夢
彼女の手はとても冷たく、死という概念が彼女に迫っているのが分かる。
魔物ならば、殺せば良い。 怪我ならば彼女の治癒魔法で回復出来るだろう。
自身の多すぎる魔力により、身体が崩壊し確実に何の対策も打つことが出来ずに死に至る病。
守ると誓ったその言葉はあまりに無力で。
守ることが出来なかったと嘆くのは、あまりに都合のいい自分勝手な行為だ。
分かっていたことだ。 彼女が病に伏せて、何の抵抗もなく死ぬのは。 彼女が魔導師として造られ産まれた時から、今日という日がくることは決定していた。
十をやっと迎えた子供だから、あまりに幼いからとそれを嘆くのはお門違いで……。
彼女を看取るのは俺だけというのも、彼女の決められた生涯を思えば当然のことだった。 いや、俺がいることがせめてもの慰めになれば……なるわけがないと、強く拳を握る。
「ごめん。 約束、守るって約束を……守れなかった」
俺の謝罪は彼女には伝わらなかったのか、白く衰弱した手を俺に伸ばして頬を撫でて笑む。
「守って、くれたよ。 だからこうして、ここで大好きな人と一緒にいれるの」
「ごめん。 本当に、勝手な……守れもしない約束なんてして」
「だから、守ってもらった。 私はそう思っているから、だから大丈夫」
彼女の手を取り、握り締める。
「君と同じ墓に入りたい」
それも叶わないことだと知っていた。
◆◆◆◆◆
目が覚めて、目を開けようとするが目が開かない。
潰れてしまったかと不安に思いながら触ると目に大量の目やにが付いていた。
寝ている内に泣いていたのか。 身体の底にスッポリと何かが抜け落ちたような感覚がする。
エルに捨てられるかもしれないと危惧しているときに似ている感覚だ。
また貧血なのか、気怠い感覚を覚えながら目やにを取って、立ち上がる。
「アキ、起きたのか。
んな露骨に顔を顰めるな。 エルちゃんじゃなくて悪かったな」
「いや、そういうつもりでは。 それでエルはどこだ」
「そういうつもりではって、思いっきりそのまんまだろ。
エルちゃんは魔力が回復したから負傷者の怪我を治してるってさ。 ケトと一緒にいる」
ふらつく身体を動かして外に向かう。 身体に痛みこそ残っていないが、明らかに血が足りなく動くことすら億劫だ。 ロトの方を見れば何故か包帯が巻かれていて、包帯から血が滲んでいた。
ロトが部屋の扉を開けて俺を通そうとした時に尋ねてみる。
「ロト、お前の怪我は、治さないのか」
「ん、負傷者多いからな。 暴れるのは無理っぽいけど、生活するのにはそこまで問題ないから」
どう見ても日常生活に支障を来しそうなほどだろうと思うが、いちいち言い返すのも気にくわない。
ロトが怪我をしているままならば、ロトよりも軽傷であるエルは、自分より人を優先させているかもしれない。
「ああ、エルちゃんは無理矢理、最優先で自分に掛けさせたぞ。 ほら、そうしないとこの村の怪我人をぶっ殺してエルちゃんに早く順番を回すようにする奴が出るだろう?」
「そんなことはしない」
一応ではあるが、必死になって守ったのだ。 尤も、恩人であるエルにそんな仕打ちをするような輩であれば死んでもいいと思うが。
外に出るともう昼頃なのか、空には日が昇っていて明るかった。
こっちだ。 とロトに連れられて、扉の前に怪我をした人が並んでいる大きな家の中に入る。
並んでいた俺の姿を見て怪訝な顔をしたのは見間違いではないだろう。
「気にするな」
「気にすると思うか」
家の中に入り、少しだけある廊下の奥の扉を開けて中に入り込む。
丁度治癒魔法の最中だったのか、エルが手を光らせて一人の女性に向けている。
明らかに完治ではない状態でその手を止めて、エルは女性に頭を下げる。
「すみません。 次の方を、呼んでください」
「いや、ありがとね」
