帰宅
非常に面倒くさいグラウは無視して食べ進め、一通り食べ終えたところでグラウを置いて立ち上がる。
「グラウ、泥酔する前に行くぞ。 暫く歩くのだから、飲み過ぎるな」
そう言うがグラウは飲むのを止めない。
「まぁ、待て待て、落ち着け。 逆に飲んだ方がしっかり歩ける可能性もあるんじゃないか?
頭ごなしに酒のことを否定してばかりでなく、酒の気持ちも考えてあげるべきだと、お父さんは思うな」
「父親じゃないだろ」
そう言ってから座り直す。 出来る限りしたくないが、グラウを背負ってエルに歩いてもらうということも出来なくはない。 いや、何時間もエルが歩けるだろうか?
まぁ、暫く歩いていたらグラウも自分で歩けるようにぐらい回復するだろう。
「そうだな。 俺はお前の父親じゃない」
何処か辛そうな声を発して、酒をまた煽って飲み干す。
グラウは少しゆっくりと息を吐いた後、注文をすることなく袖元で目を拭って立ち上がる。
「そろそろ行かないとな」
何を考えているのかはほとんど分かりはしないが、思うところもあるのだろう。
俺も同じように多少の感慨はある。 もう会うつもりもなかった父親と自分から再会しに行くのだから仕方ない。
「アキさん」
一人、そういった感慨のないエルも、何故か同じように神妙そうな顔をこちらに向ける。
「どうした? そんな顔をして」
「ん、アキさんが、辛そうだから、僕も……」
エルはそう言ってから立ち上がり、座っている俺の頭を撫でる。 サラサラと、髪の毛を梳くようにエルの手が俺の頭を撫でていく。 心地よさに少し目を細めてそれに身を任せる。
暫く撫でてもらい、心地よさに酔いしれながらエルに顔を向ける。
「ありがとう、楽には……なった」
意地を張る必要もないので礼を言ってから立ち上がる。 可愛らしい笑みを浮かべる少女を見て、本当にエルには助けられていると再確認をする。
グラウの酒のせいで朝食にしては少し高い勘定を支払い、店を出る。
その後は当然のように移動して、街の端の人気がないところまで移動してからエルを背負って歩く。 昼頃に、一ヶ月前と短い時間なのに懐かしいと感じる屋敷に到着した。
その屋敷を目にして、グラウは舌打ちを一つしてから壁を触る。
エルは驚愕したような表情を変えることなくぼうっと屋敷を眺めている。
「エル、どうかしたか?」
「アキさん、お金持ちだったんですね……。 えっと、僕……偉い人との話すときの礼儀とか分からないです」
エルは困惑した表情で俺に言う。
「言っていなかったか?
まぁ、もう俺とはそう関係のない場所だ」
父親と話すことはあったとしても、この家に戻るつもりはない。 そもそも、こんな家にいたらエルと結婚することは難しい。
そう考えてみると、グラウは俺の母に恋をしていたのだったか、初めから叶わない恋であることは分かっていたのではないだろうか。
グラウの方を向いても、グラウの考えていることなど分かりはしない。
「それでアキさん。 どうやって会うんですか? こんな後ろに隠れるようにしていて」
「正面から行くと使用人がいるからな。 見つかると面倒だ」
「でも、こんなところから進入……アキさん達なら出来そうですけど、目立ちますよね?」
エルが小さく言うが、こんなところで立っているのにも理由がある。
「俺には優秀な弟がいるから問題ない」
「それってどういう……」
エルが尋ね終える前に、グラウが壁から跳ね退く。 エルがそこへと身体を向き直すと、壁が扉のように開く。
「兄さん?」
聞き慣れた声、俺と同じ紅い目と、似ても似つかない金色の髪の毛。 柔らかな物腰とそれに似合った髪型。
「ああ、久しぶり」
レイ=エンブルク。 俺の弟であり、優秀な魔法使いだ。
ここで立っていれば、その人並み外れた優れた魔力感知能力で俺の魔力を発見して、やってきてくれると思っていたが、やはりきてくれた。
