男たちの様子をみる。
警報が鳴り響く中、風が音を立てる。
「そこの少年!抵抗はせず投降しろ!そうすれば身の安全は約束する!」
女性指揮官が叫んだ。
少年は声の聞こえた方向を見上げる。
その先には石造りの見張り台があった。
その上に佇む二つの人影。
距離は遠くなかったが、真っ暗で顔は確認できなかった。
ーーーーー再び強い風が吹き、月を隠していた雲が流れ、少しずつあたりを月明かりが照らす
「次が最後の警告だ!静かに両手を上げてその場に伏せろ!」
見張り台に光が差し込んだーーーーー
月明かりに照らし出された女性指揮官。
雪のように白い肌に、風になびく金色の長い髪。
力強い眼、筋の通った鼻、薄い唇、少し尖った顎。
彼女を包む黒い鎧は、その容姿を印象強くする。
少年はその姿に見取れ、見上げたまま無意識に口をあけていた。
「耳をふさいで伏せて!」
突然、少年に聞き覚えのある声がした。
その声で我に返った少年は、とっさに両耳を押さえ下を向いてその場にしゃがみこむ。
しゃがみこんだ瞬間、
パァーンッ!
強烈な破裂音が鳴り、いくつもの照明が当てられたように周りが明るくなった。
その光と音に兵士たちは気絶し倒れ、意識がある者もその場にうずくまり「うぅ・う・」と苦痛の声を漏らしている。
「こっちよ!」
少年はしゃがみこんだ姿勢から走りだし、攻撃に備え姿勢を低くしたまま声のした方向に向かった。
「くっ・・何があったというのだ!」
見張り台から見ていた女性指揮官が声を荒げる。
「閃光系の魔法のようですね。あの距離で喰らったらどんな奴でもたまったもんじゃないすね」
女性指揮官と共に見張り台にいた男性が目頭を押さえながら答える。
「仲間がいたというのか!?どこから!?いったい何者だ?」
不測の事態に、女性指揮官は叫び、拳を震わせ下唇を噛んだ。
「あー・・・あれじゃないすか」
そう言いながら男性は見張り台から少し身を乗り出し、指を差した。
「な・・・あれは!」
示された方向を見て女性指揮官が驚きの声を上げる。
逃げる少年とそれを先導するかのように走る少女の姿があったからだ。
フード付きパーカーにホットパンツ。
後ろで結んだ髪を上下させながら見張り台の方向に向かって走っていた。
少女の顔に焦りの色は無く、むしろ女性指揮官からは生き生きしているように見えた。
そして、少女が走りながら右手を上げたのを合図に少年と少女は二手に別れた。
「へぇ~ここ|(見張り台)の左右の道りを抜けるみたいすね。どうやら頭もキレるようで・・・」
男性が感心するようにつぶやく。
「通りの配備はどうなっている!?」
男性が少年たちを感心したことに苛立ち女性指揮官は声を荒げた。
「ここはそれぞれ2人ずつすよ。直接出口へ続く通りには5人1組で厳重にあたってるすけど、
この先は突き当たりだし、ここにはラベーグ指揮官と僕がいますからね~。そう判断して敢えて彼らはこの通りを選んだじゃないす?突き当りもぶち壊すつもりか上って逃げるつもりで。」
男性は飄々と答えた。
「くっ・・このまま外へ逃がしてしまっては我々は国の恥さらしだっ!
イルハ!私たちも出るぞ!」
そう言って女性指揮官ラベーグは見張り台から身を乗り出そうとする。
「ちょ・・こっから直接いくんすか?まぁ鎧には魔法が掛かってるから大丈夫と思うすけど・・・怖いんでコレで行くっす。あ、あと僕加減わからないんで少年のほうに行くっすよ?」
そう言って、イルハは見張り台から地上まで繋がっている鉄棒に手を掛けた。
「む・・・逃がしたら承知せんぞ」
そう残し、ラベーグは走る少女を確認した後その先の突き当りに向けて見張り台から飛び出した。
イルハはそれを見届けた後、鉄棒からスルりと地上に降り、風のような速さで裏道を抜け、少年が行く通りの突き当りの前に到着した。
その頃、少年は鎧の男ら2人を片付け、見張り台すぐ横の通りを走っていた。
走る道の少し先に人影を見つける。
行く手を阻むように通りの真ん中にイルハが立っていた。
少年は走ったまま、右腕を下げ、手を広げて力を入れた。
バスケットボール程の水の球体が手のひらから現れ、瞬時にそれが細長くなっていく。
「下がってくれ!俺達はこの街に危害を加えるつもりはない!」
少年がイルハに叫ぶ。
警報が鳴り止み少しだけ静かになった街に少年の声が響いた。
「やはり、魔法使うんすか・・・水しか使えないなら大丈夫すね」
少年の魔法を見て、イルハは何かを確認するようにつぶやいた。
「ここまでしといて、よく言うすよ!あきらめたらどうすか!?」
イルハは少年の言葉に、呆れたように返し、
少年を挑発する。
イルハの挑発に反応してか、少年は右手をぐっと握りしめた。細長くなった水が音を立てて凍っていく。
鋭利で細く透明な氷の槍がつくられた。
少年は右腕を地面とほぼ並行になるよう後ろに伸ばし、腕と並行になるよう氷の槍を持ち替える。
イルハの体一つ横の場所に狙いを定め、走る勢いそのままに氷の槍を投げた。
イルハは飛んできた槍の軌道を読み、右肩を前に出し構える。
右手で剣を抜くと同時に、氷の槍を下から上へ叩(はた)いた。
氷の槍は乾いた音を立てて折れ、からんからんと地面に落ちた。
「次は当てるっ!頼む!退いてくれっ!」
少年が憂い顔を浮かべ、前のイルハに向かって叫ぶ。
「なら退くすよ。気をつけてっす。」
そう言って、イルハは剣を収め、手を振りながら道の端に歩いて行った。
突然道を譲ったイルハに驚き、走りながら首を傾ける少年。
民家にもたれかかり、腕を組むイルハ。
それを横目で見ながら走る少年。
何もせず少年が横切るのをただ眺めるイルハ。
ドンッ
イルハを少し通り過ぎたあたりで少年が透明な何かにぶつかった。
少年は頭と肩を打ち、衝突の反動で体が仰け反り、受け身も取れず仰向けに倒れ込んだ。
透明な何かは少年とぶつかった所を中心にして放射線状に白くなって行った。
そして、何もない空間から通りを端から端まで塞ぐまっ白い壁が出現した。
「だから、言ったすよ?気をつけてって。これはっすね、僕がつくった透明な壁す。
衝撃を与えると白い壁になるすけど、透明なままだと誰も気付かない」
倒れ込む少年の顔を真上から覗きこむようにイルハは言った。
少年は痛みでしゃべることができず、顔を歪めている。
「抵抗すれば・・・・っていう、許可も出てたすけど、子どもを斬る勇気はないからね~」
イルハは空を見上げた。
流れる雲が月を隠す。いつしか街に吹く強い風は止んでいた。
基本、一話3000文字以内を目安に書かせてもらっています。
目安がわからないので、見て頂いた方でよろしければ、短いだとか長いだとか
その他感想等いただけると嬉しいです。