超々遠距離魔法
何故か俺がこき下ろされていることに少し不快感を覚えるが、怒りを表してまた怯えられるのは面倒なので黙っておく。
そう不快感に顔を歪める等とゆっくりしていられたのも束の間で、徐々に件の村に近づいている。
ロトは勧誘が成功したからか上機嫌に見えるが、俺に背負われているエルは反対に腕を震えさせて息を少し荒くしている。
「大丈夫か?」
エルの異変に気が付き、負ぶっているという形上どうにも顔を見ることができずに尋ねる。
「はい。 大丈夫です」
怯えていないフリ。 俺にはそれがよく分かる。
だが、何故怯えていないフリをしているのかを考えてみれば直ぐに答えは出る。
エルが怯えたら、俺は逃げ出すからだ。 事実として俺は今からでも逃げ出したいと考えている。 少しエルの奥の気持ちを考えて脚を進めているだけだ。
怯えていないフリをしているのは、村の奴等を助ける為だろう。 俺がエルに無理をさせている。
「エル」
それに気が付き、思わずエルの名前を呼ぶ。
「怯えてもいい。 エルの意に反してエルの為に逃げるなんてことは、決してしない」
「……いひひ。 普通、怖がらないで、とかじゃないんですか?」
「そんな気の利いたことが言えなくて悪かったな」
「いえ、助かりました。
すごく怖いので、ぎゅってしても、いいですか?」
頷くと、背中のエルが肩に置いていた手を俺の前へと動かして、身体全部を押し付けるように抱きしめる。
女性らしい柔らかさはないが、子供っぽい柔らかく温かい感触は心地よい。
「アキ、魔法が解かれていない限り、そろそろ射程距離内に入るってよ」
エルとの会話もこれまでか。エルに荷物から剣を出してもらい、鞘だけを荷物に戻して剣を俺の口に咥えさせる。
両脚は走っていて、両手はエルを支えているのだからモテるような場所はここぐらいしかなかった。
ロトは直ぐに武器を取り出せるからか特に準備をすることもなく馬を走らせて行く。
いつでも魔法よ来いと待ち構えていると、比較的鋭敏な魔力感知に反応がある。
魔力の位置は前面、そして……上空。
顔を上げて上へと目を向けると、まだ低く傾いている太陽の上に、赤い球。 太陽に代わるようにすら見えるそれを睨み付ける。
どういう理屈でかは分からない。 見た目こそは誰でも使えるような火の球体を飛ばすだけの魔法だが、その実は明らかに異質。
上空におり、静止していたはずの魔法が突然火の軌跡を残しながら中空を斜めに駆け降りるように疾走。
速度や込められた魔力こそは普通の魔法と同じように見えなくもないが、術者が見当たらないという点がそれだけおかしく見えた。
「アキ、来るぞ」
分かっている。
飛んできた魔法を口に咥えさせた剣で引き裂き、そのまま走る。 後ろでは魔力が散り魔法の形を保てなくなったそれが漂う。
意外と大したことがなかった。 術者がいない故にか、連打で撃ち続けるということが出来ないからか、単発だったので楽に処理出来た。
「あれ、意外とショボい……」
ロトの言葉を裏に、頰から汗水が垂れる。
俺と同じく魔法が使えるエルもその異変に気が付いたのか、息を吸い込んで大きな声で行った。
「た、たくさん来ます! 色んな方向から!」
「ぬえっ!? センサー的な役割もあったのかよ!」
その直後、火の球体が前方に幾つもが見える。
これは首を動かすだけではどうしようもないと剣を右手に持ち替えて、エルを片手で支える。
「しっかり握ってろ。 行くぞ」
目視出来るのは二十くらいか。 シールドを利用しながらだと、なんとか凌げるか。
魔力を外に出す準備をし、迎え打とうとすると横から鋸刃状の刃を持った短剣が幾つも飛んでいく。
「弾数無限だから、頼り切らない程度頼れ」
魔法は当たりそうもなかった軌道にあった短剣に引き寄せられるようにぶつかり、散る。
それで魔法は敵に向かい誘導されるということを思い出す。 ロトおそらくそれを読んで俺に向かってきた魔法を潰したのだろう。
まだまだ幾つもの魔法にこのままぶつかってやれる訳もなく、魔力を強く練り込みながら体外に発し、向ってきている魔法と俺の間に張る。
「シールド!」
弱い攻撃魔法と俺のシールドは同レベルの魔法だったのか、シールドは一方的に潰されることはなく、シールドとぶつかった火の球体の魔法は明かに減衰して消滅した。
「よし、多少強めに放てば防げなくはない」
シールドで防ぎきれなかった火の玉を剣で切り裂く。
第二陣と呼べるのはなんとか凌いだが、また魔法が集まり、降り注いでくる。
今度は前に進んだせいか、横からや後ろからも魔力を感じる。
「えっ、これマジなのか!?
