同級生
扉が開いた。 エルは唇こそ俺の頰から離したものの、身体は体重を全て俺に預けるようにしていて、二人して倒れている。
流石に情事を行う前とは思われはしないだろうが、お互いに顔を真っ赤に染めて倒れ込んでいたら、それに準じたことのようには見えてしまうかもしれない。
レイに見られるのは、と無理矢理起き上がろうとするが、鎖で縛られているので少しもたつく。
そんなことをしている間にも扉が開いて人が入ってくる。
「レイくーん、私特製のカマボコ出来ましたー。 オヤツ代わりに……ってあれ? 知らない人がエロいことしてる?」
使用人の割に妙にダラけた口調の女が入り、俺たちを観察する。
「押し倒された美青年。 押し倒してる幼い女の子。
それに美青年を縛る鎖……。 ちょっと写メ撮ってもいいかな?」
「駄目だ」
エルが飛び退いたので動けるようになった身体で立ち上がり、椅子に座りなおす。
レイの私室であるここに人がいることがおかしな筈だが、使用人の女は驚いた様子はない。 使用人は長い黒髪を揺らしながら机の上によく分からない物を置いて、俺を……いや後ろのエルを見る。
「日本人、というか……樹ちゃん?」
エルが昔名乗っていた、名前。 雨夜 樹の名の方を使用人の女は口にした。
「え、月城さん……?」
勇者は同郷の人物なのだから知り合いが出会ってもおかしくはないだろう。 近くに送られてきた者それほど多くないはずなので、なかなかの奇運かもしれないが。
知人との再会というのに、エルはそれほど嬉しそうには見えず、使用人の女だけが嬉しそうに笑う。
「樹ちゃん久しぶりだね。 元気だった?」
「あ、はい。 まぁ」
嫌という雰囲気はないので助けるなんてことはせずに椅子に座り、使用人とエルの会話を眺める。
「あの時、樹ちゃんいたっけ?」
「あ、教室の中ではなかったんですけど。 はぐれてやってきた方に引き込まれました……」
「はぐれてやってきた? まぁ一緒に来たってことか……じゃあ、まだ会えてないけどペン太と三人にも会えるかもかな」
「あ、他の方はまだですが、ペン太さんとは、あの女神様のところでお会いしました」
「じゃあやっぱり、こっちに来てるのか……」
それを確認したあと、使用人はこちらに目を向ける。
「君は、ヴァイスさんの息子さん?」
「……ああ、一応な」
やはり似ているのか、初対面であるのに血縁関係を見抜かれる。 珍しい髪色と眼色なのもあるだろうが。
エルにでもない人間とわざわざ仲良く話す必要もないので返事だけして黙っていると使用人は無遠慮な笑みを浮かべて俺に手を差し出す。
「よろしくね。 私は月城 瑞希。 樹ちゃんの同級生だよ」
「……ああ」
おそらく握手を求められているのだろうが、鎖で縛られているので握手のしようがない。出来たとしても、先ほどのエルの「僕だけの物」という発言を聞いているので他の女とは接触するのは避けたい。
流石に握手ぐらいは気にしないと思うが、エルに嫌な思いをさせたくない。
「ところでルトくんはなんで鎖で縛られてるの?」
「趣味だ」
「……あっ、はい。 すみません」
月城が一歩後ろに下がり、笑顔を一瞬だけ消失させる。
「それで樹ちゃんとルトくんはなんでここに……。 というかどんな関係? 人付きの勇者関係かな?」
「あ、いえ、僕とア……ではなくてルトさんは、その、恋人、です」
月城は俺を指差して尋ねる。
「彼氏? というか恋人?」
その言葉に偽りはないので頷くと月城は驚いたような顔をしてから詰め寄るようにエルに近寄る。
「えっ、あの樹ちゃんが!? ええっ、すごい! おめでとう!」
どのエルなのかは分からないが、月城は年頃の女性らしくそういったことに興味があるらしく甲高い声を出しながらエルに早口で尋ねる。
「どこまでいったの? 出会いはどんな感じ? どこに好きになったの? どんな人?」
「えっ、あ、の……その、優しい人で、好きになったところは……色々あって、出会いは……僕が行き倒れているところを助けていただいて。 どこまでって、えと、その……」
「……律儀に答える必要もないだろう」
「えー」
随分と面倒くさいやつであることは分かった。 少し苛立ちながら月城を見ると、口出ししたせいかエルの方から俺に興味が移ったらしい。
「ルトくんだよね? どこまでいったの?」
いきなり下世話な話からくるな。 答えるとしたら横で寝た、あるいは頰にキスをされたかだが、月城に答えると調子に乗るような気がしたので黙っておく。
「どんなところが好きになったの?」
初対面の人によくこんなことが聞けるなと思う。 エルにどうするべきかと助けてもらうために目を向けると、エルも聞きたいのか、チラチラと俺の目を見たり視線を外したりと忙しなくしていた。
これは答えるべきか。
「好いているところか」
端的に述べれば全てと言っても過言ではないが、そう答えるのはあまりに軽薄に感じる。
恋人の好いているところなど、初対面の女に言うようなことではないが、エルに聞かせると考えるたならば悪い話でもないだろう。
「まず、性格の面では、臆病、勇気がある、優しく、気高い。
容姿では、柔らかく絹のような黒髪、真珠のように美しい白肌、玉のような黒く愛らしい眼に、薄く閉じた唇。 それに、細く滑らかな身体つきもだな。
その他では、鈴の音のような声に甘い香りや肌の温かさや柔らかさも」
適当に軽く幾つかあげれば、月城は自身の頰を抑えながら首を振る。
「わー! ベタ惚れじゃないですかー!
それって、だいたい全部好きってこと? このロリコン!」
月城は非常に面倒くさいが、エルが顔を赤くして喜んでいるのでとりあえず満足しておく。
「まぁ、安っぽいが全部で間違いはない」
「樹ちゃんも愛されててよかったね」
「ん、ま、まぁ、そそ、そうですね」
こういった人間は少し苦手かもしれない。 グラウも馴れ馴れしかったが、今回はエルの知り合いということであまり邪険にできないのが一番厄介だ。
グラウがこんなノリで来たら普通に殴れるのに。
「それでどんな出会いだったの?」
軽く息を吐いてから、エルとの出会いを思い出す。
「……踏んだな」
「踏んだのか」
「えっ、踏んだんですか?」
「近道をしようとして、何故か路地裏にいたところを踏んだ。 それで病気に罹っていたようだったから、そのまま治癒院に連れていって治してもらって、宿に連れて戻った」
こう言えば、大したことはしていないな。 エルは感謝しているようだけど。
「へー」
「でも、僕が目覚めたとき凄かったんですよ」
「凄かったって?着替え中だったとか?」
「いえ、なんか殺人現場みたいでした」
不思議そうな顔をしている月城に、変な勘違いをされる前に説明する。
「そのとき、俺は出血していたからな。 ふらついていてよろめきながらエルを運んだから、部屋に付いただけだ。 あと、抱き抱えていたエルにも大量に付いていたな」
「出血って……うわあ、やっと異世界っぽい」
「月城さんは今までどうやって過ごしていたんですか?」
「樹ちゃんみたいにはなってないよ。
普通に人付きの勇者としてヴァイスさん、ここの家の人にお世話になってたの。 使用人のフリをしながら、能力の練習をしたり、勉強したり、魔法の練習したりと」
「俺がいたときにもいたのか?」
「えっ、うん。 多分ね。
わけ分からないままの時間が長かったからよく分からないけど……」
やはり父親は分かりきって俺を追い出したのか。 どこまでも手のひらで操られているようで、不快だ。