グラウパンチ
温くなってきた紅茶をエルに飲ませてもらい、一息吐き出す。
時間の経過のせいか味が落ちたような気がするが、それでも最近口にしていたものの中では一番美味い。
味の違いが分かるとは今まで思っていなかったが、こうも品質の差があれば味覚に優れていない俺でも容易に分かった。
「それで、どっちから告白したの?」
まだ興味が尽きないのか、本当に楽しそうに月城は尋ねてくる。 そろそろレイが戻ってくるかと魔力を探るが、まだ近くにはいないようだ。
「えと、一応、僕からです……。 あ、でも、そのだいぶ前から好かれてたことは分かっていたんですけど」
「あれ、そうなのか?」
「はい、あの名前の日のとき、酔っ払ってたアキさんが……」
俺が自覚する前からエルに恋心がバレていたのか……。 というか、出会ってすぐのときだな。
「アキさんって? あとルトくんの言ってた、エルって誰?」
そういえば説明していなかったか。 エルのことを樹ちゃん、俺のことをルトくんと呼んでいる。
「俺は今、ルト=エンブルクではなくアキレアという名前を名乗っている」
「僕も、同じように雨夜樹じゃなくてエルって名乗っているんです。 元々、樹って名前は本名じゃないですから」
「えっ、本当?」
「はい。 出席簿には樹とは違う名前で乗っていますよ」
エルはやっと落ち着いた様子で月城と話が出来るようになってきた。 話題が話題だったために気恥ずかし買ったのだろう。
「そうなのか……まさか現代日本において偽名を使ってるとは……。 すごくかっこいい」
「そうですか……? まぁ、ということでエルって呼んでいただければありがたいです」
「オッケー。 樹ちゃん改めエルたんね。
それで、どうやって付けたの? 私もそういうの付けた方がいいかな?」
「えと……アキさんに付けていただきました。 確か世界って意味の言葉から」
「世界、エル……ドイツ語のヴェルト?」
「ドイツ語というのは分からないが、その単語からだな」
月城がニヤニヤとこちらを見てくるが、面倒なので無視して椅子にもたれかかる。 エルも横に座り、使用人の格好をしている月城も椅子に座りこむ。
「どういう意図で付けたの?」
「そのままの意味だ」
鎖のせいで固まっている身体を捩り、少しだが身体を解す。
「へぇー。 そのままかー。すごい口説き方だね」
「口説くって……そういうつもりではなかった」
月城が持ってきた「かまぼこ」を切り分けてフォークで突き刺して自分の口に持っていく。
幾らか咀嚼してから飲み込んだ。
「食感も味も違うけど、まぁ及第点かな。 エルたんとアキくんも、食べる?」
「カマボコを作ったんですか?」
「うん。 とは言っても、うろ覚えなのを再現してみただけだから、それっぽくないんだけど。
カマボコって言うよりかはただの白身魚の練り物だよ」
「それでもすごいですよ。 一口ずついただきますね」
エルがフォークにカマボコを突き刺して、俺の口に運ぶ。
得体のしれないものだが、月城が食べていたので食えないようなものではないのだろうと口を開いてそれを受け入れる。
意外にも柔らかい、だが弾力のある。 こんな時間に持ってくるものだから甘味かと思ったが、塩気がある。
「美味しい?」
「いや、特に」
「あー、やっぱりかあ」
そう言いながらも月城は気落ちしたように言う。
「意外とあっちの料理をこっちで再現するのって難しいんだよね。 似た材料のを探しても、意外なところで失敗したり。 これも少し生臭いのがなあ」
「いえ、充分美味しいですよ。 醤油が欲しいですけど」
「あれは無理。 まず麹すらないもん」
「そうですか。 醤油を手から生み出す勇者とかいませんかね」
「そんな能力が当たったら間違いなくダッシュで元の世界に戻るね」
月城はそう言って笑う。
「そう言えば、月城さんはどんな能力なんですか?
僕の能力は神聖浄化といって、汚れを落とせる能力なんですけど」
「えっ、ショボっ」
月城の何も考えることのない一言でエルは落ち込む。 撫でてやりたいけれど、鎖に縛られているせいで腕を動かすことは叶わない。
「あっごめんね。 それで私の能力は、停止する運命。 物体の時間を少しの間だけ止められる能力だよ」
「時間停止、ですか。 なんか強そうですね」
「まぁ、一瞬だけど絶対防御みたいなこともできるし強いと思う。 私自身が弱いからどうにもならないけど」
エルと月城が盛り上がっているが、入り込むことが出来ない。 時間停止ってどういうことだ? 動かなくなるんだよな。 動かなくなったら、どうなる? 動かないから盾にできるのか。
なんとなく強そうなことは分かったが、そんなに強いのだろうか。 人付きの勇者となれば、ロトよりも格上のようなのでロトの剣壊の才より強いことになるが……目の前の少女がロトよりも強いようには思えない。
まぁロトの場合は能力が仮になかったとしても充分強いので、能力のみで優劣が決まるわけではないか。
「んぅ、まぁ……普通の日本人が時速200kmぐらいの速さで走る人達とやり合えるわけないですよね」
「ロトはそこそこ強かったが」
「普通の高校生のロトさんと本当に普通の高校生の僕達を一緒にしないでください!」
「悪い、何言ってるのか分からない」
そんな話をしていると、レイが戻ってきたのが分かる。
トントンと扉を叩き、俺が返事をすると中に入ってくる。
「すみません。 グラウさんが父さんと話していたせいで時間かかってしまいました。 会うのも大丈夫ですって。
あの人ってなんなんですか? 仲良さそうでしたが」
「おう。 今行く。 グラウは、父親の友達だって言っていた」
「父さんに友達っていたんですね……」
レイを待たせるのも悪いので、ゆっくりと椅子から身体を動かして立ち上がる。
鎖に縛られたまま動くのも、数日も経ち少しは慣れてきたが、戦闘能力を全て奪うことを目的としたキツイ縛りでは上手く動けない。 横に寄り添うようにぴたりとエルがくっつき、少しよろめいた身体が支えられる。
「まぁ、人間なんだ、友人の一人ぐらいいるだろう」
いや、人間じゃないかもしれないな。
それを今から確かめに行くのだ。 一つ歩き、レイに「行こう」と告げる。
「僕も、一緒に行きます」
エルがすぐに付け加えて、鎖に縛られている俺の手を軽く撫でる。
「ああ、父さんが貴女も来てくれって言ってましたよ」
「えっ、私も? もしかして、昨晩こっそりと高そうな壺でバケツプリンならぬ、壺プリンを作ってたことがばれた……!?」
「そんなことをしてたんですか。 通りで甘い匂いがすると……」
レイを先頭に、四人で歩き、扉の前に立つ。
「ひっひっふー。 ひっひっふー」
「エルたん。 それ違うやつ」
そんな会話をしている二人を置いて、レイが扉を開く。
「入りますね」
レイがそう言って、扉を開ける。 次の瞬間に目に入ったのは、血のような赤黒い髪。 何かが飛んでぶつかってきたかと思うと、予想外の事態と鎖のせいでぶつかってきたものと共に倒れこむ。
「あ、アキさん!? 大丈夫ですか!? あと知らないおじさんも!」
エルの声で俺の上で倒れているのは父親であることが分かる。
父親が俺の上から退くよりも前にグラウの声が聞こえる。
「ああ、悪いなアキレア。 タイミングが」
いや、謝れよ。