流石にありえねえだろ!」
数えきれないほどの、百や二百は優に超えるほどの火の玉の魔法。
一つ一つでは近くに寄らなければ熱量を感じられない程度の魔法であるのに、今はまだ遠いはずの火の玉の熱気を感じる。 薄く照らす程度の光量が集まり、そこら中が光っているように見える。
頰から流れる汗は熱気からか、あるいは冷や汗か。
「ロト、あれより速く走れるか」
「お前じゃねえんだよ! 馬に魔法より速く走るのを期待すんな!」
そうこう言っている間にも距離は詰められ、直ぐ近くにまで近づいている。
「エル、合わせろ!」
はい、と返事を聞く前にロト達に近づいて、後方に五枚、両側方と前方と上に二枚ずつの計13枚のシールドを展開する。
「シールド!」
「からの、大盾!」
俺の展開したシールドにエルの魔力が注ぎ込まれ、巨大化し、箱のような形に変化して火の玉を迎え打つ。
耐え切れなかった時の事を考えて一瞬でエルを下ろし、コートをエルに被せてエルを覆うように抱き締める。
シールドが破れる音と火の玉が爆ぜる音、最初に耐え切れずに壊れたのは前方の二枚のシールドで、エルを抱きしめた格好のまま割れたシールドと爆ぜた火の玉の見える前に走り、それと同時に片手で剣を振り切り、火の玉とシールドの破片を払う。
直ぐ真後ろでシールドの箱が粉々に破られ尽くしているのを見ながら、服の端々を焦がしながら馬に跨っているロトの姿を見る。
「死ぬかと思った! お前らのあれら全然防ぎきれてねえし!」
「うるさい。 また次来るぞ!」
「どんだけだよ! 魔法ってすげえな!」
こんなこと出来ねえよ。 そう突っ込みたかったが、事実出来ているという現実がある。
だが、この量の魔法を放つなんて、数十人の魔法使いでやっとのはず……。 明らかに一人の人間が起こせる事象を超越している。
「アキさん、今ので魔力が、なくなりました」
「俺もだ」
「次……防げない……だろ! 根性で振り絞れ!」
無茶苦茶を言いながらロトは短剣を大量に引き抜き、来るであろう火の玉に備える。
エルを抱いたままだと次は防ぎきれないと判断し、エルを地面に下ろしてもう一本の剣を荷物から取り出して引き抜く。
「俺は後ろ! アキは前な!」
さらっと量の多い方を任せやがった、不平を言う前にロトは短剣を投げまくっている。 どう考えても足りなさそうだが、どうこう言える時ではない。 ロトと俺の間に二人を挟み込み、眼前に迫り来る炎の魔法を見据える。
冷静に考えればその実、こちらに向かって誘導されるが故に徐々に範囲が収束され、俺の元にたどり着くまでには幾つも重なっているので一振りで幾十もの火の玉を切り裂くことは決して不可能ではない。 それだけの威力のある斬撃ならば可能だ。
つまり、俺の前方の空間、全てに剣を振れば防ぎきれるのだ。
それが可能な技を俺は知っている。
「エル、いけると思うか?」
「アキさんなら」
おそらくエルは俺が何をしようとしているのか理解していないだろうが、それでも肯定してくれた。
ならば果たさないとならない。
二本の剣を上段に構えて、振り下ろす。 振り上げ、袈裟と逆袈裟に横に……無茶苦茶に二本の剣を振り回す。
自身ですら認識が出来ない速度の「連撃」。
グラウが赤竜戦で使っていた、高みへと朽ちゆく刃の応用技。
それがほとんどのタイムラグを要さずに、俺の前方の「面」を切り裂き引き裂いた。




