別れ
リアナが俺の横に座り込み、ため息を吐き出す。
「昨日、グラウの戦いを見た。
私のこれまでとは、一体何だったのかと思わざるを得ない。 ロトにもすぐに抜かされた。 努力には何の意味もないのか?」
朝っぱらから重い話だ。 昨日は二人が戻ってくる前に疲れて寝ていたので、もしかしたら昨日からずっと悩んでいたのかもしれないけれど。
リアナの言葉を考えてみれば、俺は十年を越える努力が実らず、一ヶ月ほどの必死の戦闘の繰り返しで身体能力が飛躍的に向上した。
昔から駆けっこのみは得意で負け知らずだったが、取り分けて努力をしていたりはない。
「俺は、努力は実らず、努力していない物は実ったな」
どちらも、俺が魔物だからと言った理由かもしれないのでリアナの悩みとは別かもしれないが。
「そうか、そうだよな」
「ああ、剣の道が難しいと思えば、魔法とか他の武器を使えばいいんじゃないか」
リアナは少し目を開けて、ふて腐れたように言う。
「諦めさせてはくれないのか」
「もう何十年戦ってる奴と比べて諦めてるのは、情けないだろう」
それを言えば、リアナは頷く。
「無駄話をさせたな。 悪い」
リアナはそう言ってから素振りを始める。 どう見ても凄く遅い。 これは向いていないのではないかと思うが、わざわざ口出しする必要もないだろう。
リアナの素振りを見ていると、エルに触られている部分が少し暑くなってきた。
日差しも強く、布や紐でぐるぐる巻きになっているので熱が篭ってきているようだ。
「夏も、近づいてきたな」
馬二頭と馬車は長距離を移動するロトの方に譲るとしたら、これから街への三日ほどの徒歩での移動は少しばかり暑くてしんどいものになりそうだ。
「夏ですか。 夏です……か」
エルがため息を吐き出す。
「暑いのは苦手か?」
「まぁ、少し。 クーラーもないここで、一夏を越すのは中々辛そうです。 あっ、でも魔法とかで。
氷魔法とか、冷気魔法とか作れますかね」
エルが魔力を捏ねくりまわし始めるが、そう簡単に魔法など作れるものではない。 というか、普通は魔法なんて作れないのだからエルは魔力を半分ほど使い切るまで無意味に浪費して終える。
「本格的に暑くなる前に解決方法を見つけないと……。 アキさんと毎日汗ベタベタで過ごすことになります」
俺としてはものすごく嬉しいのだけれど、少し距離を置いて過ごすことによって冷を取るつもりはないのだろうか。
「とりあえず、お水を飲んで身体を冷やしましょうか」
エルがすっと立ち上がって、馬車の中に入りコップを一つと魔道具を取り出して戻ってくる。 魔道具に魔力を込めて水を発生させてコップに注ぎ、ゆっくりと俺の口元に持ってくる。
「……悪いな」
「いえ。 これもアキさんの恋人である僕の務めです」
コップを慎重に傾けて俺の口の中に水を入れて、少し入れば傾きを戻して嚥下する時間をくれる。
俺がゆっくりと飲んでいる間に、エルもコップに艶かしい唇を付けて、こくこくと喉を鳴らしながら飲む。
そのあとまた俺の方にコップを持って行って、傾ける。 たまたま今口を付けている場所がエルの唇がついていた場所と同じではないかと喜んでいたら、エルはコップを少し回しながらその場所に口を付けて水を飲む。
「やっぱり、喉が渇いていると美味しいですね」
「……ああ、そうだな」
何もかもがしてやられているが、それも悪くない気もする。
リアナの目が気になるのかベタベタと引っ付くことはなく、二人でゆっくりと過ごす。
暫くしているとグラウが御者台の上で大きな欠伸をしながら目を覚まし、此方に向かってくる。
「もう出る用意はしたか?」
「あっ、はい」
エルが馬車の中に入り込んで荷物と毛布を取り出す。
エルがその毛布を俺に妙な結び方で結びつける。
「何してるんだ?」
「えと、歩きつかれた時にアキさんの背に乗れるようにさせていただきました」
ああ、手が使えないから、エルを負んぶするにも道具を使う必要があるのか。
「なら、出発するときには乗ってろ。 無理に歩く必要もない」
ケトの村に行く時とは違って徒歩なのだから、そう簡単に歩き疲れたとはならないだろう。 厚着、というか厚拘束のために熱でバテるかもしれないが。
「この布の拘束、やっぱり暑苦しいな」
「なら、街に着いたら金属製の鎖に変えますか?
