おっさんと再会する
翌日の早朝、宿の扉が叩かれて目が醒める。
なんとなく不安になり隣で寝てくれとエルに頼み込んだが、結局まだ早いと断られ、隣のベッドでエルは横になっていた。
グラウが来たのだと起きるが、扉を開けようにも手が縛られているので扉を開けることも出来ない。
「グラウか? どうした」
「アキレアか。 今日の昼には出ようと思ってな。 俺たちの足ならば、丁度夕暮れほどで到着して、明日にはヴァイスのとこに着けるだろ」
「ああ、そうだな」
何も気にしないフリをしているものの、少し心構えが足りない。 もう他人だと思いたいが、それほど単純な問題ではないのだろう。
「んじゃ、俺は今から寝るから。 超寝るから、高みへと寝るから。 ギシギシして起こしたりしないでくれよ」
「ギシギシ? それにしてもまた酒飲んでいたのか。
街中で飲む分には文句を言う気はないが、程々にしておけよ」
「言ってるじゃねえか。 んじゃ、おやすみ」
何をはしゃいでいるんだ。 などと妙に声が盛り上がっているグラウに呆れるが、久々に友人に合うということなのだから、それも当然のことなのかもしれない。
それを踏まえてみれば、目的の上でも心情的にも元父親に会いに行くのはいいことの筈だが。
いや、分かっている。 俺が会いたくないんだ。
「女々しいな」
自嘲してから、ベッドに倒れ込む。 もう一度、寝よう。
◆◆◆◆◆
気が晴れることはなく、エルを背負いながらグラウの調子に合わせて思い切り走る。 夏の暑さと動いた時に発生する熱により身体が酷く熱くなり、汗が尋常じゃないほど流れ出る。
途中一度、水分補給のために休憩を挟みまた走ってエルと出会った街に辿り着く。
「頑張れば、今晩になるが着けるな。 泊めてもらえばいいんだしこのまま行くか?」
グラウが空を見上げながら言った。 昼飯を食べてからすぐに出たが、まだ夕暮れにもなっていないような時間だ。
「いや、明日にしよう」
無意味に引き伸ばすが、グラウは何も聞かずに頷いてくれる。 エルがグラウよりも疲れた様子で俺から降りて地面に脚を付ける。
「あぁ……アイラブ地面」
しゃがみ込んでいるエルを見て何を言ってるんだと視線を向けると、こちらを見て頭を下げた。
「あっ、アキさんのことの方が好きですからね。 ちょっと速すぎてびっくりしてただけですから」
そう言ってからエルは立ち上がって、俺に背負われるために鎖の上から巻いていた布を外して、鎖の端を掴む。
「流石に、地面に嫉妬などはしない」
「ん、他のにはしてくれるんですね?」
「……行くぞ。 エル」
はい。 と、鈴のような声を聞きながらエルを連れて歩く。 そう広くない街なので、街の端にあるという立地もあり、目的の場所にはすぐに着いた。
まだ昼間のために人は疎らで、目的の人物はすぐに見つかった。
「おお、坊主と嬢ちゃん。 久しぶり」
数度しか来ていない相手をよく覚えているものだと感心する。 その人柄といい、人の顔を覚える力といい、客商売に向いている人だと思う。
「ん、急いで何処に行くんだと思ったら、酒場か。 飲み比べでもするか?」
グラウが酒を飲むような仕草をするが、無視してカウンターの席に座る。
「ミルク二つ」
「前も思ってたが、お前らミルク好きだよな。 まぁガキだもんな」
「俺は酒。 酔っ払えるのをくれ」
酒場の主人がミルクを二つ俺とエルの前に置いて、追加でちょっとした料理を置いた。
「……金は払うぞ」
「相変わらずだな。 というかなんで縛られているんだ」
「趣味だ」
元級友に使ったのと同じ言い訳をすると、何の捻りもなく「気持ち悪っ」との言葉を言われた。
もし俺の前に縛られて趣味だと言っている奴が出現したは同じ反応をするだろうので、文句を言う気にはなれない。
「はい、お口開けてください。 あーん」
エルに食べさせられるのが、グラウとこのおっさんの前だとヤケに恥ずかしい。
しばらく黙々とエルに食べさせられていたら、他の客の対応をしている酒場の主人を横目に見たグラウが不意に口を開いた。
「随分と気を許しているな」
グラウに言われ、素直に頷く。
酒場の主人には聞こえないような小さな声でグラウに伝える。
「俺の、恩人だ」
腹を空かした俺に飯をくれたこと、それにより俺がエルを助ける気になったことと、本当に感謝をしている。
金を後で払ったから良いという問題ではない。
「アキレアにもそういう感情あったんだな。 基本無礼だから一切そういう感情はないのかと」
「グラウが尊敬に値しないだけだ」
「それはない」
何故か自信満々のグラウに少し呆れる。
エルはミルクをコクコクと喉を鳴らしながら飲み干す。
「ふぅ、この一杯のために……っと、アキさんが嫉妬してしまいますね」
「しない」
「勇者の嬢ちゃんのそれ、持ちネタになってきたな」
飲まれるミルクに嫉妬するってなんだ。 確かにミルクはエルの唇に付いたり、口の中に入ったりするが……!?
