魔法か魔物か
前方の魔法は全て防げた。 そう言っても過言ではなく一切俺やエル、ケトにぶつかることはなかった。 だが、その火の玉のせいで、二本の剣は溶けて焦げて使い物にはならなくなり、それを握っていた俺の手も焦げている。
それも問題ではあるが、一番の問題は左腕の筋肉が、おそらく断裂した。
自身ですら見えないような一振りを一気に反対方向に振り切る。 それを何度も繰り返しているのだからその負担はいつもの高みへと朽ちゆく刃の比ではなかったらしい。
右腕は痛みこそあるが動かすことは出来る。 左腕は、剣を持つことは難しそうだ。
そんなことを考えいる余裕があるのは、後ろも防ぎきれたからだ。 魔力は周辺にはあまり感じないので、幾つかきても先程のような暴風雨のような魔法の連撃は少しの間はこなさそうだ。
一応大丈夫だろうがエルの様子を見ると、特に問題はなさそうだ。 ロトの方を見ると、全身を軽く炙られているように見えるがなんとか防ぎきったらしく、生きている。
ロトの実力でよく防ぎきれたなと、遅れてやってきた二つの魔法を切り裂きながら思っていると、目を丸く開けて驚いた表情をしているロトが口を開いた。
「誘導性と、密集時の威力の向上」
突然先程の魔法の特徴を言い出したロトに怪訝な目を向けると、ロトは煤のついた手で顔を抑えながら言葉を続ける。
「この魔法……長所が、ある」
ロトの言葉に首を傾げる。
当然、いいところや悪いところなどの特徴ぐらいはあるだろう。
そう思っていると、エルが口を開いた。
「えと……剣壊の才って、魔法の長所も見れるんですか?」
「無理だ。 長所が分かるのは生物と魔物だけのはずで……」
つまり、今の火の玉は魔法ではなく、魔物ということか。 そう納得出来るわけもなく、口を開いた。
「エルの能力が少し変わったように、ロトの能力も性質が少し変わったんじゃないか?」
「まぁ、それもあり得なくはないが……。
見た目は完全に魔法だし、魔石もないものな」
そう口では言っているが、顔は顰めていて随分と難しい顔をしている。
「だが、レベルが上がったんだ。
尤も、リアナとグラウが戦い、こちらが丁度魔法を凌いだ時と重なっただけかもしれないが」
「誘導性、異常な範囲、レベルアップ、それに剣壊の才……」
魔法ではなく魔物の一種であると認める方が納得の出来るか。
頭の中にあった常識が崩れていくのを感じながらため息を吐く。
「まぁ、魔物だったとしてもやるべきことは変わらない。 行くぞ」
「いや、エルちゃんの魔力が回復して、それとかこれとか治してからな。
また一気に移動したら、一気に来るだろ。 多分あれは近寄ると反応して寄ってきて、全力で移動しながらだったからトレインしてしまったんだ。
ケト一人で対処しながら、あそこまでやってきたってことはおそらくそういうことだろう」
「あ、はい。 一つ来るたびに何とかしていたので、進むのは物凄くゆっくりでした。 でも、それにしても今回は多かったですけど……」
直線に一キロ程の移動で、おそらく五百ぐらい。 二メートルに一つの割合で配置されているようには見えない。 まぁ横からもやってくるので均一に配置されていたとしたら……。 分からないな。 頭も良くないから。
「というか、そもそも目もないのにどうやってこっちにやって来ているんだ」
俺の言葉にロトが反応する。
「そりゃ、魔物だし?」
「魔物でも目がなければ見えるわけねえだろ」
「そりゃそうか。 いや、当然なんだが、そりゃそうかで済ませれるものでもないような」
頭をガリガリと掻いて、ロトは黙って考え込む。
「アキさんのように、魔力を感知しているのかも、しれませんね。 僕たちの大盾にすごく群がっていたようにも、思えなくはないですし。
