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勇者な彼女と英雄への道  作者: ウサギ様@書籍化&コミカライズ
第四章:自分のことすら理解出来ず、それでも君を理解したい
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酔っ払い

「いひひ、なんでそっちを向くんですか? こっちを向いてくださいよ」


 俺はエルに逆らうことが出来ない。 弱みを握られているとかではない。 いや、惚れた弱みというのも弱みに含まれるとしたら、弱み握られているのか。

 エルがこうしたいと言うのならば、それに従う。 ああしたいと言うのならば、それに従う。

 けれど、今ばかりはエルの命に従うことは出来なかった。


「いや、無理だ」


 背にエルの温かく柔らかな体を感じる。 それは決して不快というわけではなく、むしろ反対でとてもいいのだが、それが良すぎるとでも言うのか、何にせよエルの方向に向くことは無理になっていた。


「えー、なんでですか? いいじゃないですか」


 そう言いながら、ぐりぐりと身体を押し当ててくるが、鎖が邪魔をして柔らかさは半減されている。 悔しい気持ちもあるが、そのおかげで理性を保ているので悪いことだけではない。

 鎖で縛られていたとしても……エルを押さえつけることは出来るのだと考えると、思わず唾を飲み込んでしまう。

 即座に首を振ってエルに声をかける。


「少し、離れてくれないか」


「えー、嫌ですよぅ」


 すぐに否定。 拒否。 エルならばすぐに言うことを聞いてくれるものだと思っていたので、面を食らう。


「もしかして、何か変なものでも食べたか?」


「変なものなんて食べませんよ?」


 エルはそう言うが、あまり信用が出来ないというか、明らかに様子がいつもと違う。

 先程までは普通だったことを考えると……酒を飲んでいたけど、安心したら酔いが回ってきた?


