魔物、人、君
結局二泊して、村人全員の怪我を治してから出発することになった。
外聞のいいロトと、丁寧に治癒魔法を掛けていたエルは別れを惜しまれているようだが、襲った男と容姿の似ている俺は元々の対人能力の低さも合わさって馴染めていないために、対して惜しまれてはいない。
横のケトも、村を救った英雄に気に入られるという状態のために、ここ二日はどうにも居心地が悪そうだった。
ケトに嫉妬丸出しで、どうにもここの奴等は好きになれない。
ロトは未だに傷だらけで、今からエルの魔力が回復し次第にその怪我を治癒することになっている。
エルも馬鹿に見えるほど他人優先だが、ロトも同じほど馬鹿だ。
「では、行きましょうか」
エルが最後に頭を下げてから振り返って歩き始める。 どこか歩調が早く不機嫌に見える。
まあ、魔力が回復しては起きて、なくなっては寝てと、妙な生活をしていたせいかもしれない。
しばらく歩き、村が見えなくなった頃になって、ロトは村から貰い受けた食料を口に入れ始める。
「あいつら感じ悪かったな。 助けなくてよかった気になってくる」
ロトが小さく言って、エルが頷いた。
「まぁ、馬もケトも食料も貰ったからそんな悪口を叩くのはあれだけどよ」
ロトはそう続けてから、馬の上に登る。
「そうか? そうは思わなかったが」
「エルちゃんに対してじゃなく、お前とケトに対してな」
考えてみると、まぁ態度はすこぶる悪かった。 エルもなんだかんだでこき使われていたし、最悪だったかもしれない。
「そうだな」
とりあえず同意すると、ロトは軽く溜息を吐いて頷いた。
「最近、色々と上の空な感じだけど、どうかしたか?」
「いや、特に何かって訳ではない。 気のせいだろう」
「ああ、恋煩い?」
首を横に振ってから、溜息を吐き出す。
「エルちゃんは反応が分かりやすいな。
んで、じゃあ何だ? もしかして人に避けられることに嫌気が指したか? 俺のような笑顔の練習するか?」
「お前のような胡散臭い笑みがいるか。
別に、お前に話すようなことではない」
「ああ、やっぱり何かあるのか」
隠し事が下手であるらしい。 間抜けな自分に嫌気が指しながらも、この事だけは話してはいけないだろうと、隠し通すことにする。
「何か悩み事があるんですか? 話してもらえると、嬉しいです」
エルの言葉に若干心が揺さぶられるが、首を振って否定する。
「まぁ、俺はだいたい想像は着くけどな。
……グラウとリアナと合流してから、また話してみよう」
ロトがトントンと、自身の胸を付きながら言った。
俺の悩みは、ロトには分かっているらしい。 ロト経由でエルにも分かってしまうかもしれないと考えると、ロトには正直に話してから口止めをするべきか。
「ああ」
俺がその言葉に同意したら、エルが不安そうに俺の手を掴んだ。
「僕には、教えてもらえないの、ですか?」
「ごめん。 エルには……言えない」
「そう……ですか」
納得してくれた訳ではないだろうが、エルは口を噤んで黙りこくった。
エルに対しては申し訳なさが先に立つが、どうしてもエルには言えない。
「別に、アキはエルちゃんが信頼出来ないからと言った理由じゃないよ。 どっちかと言うと逆だから安心してな」
ロトがすかさず庇ってくれてとてもありがたい。 口が上手く回らないので、代弁してくれるのは非常に楽だ。
「そうですか。 もしかして、あの……思春期的な、男女の、そんなのですか?」
「いや、恋やら愛やらじゃないから」
ロトのエルを見る目が馬鹿を見るそれになっている。 軽く苛立つが、エルが恥ずかしそうにしているのが可愛いので許すことにする。
本当にエルは可愛い。
「エル。 エルは俺が守る」
「……はい」
◆◆◆◆◆
グラウとリアナと合流するのはそう難しくもなかった。