事実として、魔力を使いきったからか、大盾をするまでに集まった火の玉以外にはほとんど来ていませんよね」
「ああ、それか……ちょっと試してみるか。 エルちゃんはまだほんの少し魔力が残っているなら、アキに治癒魔法掛けてあげてくれ。 効果ゼロでもいいから」
エルが俺の手を触れて、一瞬だけ手を光らせてほんの少しだけ痛みを和らげさせる。
何をするのかと思えば、ロトがポケットから一つの魔石を取り出した。
「アキはあの火の玉より速く走れるよな」
頷くと、ロトは俺に魔石を投げ渡し何処ともない何もない場所を指差す。
「あっちの方までいって、叩き割ってしばらく割れた魔石を握ったまま走ってくれ。 面倒になったら適当に捨てていいから」
魔力に反応するかの実験か。 軽く頷いて、エルに被害が来ることはないであろう場所まで走る。
どうやって割ろうかと考えて、魔石に半分程を口内に突っ込み、噛む。
普通の石よりかは柔いそれが割れて、口内に他の魔力の感覚が流れ込む。 モワッとくる非常に不快なそれを感じて魔石を手に吐き出して握りしめる。
来た。 エルの言葉は正解だったらしく、十数は過ぎる程度の少なくない火の玉が全方位から迫ってくる。
全方位とは言え、隙間は開いていて普通に間を走り抜けれそうだ。
エル達の方とは反対に走ろうとするが、ロトがしばらく走れと言ったのは魔法がどうやって人に着いてくるかを見たいからだろう。
俺と違って消耗のほとんどないロトがいるので、間違って火の玉があちらへと襲っていっても問題はない筈だ。
最悪でも本気で走ってエルを持って範囲外まで行けばいい。
痛む左腕をさすると余計に痛みを感じる。 見た目ではそれほど酷いようには見えないのでエルに無駄な心配をさせなくて済むので助かるが、痛いものは痛い。
近寄ってきた火の玉の間をすり抜け、火の玉に追われながら走る。 ロトが視認出来るであろう場所までやってくると、軽く方向転換や跳ねるのを繰り返し、しっかりと着いてくるのを確認してから、割れた魔石を放り投げる。
それを追って火の玉は地面にぶつかって消えた。 なんというか、痛めつけられた存在が酷く間抜けに見えて微妙な気分になる。
周りを見渡し、火の玉がないことを確認してからエルの元に戻る。
「はいお疲れー。 やっぱり魔力に反応するんだな」
それに頷くが、具体的に対処をすることが難しい。 魔力を放出しきれる俺やエルはまだいいが、ケトとロトの二人は魔力が扱えないのだ。
ゆっくりと進めば先ほどよりかは幾分かマシになる。
「どうする。 分かったところで、じゃないか?」
「……ロトさんとケトさんに、魔力の操作を覚えてもらうのは。 例のすごく気持ち悪い荒治療の……」
「ああ、エルが赤竜にやったやつか」
昔にやられたことを思い出すだけで不快感が蘇ってくるが、上手くいけばそれが最良か。 流石に魔法を使えるようにはなりはしないだろうが、魔力を感じて垂れ流すぐらいは出来るようになるだろう。
「魔力がほとんどないから、一発で感じ取れ」
片手でロトの肩を持つと、ロトは不快そうに顔を歪める。
「えっ、なんかそんなやばいことするのか?」
「まぁ、すごく気持ち悪いな。 だが、魔力を感じるようになるのはこれが手っ取り早い」
「えと、でもエルちゃんでも耐えれるようなもんなんだよな?」
「エルにそんなことをするか。 じゃあ始めるぞ」
ぎゃー、とわざとらしく叫ぶロトになけなしの魔力を注ぎ込む。
あまりの気持ち悪さに倒れこむのを期待していたが、意外にもロトは平然としていた。
「ん? ああ、これが魔力か。 なんか分かった気がするが……そんな気持ち悪くもないな。 微妙にくすぐったくはあるけど」
なんだと。 俺も喰らった時はあまりの気持ち悪さに身体中を掻き毟りたくなり、赤竜もすごく気持ち悪がってたのだが……。 勇者だからか?