エルの唇に引っ付いて、エルの口の中に入り込む。 いや、うん、羨ましいのは事実だ。
妬ましくも、思ってしまう。
極力ミルクに感じた嫉妬心を隠して、エルに飲ませてもらう。
「アキレア……流石にそれはない」
バレバレだった。
「いひひ。 頭を撫でてあげるので嫉妬しないでくださいよ」
「いや、嫉妬してないからな。 生き物じゃないし」
「アキレア、勇者の嬢ちゃんがさっき地面のことよりアキレアのことの方が好きって言っていたが。
なんだかんだ言っても、嬢ちゃんはお前から降りて地面の方に行くんだよ」
「!?」
「グラウさん。アキさんで遊ばないでください。
それに……多分アキさんに会ってからは地面の上よりアキさんの上にいる時間の方が……」
確かに、考えてみればエルと移動するときはだいたい俺が背負っている。 宿屋で寝ている時はベッドだが……ベッドって、寝てるエルと密着してる……? もっと言えば、エルの服などはエルの柔らかい肌とずっと密着……?
「……生命以外は考えないようにしよう」
物凄く腹が立ったが、服もベッドも地面もミルクも、自意識などない物だ。 嫉妬するのは、違うだろう。
エルに飲食の世話をされながら一通り食べて、少し多めに勘定を支払い外に出る。
「いい酒だったな。
と、明日に向けて武器の手入れでもしておくか」
グラウが上機嫌に木剣を取り出し、その木剣を振り回すようにしてから肩に担ぐ。
「あいつと戦うわけでもないだろう」
「いや、割とあいつとはよく手合わせしてたから、またするかもしれない」
「手合わせ、か」
「ああ、アキレアもロトとやってただろ? あんなの」
なるほどと頷くが、少しだけ違和感がある。
「俺もロトも剣士だが、グラウとあいつなら、剣士と魔法使いだ。 戦う土俵が違うと思うが」
「ああ、だからあいつは鎧を着込むようになったんだ」
父親が手合わせなんてしている姿に違和感を覚え、そんな負けず嫌いな行動をしていると思うとより驚く。
そういった勝ち負けには拘らないやつだと思っていた。
「友人であり、ライバルだったからな。 あと恋人」
「その話を詳しくお聞かせ願えますか?」
よく分からないところに食いつくエルを、グラウのいつもの冗談だからと言って落ち着かせる。
「ヴァイスにとって俺は、負けたくない相手だったってことだ」
そう言ってグラウは笑う。 確かにふざけた男であるグラウには負けたくないだろうと思った。
「素敵な関係ですね」
俺にはそういう相手はいないな。 と思っているとロトの顔が思い浮かぶ。
いや、あいつは俺よりも遥かに弱いし……。 だが、魔法を覚えだしたので、次に出会った時にはどうなっているか分からない。
負けたくは、ないか。