魔物が多い方へと進み、突然それが途切れたらもう近くにいるので魔力を追って止まっている馬車へと近づく。
前の俺たちのように馬車の上に座っているリアナがその上で立ち上がり、こちらを見てくる。 馬の上で大きく手を振るロトが少し急ぎ気味で走って行ったので、エルを背負った俺も少し駆ける。
「お久しぶり、です」
「随分と遅かったな」
仏頂面でリアナが言い放ち、ロトが治癒魔法での治療が遅れたせいで大きく残った傷を見せつけながら言った。
「すげえ強い奴だった。 レベルも上がったし、だいぶ強くなったから見合うだけの収穫はあったけどな。
あとこれ、戦利品」
ロトは馬から降りて、馬とそれに乗せられたケトと荷物を見せて自慢気に笑う。
「馬、ケト、食料か……。 まぁ、お前がいいと言うなら、否定はしないが」
随分と信頼が寄せられているんだなと思いながら、馬車の中に入り、グラウがイビキをかいて寝ているのを見る。
「んで、リアナ。 俺とアキとグラウはちょっとあっちの方に用事があるから、エルちゃんとケトの護衛を頼む」
ロトの言葉に少し首を捻るがリアナは頷いた。 随分と早急だなと思うが、早い方がいいのは事実だ。
グラウを揺り動かして起こす。
「ん、アキか。…… 御苦労さん」
グラウが寝惚けた様子もなく、身体の固まりを解しながら言う。 グラウの身体に魔力が残っていることを確認してから、馬車の外に出てグラウに着いてくるように言う。
「一体なんだってんだ」
そう言いながらも着いて来てくれて少しありがたい。
エルの魔力が馬車の中にあることを確認し、馬車からでは見ることが出来ないことであろう場所まで来る。
「何? もしかして……告白か?
だが俺には愛する人と、その夫が……!」
「横恋慕じゃねえか。 アキ、これ使え。 レベル上がったから切れ味上がってるぞ」
ロトが中空から短剣を引き抜き、俺に投げ渡す。 ロトはもう片方の手に短剣を持っているのは……。 まぁ、都合は悪くない。
胸に手を当てて、心の音を確かめる。上着を脱ぎ捨てて、そのまま服を脱いで上半身裸になる。
「えっなにこれ。 もしかして俺の40年程守ってきた貞操が……」
「グラウは治癒魔法の用意してろ」
ロトとグラウを見てから、小さく息を整える。 ロトの短剣の刃を自身の胸に当てる。
「おい、アキレア、何してんだ!?」
止めに入ろうとしたグラウをロトが止める。
切れ味が非常に優れている刃は、力を込めれば胸を裂いて行くが、痛みで手が止まる。
「俺がやろう」
ロトが止まっていた短剣に手を当てて、骨を貫くように押し込んで行く。 心臓に近づくが、それよりも表層にあれが……あるかもしれない。
ロトの手が止まり、俺は痛みからか荒い息を吐き出す。 ロトは俺の手を短剣へと導いて触らせる。
骨を貫き、もう硬いものにはぶつからないはずである。
しかし、手にはまだ硬いものがぶつかっている感触。
ロトがゆっくりと短剣を引き抜き、血を払いながら短剣を払う。
「グラウ、治癒を」
ヘラヘラとした笑みはなく、ロトは端的に言った。
「何だってんだ一体」
身体に空いた小さな穴が塞がり、元々少ないグラウの魔力がなくなる。 ロトが新しい短剣を俺に投げ渡す。
「やる気か?」
「やるなら、あのまま殺していただろう。 一応の保険だ。
付き合いは短いが、俺はお前のことを友人だと思っている」
ロトが小さく息を吐き出して言う。
「お前はアキの味方か?」
「ん? そりゃ息子みたいに思っているからな」
「なら、話す。 いいな?」
頷いて、グラウの方を見据える。
「アキは、アキレアは……魔石を身体の中に持っている。 アキレアは、人間ではなかった。 魔物だ」
認めなくない事実が、先ほど確かめたそれがロトの口から吐き出された。 嫌な吐き気が口から漏れ出る。