鍵は僕が持ちますから」
これからの季節にかけて布での拘束は大変だということで鎖に変更することが決定する。
グラウも荷物を整えたところで、馬車の中で寝ている二人に声を掛ける。
「ロト、起きてください。 エルさん達が出るらしいですよ」
「んぁ、眠い……な」
ケトがロトを起こして、ケトが眠たげにフラフラとしているロトを支えながら外に出てくる。
ロトは目を覚ますためにか自らの頰を軽く叩く。
「うし、じゃあな。 アキ、エル、グラウ。 アキ、再会出来ることを願ってる」
「ああ。 またな」
ロトが手を伸ばしてくるが、残念ながら手は拘束されているので握手することは出来ない、
何故かグラウが代わりに握手する。
「アキレアさん、エルさん。 本当にありがとうございました」
「んぅ、いや、人が困っていたら助けるのは当然のことです」
「そうだな」
ケトの感謝の意に、とりあえずエルの便乗をして誤魔化す。
「アキレア。 頑張れよ」
「リアナも、まぁ色々頑張ってみろよ」
三人との別れも済ませ、グラウとリアナが少し長く挨拶しているのを横目に見ながらエルの前にしゃがみ込み、エルが俺の上に乗り込む。
「じゃあな」
「んじゃ、また」
そう軽く言い合った後に、お互いに背を向けて歩き始める。 グラウは眠たそうに目を擦っていて、特に感慨などもなさそうなのは慣れの問題だろうか。
「とりあえず、食料もそう多くないから少し急ぎ気味で戻るぞ。 人数が減ったから夜番も難しくなった。 馬車がなくなったからこの前のように雨に降られると厄介だ。
今日中は無理だろうが、明日の夜までには戻りたいところだ」
「分かった」
「分かりました」
二人でグラウの言葉に頷き、早足で歩き始めるグラウに着いていく。
道中の魔物は、俺が戦えないのでグラウが全て木剣で斬り殺しながら進む。 異常に数が多く感じるのは、魔物が実際に多いのかそれとも魔物がより好戦的になったからかは分からなかった。
「ゴブリン程度、我が木剣の錆にしてくれるわ! いや、錆はつかないな。 ……カビ?」
などと、どうでもいい話をしながら道中を進み、予定通りに翌日の夕方頃になり魔法の街、ソウラレイまで戻ってくることが出来た。
一応取り出していた魔石をギルドで買い取ってもらってから宿に向かう。
「それにしても、全体を通して魔物討伐の依頼の値段や、魔石の買い取り価格が酷く下がってましたね。 やっぱり魔物と矢面に立って戦うことが増えたんでしょうか?」
以前の相場までしっかりと覚えていたエルが隣で俺の体から伸びている紐を握りながら呟く。
「そうだな。 見た感じだと、魔物の数は増えているからな。 そんなもんだろう」
「以前のように、魔物を狩るだけの金策は難しくなるかもしれないですね……」
話を横耳に聞きながら歩くが話の内容があまり頭の中に入ってこない。
どうにも道行く人に注目されている気がするのは、おそらく俺が拘束されているからだろう。
悪目立ちしているので、早く宿に着きたいものだ。