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勇者な彼女と英雄への道  作者: ウサギ様@書籍化&コミカライズ
第四章:自分のことすら理解出来ず、それでも君を理解したい
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魔王

 考えてみれば、あの男を知らずにでも、俺が魔物の特徴を備えていることは分かっていたことだった。


 多くの魔物と同様の赤黒い髪に、紅い目。 あの赤竜と同じように決まった性質にのみ変化する魔力。

 コブリンからホブゴブリンになるように、ある程度高位の魔物は人型へと近づく。


 もしかしたら、人の気持ちが分からないのも俺が人ではないからかもしれない。


「俺は、人ではなかった」


 確認するようにもう一言。

 その事実にも気分が悪くなり、当るもののない酷い苛立ちを覚えるが、それよりも大きなものが魔石の埋まっている胸中に渦巻く。


「エルと一緒には、なれないのか」



◆◆◆◆◆


 同時刻、夜。

 真っ黒で、星一つ、雲一つない、清々しい天の模様に手を伸ばしてそれ(・・)掴む(・・)


 黒色の天幕が捲れるように引っぺがされて、男の手の内に入り込む。 その黒色を捏ねくり回し、一枚布を生み出してそれを羽織った。


「この時代の空も……悪くない」


 だからこそ、と男は続ける。

 自身の首に手を当てて、息を吐くなどの動作もなく当然のように自らの首を抉り取り、その血肉を空に投げ捨てる。

 天が拍動し、血色の脈を打つ。

 血管が伸び広がるように空を血色に染め上げていく。


 風に吹かれることでのみ動いていた木々が、地を割る勢いで大地を吸い尽くし巨大な大木へと変わり、風を動かすように葉を揺らし始める。


 木々の根が略奪したために割れていた大地から、地割れの内側から二本の手が伸び、その割れ目を無理矢理開け広げるように巨大な体躯の男が現れ出る。


 木々が成長する横で腐った動物の身体の内側から食い破るように蛆虫が溢れ出る。 それが身体を粘土細工のように作り変えて小さな蝿となり、それが集まり巨大な蝿の形を模す。


 蝿共の羽音と、木々の起こした風が寄り集まり、血色の霧……瘴気を集め、その霧が黒く染まった血のように液状へと変化する。 液状の瘴気は伸びるように中性的な人の姿へと変えていく。


「殺せ。 世界を」


 天より生み出した黒衣の布を纏った男は言い放つ。


 大気が揺れる。 化け物が暴れる。 地が砕ける。 水が割れる。

 世界から出血するように、空は赤黒く染まった。



 魔王、そう呼ばれる人智を超えた人が、物が、者が、竜が、生命が、死が、魔が、悪が、善が、神が、概念が……どれも正解であり誤ちだ。

 端に一言、魔王、それが蘇った。


◆◆◆◆◆


 ーー殺せ。 世界を。


 頭の中を蝕む声が入り込む。 不幸を呪っていたせいか、いやにその悪意が頭の中に楽に入り込む。


「ーーッ! なんだ今のは!」


 力が溢れ出てくるような心地よい感覚、心を弄られるような気色の悪い気分。


 それはロトとグラウも同じなのか……いや、どうやら違うらしい。 俺とは違い、強く身構えるような姿勢をしながらだが、正気は保っている。

 そう、俺とは違い。


「ロト、グラウ。 逃げーー」


 言い終わるより前に、意思に反して身体が動く。 いや、半分の意思はそれを止めようとするが、もう半分の俺が無理矢理に身体を動かす。


 元々持っていた意思がーー喰われる。





 アキレアは不審な目で見る二人の前で手を振り上げて、その紅い目でグラウを見据える。


「殺せ」


 獣のように爪を立てた手を振り下ろし、グラウを引っ掻くも、人間の形をしている手ではまともに切り裂くことも叶わず表皮を削るだけだ。


「何だってんだ……!

