浄化の能力
曰く、魔法ではなく能力。 個々で違う能力を持っているため、強い能力と弱い能力があるらしい。
少女の能力は……万物を清潔にする能力。
魔法でも同じことが出来るのですごいとは思わないが、理屈が分からなくて面白い。
だが、問題はそんなことではない。
腕を捲り、膿が酷くなっている左腕を出す。
「これ、どうにか出来るか?」
臭いが酷くなっていて少し息が詰まる。 鉄臭さではなく、腐った臭い。
少女は後ずさりしながら、言う。
「で、出来ます。 します。 クリーン!」
俺の手を掴み、少女の手から光が溢れる。
すぐに腕からの臭いがなくなる。
「おおっ、すげ。 切り落とさないとならなくなりそうだったから助かったよ」
少女は少し自分の頬を掻いて、口角を上げながら俯く。
膿こそなくなったが、折れて傷ついてなのはそのままなために痛みはどうしようもないので、また金を稼げば治療しにいく必要はあるが、本当に助かった。
「いえ、大したことでは」
謙遜しているが、嬉しそうだ。
少女の笑みは子供らしい笑みとは言えない、顔を隠して控えめに笑う。
「あ、僕……雨夜っていいます。 雨夜 樹です。 名前。
助けてもらい、ありがとうございます」
俺の服を触って、手当たり次第に浄化しながら少女は大きく頭を下げる。
「ああ、たまたま見つけたからな。
話が戻るが、その付きなしの勇者って何もなしにここで生活するんだろ? どうするもんなんだ?
他の勇者に頼るとかか?」
「えっと、勇者には、制限があって……頼れないんです。 絶対ダメってわけじゃないんですが……経験値の分散のせいでって、言っても分かりませんよね。
勇者同士が近くにいると大きな不利益があるんです。 頼っても、共倒れ……です」
少女、雨夜は浄化が終わった手で拳を握りながら言う。
同郷の人間なのに、頼りには出来ない……よく分からないが、そう文面の通り受け取るしかないだろう。
都合の悪さに溜息が出る。 つまり俺はロトに着いて行くことが出来なくなったらしい。
「どっかで面倒見てもらえるアテは……ねえよな。 とりあえず、俺が面倒見てやる」
腐る心配がなくなった安心感か、どっと疲れが押してくるが眠気を我慢して雨夜の頭を撫でる。
「何か、やりたいことがあるなら言え。 余裕があれば手伝ってやる」
雨夜は俯きながら、もっと頭を下げて頷いた。
「とりあえず、もう限界だ。 寝る。
明日も金稼がないとここにいれないからな」
浄化されたおかげかヤケに綺麗になった床に転がって目を瞑る。
「おやすみ、なさい」
雨夜の声が聞こえるが、それに反応することも出来ずに眠りに落ちた。
◆◆◆◆
目を覚まして感じたのは、温かいということだ。
固い床のせいで身体が固まった感覚もない。
起き上がると、下に布団らしきものが敷かれていて、上にも掛け布団が掛けられていた。
おかしいと思い見回すと、少し離れたところで雨夜が小動物のように丸まって寝ていた。
ベッドの上から布団がなくなっていたので、これはベッドのところから降ろされたものなのだろう。
「意味のない気なんて使いやがって」
嫌な気持ちもなく、取り繕うように悪態をついてから、布団をベッドに戻してから雨夜をそこに寝かせる。
まだ起きる様子はない。 書き置き出来るような紙があれば便利だが、それもないので諦めて街の中で出来ることを済ませてからまた様子を見に来たらいいか。
まずは、もう待ってるかもしれないロトのところに行くことからか。
眩しい朝焼けを避けながら酒場に向かうと、約束通りロトがそこにいた。
初めて会った時に比べて丈夫そうな服や鞄を持っていて、帯剣もしていて旅人然とした格好だ。
「悪いな、待たせた」
「いや。 細かい指定はしてなかったからこんなもんだろ。
来てくれたってことは、一緒にくるか?」
俺の言葉に、随分と羽振りが良さそうなロトはニヤニヤとした粘つくような嫌な笑みを浮かべて返す。