俺の姿を見てから、小汚い格好のグラウを見て疑わしそうに眉を顰めて、俺を縛っている鎖の端を握っているエルの姿を見て頭を抱え込む。
「どういう状況ですか……。 いや、割と本気で意味が分からないよ」
弟のレイが頭を抱え込みがらそう言うが、用があることは理解したのか屋敷の中に招き入れる。
「とりあえず、入ってください。 戻ってくるといった様子ではないですから、何か用があるんですよね?」
「ああ」
もしかしたらレイも暴走しているかもしれないと少しは考えていたが、状況を把握していないようなのでレイは魔物ではないのだろう。
「えと、失礼、します」
エルが俺とレイの顔を交互に見ながら、俺に続いて壁の中に入り敷地に入っていく。 俺とグラウは無言で入る。
全員が中に入れば壁に開いた穴は閉じられ、それと入れ替わりに屋敷の壁に穴が開く。
「僕の私室ですから、大したおもてなしもできませんがご容赦くださいね。
……お茶ぐらい持ってきますから少し座って待っていてください」
レイがそう言うと部屋の床が持ち上がり、簡易的な椅子が生まれる。
その後普通に扉を開いてレイが出て行く。
「はぁ……驚いたせいで真っ先に挨拶できませんでした……」
エルが出て行ったことを確認してからため息を吐き出す。
「悪いな。 予め説明しておくべきだったか」
「いえ、アキさんのご家庭ですし、これぐらいは想定していたらよかったです。
それより、ああいった出入りが出来るのって、防犯として大丈夫なんですか?」
「ああ、あれは一部だけ魔法で動かせるようになっているだけだからな。 昔レイが勝手に改造した場所だけがこういったことが出来て、それによく分からない仕掛けでレイ以外には動かせないようになっている」
昔から優秀だったな。 と思い出しながら石造りの硬い椅子に座り込む。
「すごいですね?」
「ああすごい奴だ」
グラウが持っていた酒瓶を開こうとするのを止めながら待っているとレイが戻ってくる。
「お待たせしました。 不慣れなことをしたので上手く淹れられているかは分かりませんが」
レイが机の上に紅茶を人数分並べ、椅子に座って俺の顔を見る。
「それで兄さん。 この方達は……いや、それよりもその鎖はどうしたんですか?」
「趣味だ」
レイに言っても良いものか分からないのでとりあえず誤魔化すことにする。 レイはつまらなさそうにため息を吐き出す。
「そういうことにしておいてあげますよ」
流石によく見知った相手には通用しないか。 けれども問い詰めてこなかったレイに感謝をしながら紅茶を手に取る。
久しぶりの香りを少し楽しんでから、口を付ける。 美味い。
そうしている間に、ガチガチに緊張したエルが口を開く。
「え、あ、その、僕は……いえ私は……その、アキさ、ではなくてルトさんとその」
「この子はどうしたの?」
レイは少し心配そうな目をエルに向けながら俺に尋ねる。
「少し緊張しているだけだ。
この黒髪の傾国且つ絶世の美女は、エルといい、その……俺のあれだ。
こっちの紅茶に酒を突っ込んで混ぜてる馬鹿はグラウだ。 馬鹿だ」
「カクテルと言えばオシャレな飲み方だよな」
「小さいカップじゃなくて、もう少し大きいものを用意した方が良かったですね。
それで、兄さんのあれって?」
悪気もなさそうにレイは俺に尋ねる。
エルが恥ずかしいという訳ではないが、ぱっと見ではレイ、弟よりも遥かに幼い少女を家に連れ込んで「俺の恋人だ」と紹介するのにはひどく抵抗がある。
他の人ならばまだしも、弟に子供を恋人にしていることを……。 と迷っているうちに、エルがおずおずと口を開いた。
「えと、その、僕、私は……ルトさんと交際させて……いただいています」
「へー、兄さんと交際ですか。 交際……? ん、交際?」
レイが俺の方を向いたので頷くと、レイが紅茶を喉に詰まらせたのか咳き込む。