瘴気魔法
攻撃してこない相手に攻撃するのは気が引ける。 そう思いながらも、男に向かって剣を振り切る。 高朽刃。
男と俺の剣の間にまで移動していたシールドを叩き割り、その勢いが削がれた剣で男の頭をぶん殴る。
殺った。 頭蓋を砕き殺した感覚を覚える。
剣を腰に戻し、とりあえずエルの元に戻ろうと思い歩き始める。
「酷いな」
物腰の柔らかそうな男の声が後ろから聞こえる。 おかしい。 殺したはずだ。
それを確かめるように振り返る。 倒れていなければならない男は、頭から血を流しながら立っていた。
「少し、反撃させてもらうよ。
『この世に悪が蔓延る時に、善の私に足りないものがある。 悪を払う力を私に与えたまえ。 人はそれを聖火と呼ぶ。』
正義抱火。 僕の敵を撃て」
男が、歌う。
男の手から赤い火の玉が見える。 先ほどに襲ってきていた魔法かと思ったが、明らかに内包している魔力の量が違う。
そして何より……明らかにおかしいところがある。
魔力が一切減っていない。
「……お前、勇者か?」
「はあ? 何言ってるの。 どこからどう見ても違うよね?
あんな世界の理を無視してる下衆共と一緒にしないでくれる」
男は露骨に顔を顰めて反論する。 エルの事を否定されて頭に血が上ってくるのを感じるが、我慢して会話を続ける。
「だが、どう見ても魔力を使わずに起こしているよな」
「君って馬鹿? どう見ても瘴気魔法じゃないか。
はあ……もういいよ。 せっかく仲間に会えたと思ったのに、突然殴ってくるし、馬鹿だし。 死んでよもう、面倒くさい」
男が手を振るい火球を飛ばしてくる。 道中の物と同じならば魔力により追尾してくるはずだが、現在の俺は魔力がすっからかんなので同じものであれば追尾されることはない。
軽く横に跳ねる。 火の玉は俺の動きに合わせて追尾してくるので道中のそれとは違うものなのだろう。
内包している魔力通りならばまともに打ち合えば怪我は免れないだろう。 全速力で大回りして、火球を避けて男の前に行く。 高朽刃を振るう。
再びシールドに阻まれ、そのシールドを破壊して男に剣身をぶつける。 飛んでいく男に向かって跳ね飛び、男の顔を掴み、後ろに投げ飛ばす。
男に俺へと向かっていた火球がぶつかり、火柱を上げながら爆ぜる。
後に残った黒焦げた死骸を見て、今度こそ殺したと確信する。 だが、その焼けた死骸が……光る。
「嘘だろ」
思わず声が漏れ出る。 それと同時に死骸に向かって走り剣を突き立てようとするが、死骸から出てきたシールドに阻まれる。
「痛いね」
男の身体が光りを発しながら治癒されていき、そして男は立ち上がった。
◆◆◆◆◆
高みへと朽ちゆく刃。
幾度となく男を殴りつけた剣が遂には折れる。 俺は荒れた息を吐き散らすが、何度も殺したはずの男は飄々とした態度を崩さない。
何度、殺せども、男は光りを発しながら回復する。
グラウから習った技には男は対応することが出来ずに一方的に攻撃するのだが、何故か圧倒されているような気分になる。
事実、男は服がなくなったこと以外には何も変わっていないのに対し俺は息が切れて、剣が折れた。
息だけでも何とか正常に戻そうと男から距離を置くと、男が魔法を使うときに発する妙な歌を口から吐き出す。
「正義抱火。
散りて分かれて退路を塞げ。
正義抱火。
伸びて曲がって敵を囲め。
正義抱火。
広がり増えて敵を撃て」
大量の小型の火の玉、囲みにくる火の壁、馬鹿でかい火の玉、形の違う三つの炎がこちらへと襲いかかってくる。 剣はなくなったので剣で払うようなことは出来ない。
判断に迷っていると完全に囲まれていて、目の前に膨れ上がった火球が見える。
「くそっ!」
思い切り後ろに飛び、火の壁に突っ込み、身体が焼かれながら脱出する。
勝てない。 少なくとも俺一人では。
男が火をこちらへと向かわせてくるので地面を強く踏み込み、村の外に逃げ出そうとする。
逃げ出すのは性に合わないが、武器の無限生成の出来るロトを持って来ないと話にならない。
逃げること自体は、非常に楽だ。 俺の足は男の魔法よりも速いのだからまっすぐに走れば……。
叫び声が聞こえる。 振り返れば、民家の一つが燃え朽ちている。 何故このタイミングで……。
考える前に、鼻腔に噎せ返るような濃い血の匂いが入り込む。 この一瞬で怪我をしたのは民家の中の人だけで、焼けているのだからそんな匂いがするわけがない。
鼻がおかしくなったのかと疑っていると、エルから聞いた言葉が蘇る。
「瘴気……。 人が死ねば。
魔物は瘴気から発生。 魔物に近い性質。
瘴気魔法……か。 ああ、なるほど?」
あの男の使う力。 瘴気魔法とは人が死んだときに出てくる瘴気を利用した魔法……なのだろう。 だから、殺した。
だとすれば、このまま逃げたら俺が減らした瘴気の補充のために村人を殺すのか。 殺していないのは瘴気が散っていってしまうからだろうか。
何にせよ、逃げ出す訳にはいかなくなったようだ。
踵を返して男の方に向かって走り、拳を男に向かって振り切るがシールドに止められる。 そのまま拳でシールドを押し続けながら足を出して男の脚を蹴る。
蹴り折るまでには至らなかったが男は大きく姿勢を崩した。
「同時に二箇所は防げないのか。 幾らでもやりようはあるな」
転けた男に向かってゆっくりと手を伸ばし、男の首を掴む。 ゆっくりとしているものにも反応しないのか。 強い攻撃にも簡単に割れるのだから、この魔法、恋慕抱盾はそう恐ろしい魔法でもない。
このまま首を絞める。
途中からもがき始め、慈慕抱光が発生し始めるが無視して首を絞め続ける。
こいつの魔法は防ぎにくい。 早めに仕留めるのに越したことはない。
突如男が体から魔力を垂れ流し始めたが、集中出来ていないためかすぐに霧散して空気に溶けていく。
長い間首を絞め続けていると、近くに魔力が集まっていることに気がつく。
違う、魔法をしたのではない! こいつは……わざと魔力を垂れ流したんだ!
男の魔力に釣られて、村の周りから火の玉が集う。 端よりも中心であるここの方が多く設置されていたのか、異常な量の火の玉、正義抱火が上空に集まっている。
自分を巻き込んだ広範囲魔法なんて普通ならば自殺にしかならないようなものだが、こいつの瘴気魔法を使えば十分に生き残れる範囲なのだろう。
この男から離れる必要がある。 そう判断して男から手を離す。
「逃すとでも思ったの?」
男の霧散したと思われていた魔力が俺にへばり付く。
捕捉、された。
このままだと男と村ごと焼かれて死ぬ。 逃げても男が村を攻撃して瘴気の補充をするだろう。
男の首を再び掴み、村の外に向かって走る。
村を覆えるような火球の塊が俺に向かってくる。 ひたすら男の首を握りしめて走るが振り切れる様子はない。 ひたすら疲れている上に男一人引きずっての疾走だと、流石に魔法を振り切るのは難しいのかもしれない。
これは、死ぬ。 徐々に近づいてきている火球を前にして、死を強く実感する。
熱い。 触れてもいないのに背が焼けている。 持っているものを握りしめて本気で走り続ける。