悪い奴には見えないが、この笑い方はどうにかならないのか。
「悪いな。 今日は断りにきただけだ」
少し驚いた表情。 そのあと元の笑みに戻ってから口を開けた。
「なんでだ? 俺と来たら、多少キツイが悪くない生活が出来ると思うが」
俺の格好を見て言っているのだろう。 雨夜のおかげでまだ見れる格好にはなったと思うが、それでも服はボロボロで、それ以上に俺は傷だらけだろう。
「この前、死にかけてる勇者を拾った。
よく知らないが、勇者は勇者と一緒に生活は出来ないんだろ?」
ロトは一緒驚いた顔をしてから溜息を吐く。
「ミスったな、もっと早くにしてれば……。 いや、それだと人が死んでたのか。 仕方ないか」
悪い奴じゃないようだ。
「悪いな」
「いや、いい。 結局、勇者とその仲間は魔王に向かうんだから、仲間も他の勇者の同じようなものだ。
最悪、使えそうな奴が勇者と関わらないのよりかは遥かにマシだ。 また会おう」
ロトは席から立ち上がり、金を机に置いてから扉に向かう。
「そういや、お前の名前は」
振り返って、俺の目を見る。 名前か、呼ばれることもないから忘れがちだけど、まだないんだよな。
「悪いな、名前はない」
「そうか、名前が出来たら教えろよ」
手を振ってから外に出て行った。
俺もここにいても仕方ないので、他の人の接客をしている主人に頭を下げてからある分だけの金を置いて外に出る。
勇者は魔王に向かう、か。 いくらそれが目的で来ているとはいえ、死にかけて拾われるような勇者がどこかに挑みに行ったりするとは考えにくいんだが。……確信しているような口調だった。
まだ知らないことがあるんだろう。
血の臭いが混じった嫌な風が吹く。 魔王が復活するまで、あと三週間。
関係があるのか分からないが、どうも嫌な予感が拭いきれない。
とりあえず今は腕を治したいんだし、金を稼ぐしかないか。
そろそろ起きているかもしれないので、宿に戻ることにする。
宿に戻れば、昨日に比べて警戒が薄くなっている雨夜が座っていた。
「おはよう、ございます」
「ああ、おはよ」
会話が続かず、沈黙が部屋の中を流れる。
クリクリとした丸く黒い目が俺の表情を伺うように動いているのが分かり、バツの悪い感覚を覚える。
「今は飯を買う金がないから、ギルドから依頼を受けてゴブリンを狩ってくる」
昨日も気を使わせている。 何か話すよりも離れていた方が雨夜にとっても気が楽だろう。
鞘がないせいで抜き身のまま放置してた剣を手に取る。 どうやらこれも浄化してくれていたらしく、ホブゴブリンが持っていたときよりも綺麗になっている。
雨夜は少し首を捻ってから立ち上がり、俺の服の袖を掴む。
「僕も着いて行っても、いいですか? ギルドまででいいですから。 邪魔も、しません」
ゴブリン狩りにならば頷けなかったが、ギルドまでなら問題はないだろう。
怖がられていると思っていたが、そんなに怖がられてもいないのか。
抜き身のままの剣を上着で巻いてからギルドに向かう。
行く途中に、色々な物をキョロキョロと見回している雨夜が逸れないように気を張りながらギルドに向かうと、無言で俺に頭を下げてから、依頼書が乱雑に貼ってある場所に向かった。
街の中で出来るような依頼を探しているのだろうか。
背伸びをしてなんとか一通り見終わった雨夜は、次は街の周囲の魔物の分布を示している地図を見て、魔物の特徴の書いてある紙束をパラパラと捲る。
そんな雨夜の様子を見ていた馴染みの受け付け嬢が声をかけてきた。
「ナインさん。 なんですかあの子、妹さんですか?」
「いや、なんていうか拾った。 死にかけてたから」
「は、はぁ……そういう趣味だったんですか。 ドン引きです」
それだけ言って、受け付け嬢は持ち場に戻る。 それと入れ替わりのように雨夜が俺の元にやってきて、三枚の依頼書を俺に渡した。
「差し出がましい、かと思いますが……。 この依頼を、受けていただけませんか」