「何か妙な飲み物とか飲んだりしたか?」


「んぅ? はい。 グラウさんが、ジュースを奢ってやるって頼んだのでそれを飲みましたよ?」


 間違いなくそれが酒だ。 俺が必死で理性を支えているという苦しみを背負っているのはあのクソ親父のせいか。

 今からグラウの寝込みを襲いたいところだが、扉を蹴破って移動すればグラウが幾らマヌケなおっさんだとしても気づき、防いでくるだろう。

 何より酔っているエルを放置するわけにはいかない。


 後でぶん殴ることを決意してからエルに言う。


「エル、今後グラウから受け取ったものは口に入れるな」


「えー? 美味しかったですよ? それに、それは失礼な気がします?」


「いいから」


「んぅ……じゃあ、アキさんがこちらを向いてくれたら、そうしてあげてもいいですよ」


 なんたる圧倒的交渉術……!! いや、だが振り向けば大変なことになりかねない。 ベッドが狭い上に鎖で縛られているので腰を引いて、なんてことも難しい。

 それでも、グラウにまた酒を飲まされてなんてことは避けたい。 それに今のエルは酔っているので気が付かない可能性が高い。


 ならば振り向くしかないだろうと思い、なんとか腰を引きながらエルの方向に向き直る。


「いひひー、アキさーん! ぎゅーってしてあげますよ? アキさんは甘えん坊だから嬉しいですよねー」


 そう言ってエルは片手を上げて俺の背に腕を回して体を押し付けて、同じように片足を上げて俺の腰に回す。

 腰から胸までを完全に密着する状態になる。 なってしまう。

 鼻腔に入るエルの甘い香り、全身で感じるエルの柔らかさと温かさ。 心地よいが、居心地は悪い不思議な感触。


 抱き締めてから数秒、エルが驚いたように俺の顔を見る。 濡れているように見える瞳は可愛らしく、不思議そうにしている顔をこちらに向けて首を曲げる。


「ん? アキさん、携帯か何かをポッケに入れてます?」


 エルがよく分からないことを言ってから手を下に持っていき、軽く触れる。

 不思議そうにしていた顔は、少しズボン越しに触っているうちに、暗い中でも分かるくらいに赤く染め上がる。


「…………」


「…………」


 嫌な沈黙の時間が流れるが、エルのふとももに押し当てられているそれは収まる様子もない。


「あ、アキ、さんの…………えっち! 変態! 性欲魔人!」


 よく分からない悪口と共にエルは俺から離れて部屋の隅に移動する。


「エル、その、なんだ……悪い……」


 謝りに行こうと身体を動かすとベッドに付けられていた鎖が鳴り、エルの近くに動くことが出来ない。


「うぅ……変なこと、しないでって……」


「いや、どちらかと言うと変なことをしたのは……」


 言い訳がましい言葉を吐くと、エルは少し思考してから頷く。


「まぁ、その……確かにそうでした」


 エルは部屋の隅で頭を抱え込む。


「確かに抱き締めたのも、それを触ったのも……僕。 あれ、えっちなのは僕……?」


 涙を浮かべた眼に、不安そうな表情。 抱き締めたくなるが、縛られている上に繋がれているのでそれは出来ない。


「いや、今回のは、事故だ」


「ん、事故、ですか?」


「ああ、エルは分かっていてやったわけではなく、そう、なんて言うかな。 巡り合わせが悪かっただけなんだ」


「うぅ、アキさんが早口です……」


「だから、エルは悪くない。 むしろ良かったから、な。 明日も早いから早く寝よう。 寝たら忘れる」


 そう言うと、渋々といった様子でベッドに戻り、俺の胸に顔を埋める。


「もう、その、そういう状態にさせないでくださいね」


 いや、無理だろう。 だが、エルに言うわけにもいかないので否定も肯定もせずに黙っておく。

 しばらくじっとしていると、エルは寝息を立てて寝始めた。


 嫌われなくて良かった。 そう溜息を吐き出す。


◆◆◆◆◆



「おー、おはよー」


「おはようございます」


「……ああ」


 グラウは俺と同じように眠たそうに目を擦りながら部屋から出てくる。 当然、寝不足の原因は別のことだろうが。


「アキさんもグラウさんも眠たそうですけど、昨晩何かあったんですか?」


 思い切りあった。 だがエルは酔っていたこともあってか一切覚えていないらしい。 覚えていたら困ったことになるかもしれないので助かるが、何となく残念な気持ちもある。


「ああ、ヴァイスと戦うイメージトレーニングをしていたらな。 寝れなくなって」


「そうですか、大丈夫ですか? アキさんも眠そうですし、もう一眠りしてから行きますか?」


「アキレア、どうする?」


「今からも眠るのは難しいから、いい。 行こう」


 昨晩のことを思い出しながらエルと一緒に寝るのは、神経がそう図太くない俺には無理な話だ。


「よし、じゃあ出発! の前に飯食っていくか」


「ああ、そうだな」


 適当に歩いてからグラウは酒場に入っていく。 いや、確かに飯も食えるけれども。


 グラウの駄目人間ぶりに呆れながらも、続いて入る。


 酒場の主人は今はいないのか、代わりに女性が立っていた。 まぁ四六時中起きているわけもないか。


 朝食代わりにグラウは酒とツマミを頼み、俺はエルと一緒にパンとミルクを頼む。 他の物も頼もうかと思ったが、朝ならばこの程度のものだろうと注文する口を止める。


「それにしても、また酒を飲むのか」


「ああ、久しぶりに会うとなると、緊張して酒を摂取しないとまともに話せる気がしない」


「おっさんがおっさんと話すのに緊張って、なんか気持ち悪いな」


「おっさん……あぁ、いや、おっさんじゃなくてな。 おばさんの方だ」


 ああ、母親の方か。 そういえば随分前に墓参りしに行こうとか言っていたな。

 初恋の人だかなんだか知らないが、墓参りに緊張なんてするものなのか。


「……その時は、席を外してやる」


「おう、割と助かる」


 もう既に涙腺が緩んでいるように見える。 涙こそまだ流していないが、すぐにでも流れ出そうだ。


「そんなに会いたいなら、もっと早くに会いに行ったらよかったんじゃないか?」


「……ハクとの約束を果たせるまでは、会う気はなかったんだよな。 まぁ、なんだ……結局果たす前に会うけどな」


 情けないな。 とグラウが溢すと、エルが慰めるように言う。


「果たしていなくても、お友達なら会いたいものですよ」


「そうなんだよなあ、ハクとは所詮、友人なんだよなぁ」


 グラウが物凄く面倒くさかった。

 酒を煽っているグラウを横目にしながら、エルにパンを食べさせてもらった。

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