いや、この、時間……って、魔物……魔王の復活のせいか!?」


 アキレアの突然の裏切りにロトは狼狽しながらも、奇妙な感覚と合わせて魔王の復活と関係があると思い至る。

 勇者であり魔王への知識を持つロトとは反対に、状況の一切の把握が間に合わないグラウは、それ故に一瞬の思考もなく、「アキレアが攻撃した」という事実にのみに反応してそれの制圧に動く。


 ーー高みへと朽ちゆく刃。


 刃は持っていないが、原理としては無駄なく身体を動かすのみであるためにどの様な動作であっても、それを行うことは可能だ。

 全身の筋収縮の連続、それにより伸ばされた手がアキレアを掴もうと伸びる。


 理屈であれば、魔を介さない動作であれば、理屈上人間の最高速度であるはずのその手が、空を掴む。

 驚いて手を見るよりも前に前を見ると、遠くにアキレアが立ち、構えている。


 高みへと朽ちゆく刃。 それはグラウがアキレアに、教えた技だ。


「ロト、逃げろ。 これは……きつい」


 ロトは狼狽えながらも、能力を使用しソードブレイカーを数本同時に引き抜いて一本をグラウに投げ渡す。


「いや、刃物は……」


「言ってる場合か、くるぞ」


 アキレア、そう呼んで言いものかも分からない人の姿をした魔物は、アキレアあるいはルト=エンブルクが最も得意とした魔法を自身の目の前に展開する。


「もしかして、つか、やっぱアキの意識あるんだろう。 だから苦し紛れに……」


 間に張ることで攻撃しないようにしているのだろう。 そう言った意味の言葉を吐き出す前に、それが違うことを思い知る。


 アキレアが、地を蹴る。 真っ直ぐに進んだ身体は自身のシールドを破壊しながら進み、シールドの破片が勢いに押されてロトとグラウに向かって散る。


半壊硝子(シールド)ーー」


 アキレアが散り割れて消えるはずのその破片へと魔力を注ぎ込む。 魔力を後で継ぎ足す単純な誰にしも可能な技術ではある……が。


咲槍散華(フラグメント)!」


 一枚のガラス板のような魔法が一方向に叩き割れることで指向性を持ち、小さな槍として散っていく破片に無理矢理魔力を継ぎ足すことにより、その破片は体積と質量を増す。

 シールドという魔法の派生。 そう呼ぶのすらおこがましいようなただ魔力を継ぎ足しただけのシールドは槍の姿を持ち二人を襲う。

 アキレアの持つ全ての魔力を消費して作り出された無数のシールドの破片。 グラウはそれを防ぎ切るのは不可能と判断し、ロトを押し出すように横へと跳ね飛ぶ。


 アキレアはグラウを追い動き、途中で飛んでいるシールドの破片を掴む。


「若者は、体力があって羨ましいな」


「なら若者に任せてろ!」


 グラウが動くよりも前に、体勢を立て直したロトが幾つもの短剣を投げる。 その速さは明らかに、二人の戦闘に付いて行けるようなものではなかったが、アキレアの追撃は止まる。


 アキレアにぶつけ、攻撃するのではなくその動きの線を捉えるもの。 跳ね飛ぶことにより移動するアキレアは異常な速さを誇るもその代償として直線的な動きしか出来ない。

 跳躍を止めて、速度を落とせば。遅い短剣程度は容易に掻い潜りながら襲いかかることも出来るだろうが、そうなれば技量で勝るグラウに勝てない。


 距離を取ったアキレアに向かってロトが再び短剣を投擲する。 絶妙に、アキレアの長所である速度を潰すように動くその短剣。

 アキレアは痺れをきらし、その短剣を手に持ったシールドの破片で弾く。 その瞬間、グラウが眼前に現れる。


 高みへと朽ちゆく刃。 それを利用した跳躍によりアキレアの前へと迫るが、いつも持っている獲物と違う所以の距離の測り間違い。

 アキレアもいつもの物とは違うが、それはグラウのような歴然の戦人とは違い癖になっているものではない。


 高みへと朽ちゆく刃により移動してから、短剣あるいは素手の攻撃範囲に半歩だけ届かず、その距離を詰めるために踏み込んだせいで、明確に初動の差が生じる。


 ーー高みへと朽ちゆく刃。


 両者が同時に振り下ろし、放ったそれは、一秒の百分の一にすら満たないような一瞬の初動の差により、激突時に威力の差が表れた。


 グラウの手からロトに渡されていた短剣が弾き飛ばされるが、アキレアの持つシールドの破片は半分に斬られた状態ではあるものの、明らかな攻撃性を持ったまま握られている。


 振り下ろしからの振り上げ。 連撃と呼ぶにも単純すぎるそれはグラウの腹に突き刺さり、血が吹き出てアキレアの身体を紅く染める。



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