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勇者な彼女と英雄への道  作者: ウサギ様@書籍化&コミカライズ
第三章:君を守るのに俺は要らない。
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詠唱

 ケトにも同じように魔力を流し込むが、地面を転げ回ったりはせずにけろっと不思議そうな顔をしている。


「個人差が大きいのか?」


 それは分からないが、まぁ……うん。 苦しみが少ないのはいいことである。 多分きっと。


「なんか気的なものを感じる。 今ならかめはめな物が出せそうだ……」


「それが魔力な」


 分かっているよと言い、ロトは魔力を垂れ流す。


「えと、そんな風に魔力を流したらまた……」


「近くにいるのはもうないだろうし、流しきってから動けば問題ない」


 確信している姿に少し呆れるが、それだがロトの頼れるところでもある。 俺よりも弱いが、充分に使える。

 ロトの少ない魔力を垂れ流し終えてその場を離れてしばらくすると、魔力を垂れ流していた場所に火の玉が幾つも降り注ぐ。


 ケトはそれほど器用ではないのか、ロトのように直ぐに覚えることは出来ない。 それが出来たのならば一気に村まで駆けつけることも出来たのだが、才がないのはどうしようもないことなので諦め、逐次火の玉の対処をしながら牛歩の如くの歩みをすることになる。


 魔力量が多い者は、個人差もあるが回復速度も早いことが多く、この仲間内では一番多い魔力を持っているエルもその例に漏れることなく、そこそこ早い。 溜まった魔力は消費しなければ大量の火の玉が飛んでくることになってしまうので、治癒魔法として消費し、俺とロトの傷を癒しながら進む。


 エルが活躍していて俺も嬉しく思う。

 そんな具合に問題なく進んでいるとはいえ、その歩みは遅い。


 安全で、下手を打たない限りは怪我もしないような状態ではあるが、時速が三キロ程の進みであるとすれば、辿り着く頃にはすっかりと日が暮れているだろう。


 主戦力である俺とロトは夜目が利くので問題はないとも考えられるが、眠らないとどうしても弱りはする。 これほどの火の玉を生み出しているのだから弱いということはなさそうなので、万全の状態で行きたい。

 かと言っても、夕暮れになったら寝ましょうとはいかない。 敵の攻撃範囲なのだ。


「急ぐ必要が、あるな」


「そうだな。 だが……ケトが魔力を放出出来るようにならないとなぁ」


「……すみません」


「いっそのこと、俺が一人で先行して前の火の玉を全部処理してからお前らが進むか?」


「アキの負担が大きいが……。 それしかないな」


 ロトに荷物を投げ渡して軽く身体を解す。


「二人とも、エルに触れないようにしろよ」


 引いている様子のロトを横目に、エルの方に向き直る。

 また回復していた魔力を使って一瞬手を光らせてほんの少しだけ俺の腕を治癒させる。


 行ってくると言い、エルの頭を撫でて軽く駆ける。 少なくない魔力が回復したが、元々が少々の魔力しかないので引き寄せられるような火の玉は多くない。


 ジグザグに駆けて、火の玉を引き連れながらどんどんと走っていく。 小一時間、火の玉に追われ続けていると、後ろの火の玉が大変なことになっていた。


 馬鹿でかい。 くっ付き合体して、三メートルはありそうな火球になっている。

 これは当たったら死ぬな。 そろそろ切り上げようと思い、自分に魔力が残らないように地面スレスレの場所にシールドを展開する。


 すぐにそのシールドに向かって火球が飛び込み、地面から大きな火柱を立てて消えていった。


 いつものように魔力を追って戻ることは出来ないので、進路方向の反対向きに向かって駆けた。


 何故か村に着いた。


「ミスったか……。 戻るか? いや、ここまで来て引き返すのもな」


 エルに格好が付かないという理由で村の中に入り込む。

 人が見当たらない。 魔力の感知には普通に家の中に人がいるのが引っかかるのだが……妙だ。

 デカイ魔力がない。 あんな無茶苦茶を行えるような奴ならば大量の魔力を保持していてもおかしくはないのだが、もしかして火の玉の製造に魔力を使いすぎたとかか?


