決着
地面に染み込んでいた雨水が、男により瘴気を植え付けられ、生きているかのように遡る。
地に踏み込んだと思った足が水を踏み、そのまま水に沈んでいく。
遡ってきた雨水が、足を取り、身体が転ける。
そのまま地面に身体が付くよりも前に、雨粒が身体を撃つ。
魔力、いや瘴気の篭った雨粒は石の礫のような硬度をを持って、倒向きに降り上がってくる。
一粒一粒が、俺の身体を穿つようにぶつかり、身体中を傷付け続ける、
身体を丸めてぶつかる箇所を狭めるが、それもどれほどよ効果があったのか。
「アキ! 大丈夫か!?」
遡る雨が元のように戻ってから、ロトの声が聞こえる。 早く男を仕留めなければと思うものの、身体が動かない。
「早、く。 あいつをやれ……」
男の方を見れば、身体を光らせながら、短剣で地面に縫い付けられている脚へと手を伸ばしている。
回収するつもりだろう。 あれを回収されてしまえば、完全に回復された後に村人を殺られて瘴気の補充も行われてしまう。
「くそっ! すぐに戻る!」
ロトが中空から短剣を引き抜いて投げつける。 一連の動作により飛んで行く短剣は男の恋慕抱盾に弾かれるが、そのシールドに男の手が阻まれる。
そして大きく踏み込み、シールドへと向かい手を振り下ろす。 振り下ろした手に短剣が引き抜かれ、嫌な音を奏でながら短剣を止める。
ロトは攻撃の手を緩めることなく、止められたシールドに擦り付けるように短剣を引く。 短剣の鋸刃がそのシールドを削り取り、完全に切り裂く前に止まるが、ロトは半壊したシールドを力強く蹴り、壊す。
「ーー正義抱火。 この男を……!」
「遅え!」
発動の起点となっていた場所に短剣が設置され、瘴気魔法が発動する前に瘴気が散らされる。
男はならば、と詠唱を開始するが、男には守ってくれる盾がもう存在しない。
ロトの投げた短剣が男の手を地面に縫い付ける。
このまま殺せるかと思ったが、男が……笑む。
『私は善ーー』
男が再び詠唱を始め、ロトがその口に向かい短剣を突きつけるが、短剣に貫かれながらも声にならないと思えるような声で詠唱を続ける。
歌としては成り立っていないそれでも瘴気魔法は発動は出来るのか、血の匂いのする空気が男に向かって集っていくのを感じる。
やばい、と思っている横に、エルがいた。
「レベルアップ、しました」
先程のロトが破壊したシールドの分だろうか。 エルは少し目を瞑ってから、開く。
「……神聖浄化」
エルの呟くような声。 エルを中心として辺り一帯に光が発生して、集おうとしていた瘴気が霧散、いや消滅する。
「エル……」
まともに動かない喉を震わせて名を呼ぶ。 全身の薄皮が失ったあまりに痛々しい姿に泣き出しそうになる。
それを耐えて、男とロトの方を見る。
光を発していた男はその身体を血に濡れて倒れている。 その男に向かって、ロトは短剣を幾つも投擲して動きを封じる。
「くそ、がぁぁああ!
『咎人共を縛る、愚かなる鎖から解き放て。』
階級漸減!!」
男の身体から、紅い靄がが解き放たれる。
辺りを立ち込めていた血の匂いのなくなった空間に、また血の匂いが立ち上がる。
それと同時に、男の身体から毛が伸び、肌の色が変わっていく。
黒い毛が半端に生えているのは気色の悪い緑の肌色。 人間に近いが、明らかに人間とは違う醜悪な身体。
紅い目は敵意を持って俺たちを睨んでいる。
ホブゴブリン。 もはや強い魔物とは言い難いそれに、男が変質。
男だったホブゴブリンは近くの紅い空気を掴み握り潰す。
「ーー。 慈慕抱光。
オレを、マモれ!」
特異なその魔法から、男とこのホブゴブリンが同一の存在であることが分かる。 失われていた脚が生え揃い、傷のない身体に戻る。
姿形、声すらも醜悪なものに変容し、そのあまりの奇妙さにロトが距離を置いて観察に入る。
「ーー。 正義抱火! ハゼてミズをヤけ!」
紅い気体を再び握り潰し、それを投げつけるように地面に腕を押し付ける。ロトが飛び退くと濡れていた地面が爆ぜて大量の湯気が地面から立ち込める。
「どこ、だ!」
あまりに多い湯気によりホブゴブリンになった男とロトの姿が見えない。
「オマエラ、ゼッタイに、ユルさない! コロスコロスコロスコロスコロスコロス!!」
声が徐々に遠ざかり、逃げて行くのが分かる。 魔力を追えば追い討ちすることは出来るだろうが、俺は動けなければ、まだ不慣れなロトでは上手く探れないだろう。
痛む身体を動かそうとするが、まともに動かすことは出来ない。
「逃げられた、か」
ロトが身体中から血を垂れ流しながら、こちらに向かってくる。 どこからどう見ても満身創痍で追撃出来るような姿には見えない。
血を流しながら俺の身体を掴み、乱雑に引き上げる。
「悪いな、助かった。 逃がして悪い。
それに……」
ロトはエルの方に目を向ける。 俺に向かって頭を下げる。
額からポツポツとロトの血が垂れてきて、不快だ。
「悪い。 本当に」
泣き出しそうな顔になっているロトを見る。 身体中から血を垂れ流している姿を見れば、苛立ちは覚えるが責めるような気分にはなりはしない。 俺はロトに、なんて返せばいいのか。
責めてほしそうだから、怒鳴るか。 それとも俺の力不足だと言うか。 あの男が悪いのだと当然を語るか。
「感謝は、している」
口から出た言葉に、ロトは少し呆気に取られたような顔をして笑う。
「アキには、似合わねえよ」
そのままロトは俺を引きずりながら馬とケトのいる場所に戻る。 エルは全身を痛そうにしながらも、ない魔力で俺を治そうとしながら着いてくる。
ロトは乱雑に俺を馬に乗せて、馬を引き連れながら村に戻っていく。
「ボロボロだな。 俺たち」
ロトは笑うが、俺には笑い返す余裕もない。
「ロト。 あとは、任した」
目を瞑って身体から力を抜いて馬に凭れかかる。 痛みから解放されるように意識が黒く遠のいていくのが分かる。
薄れた意識の中、今回の出来事の後悔が溢れるように出てくる。 もっと俺が強ければ、エルが来るよりも前に倒せていたのだろう
。 そうすればエルが神聖浄化を使って傷つくこともなかった。
いや、そもそもここに来なければそんなことは絶対に起こることはなかった。 自分は強いと自惚れて粋がっていたせいでエルが傷付いたのだ。
その上に、ロトにエルが守れなかったと謝罪されてしまい。 立つ瀬がない。 情けない。 あまりに情けなく、俺は酷く弱い。
ほとんど失った意識の中、ロトの声が聞こえる。
「おう、任された」
それに安心してしまうのが、あまりに辛かった。
一人でも、エルを守りたい。
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