交際
エルに世話をされ始めてから翌日。 まだ赤く充血している目が治っていないエルに揺り起こされる。 頭を撫でようと手を伸ばそうとするが、俺の手は拘束されているので撫でることが出来ない。
エルはそんな様子の俺を見て、にこりと微笑んで頭を撫でる。
「おはようございます。 アキさん」
「……おはよう」
良いようにされている。 それは分かっているが、手は指一つ動かせないようにされているので、狭い馬車の中で抵抗する意味もないだろう。
それにしても身体が痒い。 そう思っていると、エルが指先を光らせる。
「おいエル!」
「大丈夫です、指先だけですから」
「指先だけだからと、良いわけあるか!」
エルの指先から放たれる光は、俺を中心に包み込むように形を変えて動く。 その後、同じく馬車の中で寝ていたケトとリアナの身体にも触り抜けていく。
今まではこんな器用なことは出来なかったはずだと思っていると、エルは頰を掻きながら言う。
「昨日の、グラウさんのおかげでレベルが幾つも上がったので精密性に振ってみました。
選択の項目では、僕を除いて浄化みたいなことは出来ないみたいで、能力の根源に関わる物はレベルが上がってもどうにも出来ないみたいです」
能力の根源。 ロトの場合は嫉妬心だったか。
あれだけ小器用に何でもこなしていて嫉妬だとか、訳が分からないとは思うが、出来る奴だからこそ見える何かがあるのかもしれない。
「エルの能力の根源って?」
「……分かりません。 あっ、そろそろロトさんを寝かしてあげたいので、外に出ましょう」
見張りに起きていたロトのことを言われ、問い詰めても仕方ないかと脚のみで立ち上がって、エルに扉を開けもらい外に出る。
眠た気に欠伸をしているロトにエルは浄化をかける。
「ん、さっぱりするな。 やっぱ、レベル上げしといてよかっただろ?」
エルは指先の浄化のせいで皮膚がなくなった場所に治癒魔法をかけながら頷く。
治るからといって自身の身を傷つけるような能力は使ってほしくないのだが……。 あまり否定しすぎると、「浄化を使わない代わりに僕がアキさんの身体を拭いてあげますよ。 いひひひひひひ」などと言い出しかねない。
それは避けたいし、不清潔のためにエルが病気やらになってしまうと、それ以上にエルを傷つけることになる。 ある程度の折り合いをつける必要があるのか。
「じゃあ、暫く寝るよ。 別れる時は起こしてくれ。 流石に寝ている間にいなくなってるのは寂しい」
「分かった。 一人で起こさしてて悪いな」
「んー、いや、やりたいことやってたから暇はしてねえよ」
やりたいこと? と首を捻ると、ロトは手をひょいと動かす。 ロトの手から魔力が放出されて、その魔力が姿を変質させる。
柔らかい風が俺の頰を撫でて、そのまま通り抜けていく。
「今はこの程度だが、地道に努力していくよ。 一応もう隠し球も手に入れたしな」
エルもそうだったが、一日二日でよく魔法の基礎を覚えられるものだ。 凄いとは思うが、年齢から考えるとレベルが低いぐらいだと無理矢理納得する。
「風属性か」
「おう。 本気を出せば能力で出したソードブレイカーを浮かせることも出来る」
ロトはそう言ってから、流石に眠たいのか、ゆっくりと馬車の中に入って行った。
ロトの物と似た風が吹いて、草原を撫でて音を立てていく。
「軽くて、いい人ですね」
そうだな。 と頷く。
少し鬱陶しいところもあるが、ロトは悪い奴ではなく、信頼の出来る奴だと思っている。 独特の頭の悪そうな軽薄さも、言い方を変えれば気を遣わせない態度をしているとも言える。
その癖ヤケに人に親切だったりと、認めたくはないがいい奴だ。
「リアナもケトも、信頼しているみたいだな」
リアナとは何があり知り合ったのかは知らないが、全面的に信頼を置いていて、ケトも救われた恩から好意でも持っているのか、よくロトの隣に居ようとしている。