魔力の節約か。 最低限だけ治して、自己治癒に任せた方がいいと判断したのだろう。 それでもエルからしたら苦渋の決断だったのか、表情は苦々しく申し訳なさそうだ。
女性が通るため、扉の前から退くとエルが此方を向く。
「アキさん!」
エルが嬉しそうに立ち上がって駆け寄ってくる。 その可愛らしい姿に頬を緩ませて、エルの頭を撫でる。
「目が覚めたんですね。 大丈夫ですか? 痛いところとか。 一緒に居てあげられなくてすみません」
「いや、それは仕方ないだろう。 こんな状態なんだ」
「こいつ、そう言ってるけどエルちゃんが近くにいなくて悲しそうにしてたぞ」
ロトの脇腹に肘を突き入れる。
そんなことをしていると、エルと殆ど話すことも出来ないままに次の怪我人がやってきた。
火傷の痕が全身に酷く残っていて、このままでは自己治癒も間に合わずに死ぬだろう。 エルが魔力を放出して男の身体を軽く癒していくが、また半端なところで止まる。
「すみません。 次の方を、呼んでください。 あと、その方が終われば魔力の回復のために休憩を挟みます」
男は無言で頷いて出ていく。 その態度に苛立ち、脚でも掛けてやろうかと思ったがエルに怒られそうなのでやめておく。
すぐに年配の男が入ってきて、エルがその怪我の一部を治癒する。 途中で止まるが、今度は意図してではなく魔力の枯渇のせいだろう。
お疲れ様とエルの近くにより、座り込んでエルの頭を撫でる。
「魔力を増やす方法って、ないですか?」
「ないな。 魔力は生まれつきのものだから」
多ければもっとパパッと癒すことが出来たのにと思っているのだろう。 エルは魔力の回復を早めるためか、横になって俺の膝の上に頭を乗せる。
「少し、寝ます。 眠くはないですけど」
そう言ってからエルは目を閉じる。
ロトがつまらなさそうに呟く。
「治癒魔法って、結構希少らしいな」
「まぁ、商売として成り立つ程度にはな」
エルの頭を撫でて、ロトの言葉を聞く。
「この村で治癒魔法を使える奴は運悪く死んでしまったらしい。 残ってたら楽になったかもしれないのにな。
俺も使えなかったし、まぁイメージ的にはエルちゃんは使えそうなのは分かるよな。 あれ、でもグラウも使えるんだったか」
取り留めのない話をロトとしていると、傍らに控えていたケトが毛布を持ってきてエルにかける。
「ありがとう」
俺が礼を言うとケトは少し驚いた顔をしてから少し微笑む。
「そういえばロト、何故お前は俺のところにいたんだ。 エルが村人と接触するなら……」
「ケトがいるから大丈夫だとか、お前が起きた時にテンパりそうとか、いくつか理由があるが。
……なんかお前は村人に歓迎されていないからな。
おそらくあの男に似たところが多いからだが、ないとは思うが何かあるとしたらお前のところだからな」
「そうか……」
「なんだ、助けた奴に邪険にされて気分悪いのか?」
「いや、それはどうでもいい。
少し思うところがあってな」
瘴気魔法や、最後のホブゴブリンへの変身。 俺と同じ髪色と眼色。 そして、出会った時の妙に馴れ馴れしい態度。
ただの意味不明な狂人だったで済ませるには納得の行き難い場所が多く、それを考えると頭が痛くなる。
賢いエルに尋ねたらどうにかなるのかもしれないが、もしも俺の考えが合っていたとしたら、エルにだけは知られたくない。
「そうか。 まぁ本気で興味なさそうだもんな」
事実として興味がないのは確かだからなんともいえないが、呆れたような口ぶりを聞くと否定したくなってくる。
「ああ、言い忘れていたが。 ありがとな。 助けてくれて」
あの逆巻く雨の時の話か。 自分らしくないことをしたと思うが、まぁ間に合うと見誤っていただけだ。
「ただの失敗だ」
俺の言葉を聞いてロトが笑った。