 もしそれならば、今の内に仕留めたい。 黒装束の少女の真似の走法も板に付いてきて、足音を立てることなく駆ける。

 唯一、外にある魔力の持ち主……。 おそらく、襲撃者。 ある程度近づくと、異臭がする。

 腐肉の臭い。 何が腐っているのかは考えるまでもない。

 覗き込むと、黒くなった血と、茶色に腐った肉の塊が幾つか転がっている。 後ろ姿の男を見ながら半分溶けた剣を握る。


 俺と同じ赤黒い、長く伸ばされた血の色をした髪の毛。 背丈や体型も同じほどで、確かに近しさを感じなくはない。


「やあ。 こんにちは」


 魔力も使い切って、足音も立てずに隠れていたはずであるのに、男は振り向きながら挨拶をした。

 明らかに俺に向けた言葉に、異質を感じる。


 血の色と同じ紅い目。 白い肌と、線の薄い顔立ち。 似ている、俺と。

 そのような男が口元に付着した髪色と同じ赤黒い色をした液体を服の袖で拭う。


「君も欲しいのか? 半分あげるよ」


 茶色に腐った肉をこちらに向けて笑顔を向ける。 普通ならば、不快感や嫌悪感を露わにするのだろう。

 男の行動に、どうと思えることはない。 ただ真っ直ぐに見詰めて、思った。


 俺に似ている。


 血の匂いがする。 薄い血の匂いが、はっきりと鼻腔の中に入り込む。

 血の匂いは、血から、肉から発られているのではない。 空気そのものが血と化しているような感覚。


 きっとエルならば、悲しんだだろう、嫌悪しただろう。 その意に逆らうことはせずに跳ねる。

 エルの意思が俺の意思だ。


 剣身が溶けてただの鉄の棒になっているそれを男に向かって振り下ろした。


 慣れた感覚。 何かを殺した感覚ではなく、ガラスが割れたような、軽快な感覚。


「シールド、か……」


「酷いな。 突然攻撃してきて」


 阻まれた。 元より、この一瞬で決着が付くとは思ってはいない。 もう一度跳躍し、剣を振り切る。

 次もまたシールドに阻まれるが、割れることはなく完全に受け止められる。


「よく分からないな。 君は……」


 男が言い終わるよりも前に、横に剣を構える。

 息を吐いて集中、敵を見据える。


 ーー高みへと朽ちゆく刃。


 赤竜すらもやすやすと切り裂いたその剣技は刃がなくとも威力は健在で、俺の物よりも遥かに強靭なシールドを叩き割り、そのまま敵の男を殴り飛ばす。 そのまま男の元に駆け寄りもう一撃与えようと振り切るが、またもシールドに受け止められる。

 反撃がくるかと思い距離を取ろうとするが、男は動く様子はなく、白目を向いている。 気絶する前のなけなしの魔法だったのだろうか。

 シールドのない部分を殴ろうと剣を振り下ろすと、何故かまたシールドに弾かれる。


 突如男の身体が光始めたので距離を置く。 いや、これは見覚えのある魔法だ。


「治癒魔法……」


 気を失っていても可能なものなのか、いや不可能だろう。 あり得ないと言っても過言ではないはずだ。


「ん、よく分からないけど、君が敵対するならちょっと補充しないと足りないな」


 男はそう言ってから、歌うように言葉を紡いだ。


「ふぅ……『この世に善があるのならば私はそれを賛辞しよう。 この地に悪があるのならば私はそれを嫌悪しよう。

この私に、悪を排する盾を。』

恋慕抱盾(シールド・ピスカ)、僕を守れ」


 中空にシールドが浮かび上がる。 だが、元々用意されている魔法などをわざわざ相手にする必要はないので、急いで横に飛んでから男に向かって剣を振り切る。


 今の今までそこにはなかったはずの、シールドに剣が弾かれる。


「大丈夫そうだけど、一応治癒魔法もかけないとね。 『私は善意の導き手。 故に我が身に悪意が降り注ぐ。

千の傷が我が身を犯そうとも、万の病が我が身を害そうとも。

この私に、歩き続ける身体を。』

慈慕抱光(ヒール・プーク)、僕を癒せ」


 男がまたしても妙な言葉を吐き散らかすが、何かが起こるわけでもない。 なんだ、こいつは。


 簡単に勝てるような相手ではなさそうだが、かと言って攻撃的でもない。

 考えるのも面倒だ。 殺そう。

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