「アキさんは、人に誤解されやすいですもんね」
「別に、信頼されていないから妬んでいる訳ではない。
それに俺が好かれないもの何も、誤解からではないだろう」
いつものように馬車の上に乗ろうとするが、手が使えないのでエルを抱えることが出来ない。 一人で飛び乗ることなら出来るが、それだとエルと離れてしまうのでそのまま草の上に座り込む。
「誤解からですよ。
アキさんのことをちゃんと知ったら、皆アキさんのことを好きになりますよ。 現に、アキさんのことを知ってる僕も、ロトさんも、グラウさんも好きですしね」
「人から好かれる、か。 魔物なんだから、あの二人から避けられないだけでも充分だ」
「あっ、でも。 他の女の子がアキさんのことを「大好きー」ってしてきても……アキさんは、好きにならないでくださいよ」
「ならない。 エルだけだ」
そう言ってもエルは不安なのか、少し思案してから小指を突き出す。
「指切りしましょう。 指切りげんまんです」
「指切り?」
「僕の故郷での、約束をする時の風習みたいなものです。
こうやって指を結びつけながら「指切り拳万、嘘吐いたら針千本のーます」って言うんですよ。
指切りは指を切ることで、拳万は拳で万回殴ること、針千本飲ますはそのままの意味です」
「怖いな。 ……俺、今指出せないんだが」
エルが意味もなく俺の頭を撫でながら、思考を巡らす。
「なら、僕のもう一方の手でやります」
そう言ってからエルは俺の目の前で、独特のリズムを言いながら少し指を揺らす。
「指切り拳万、アキさんが嘘吐いたら針千本……飲みます」
「絶対に嘘は吐かない」
酷い脅しの宣言を聞き、背筋を震わせる。 エルの顔を見ると全く冗談に見えなく、凄く恐ろしい。
というか、完全に脅迫だった。
「いひひ。 こんなの冗談ですよ。 だってアキさん、浮気は絶対にしませんよね? しないですもんね」
冗談と言ってはいるが、冗談である理由が、俺が他の女を好かないと信じているということで、つまり嘘になれば冗談にはならないということで。
「当然だ。 というか、浮気?」
「ん、そういえば。 まだ交際などはしていなかったような……。
えっ、あっ、でも、アキさんは僕が恋仲になることが嫌ではないですよね?」
エルが縋り付くように俺の身体に擦り寄り、上目を使って俺の顔を覗き込む。 凄く可愛く、頭を撫でてやりたくなるが、腕は縛られている。
「それは、うん。 好き、だから、当然」
エルが俺の頰にしただけではあるが、キスなどもしたのだし、その責任ぐらいはしっかりと取ろうと思っている。 いや、頰にキスに責任などはないのは分かっているが、ただエルとそう言った仲になりたいだけなのではあるけれど。
緊張のせいで何となく片言になりながら返すと、エルは嬉しそうに俺の胸のところに顔を擦り寄せる。
「絶対に、逃がしませんからね」
そう甘えながらも、俺を縛っている紐の伸びているところを握って、異様な雰囲気を発しながらエルは宣言した。
「お、おう。 逃げたりはしないから、安心していろ」
「いひひ。 知ってますよ」
そう言ってエルは嬉しそうに俺の頰を突く。 悪戯っぽくて可愛らしい。 縛られてからエルに主導権を握られっぱなしだが、元々エルの意思には従うのであまり変わりはないはずだ。
暫くエルと仲良く話していると、馬車の中から人が一人出てきた。 グラウは御者台のところで日を浴びながら寝ていて、ロトは今先ほど寝始めたところなので。 そう考えながら振り向くと、リアナが伸びをしながら出てきた。
エルはびくりと身体を震わせてから、俺の身体から飛び退くように離れる。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。 ん、邪魔したか?」
「いえ、そんなことないですよ」
俺に取っては邪魔であるが、それを言うとエルに怒られそうなので飲み込んで、おはようと挨拶をする。