獣人の少女
エルが維持の限界を迎えたのか俺を起こしてからまた眠り、しばらくすると勝手に目覚めるので、代わりに俺が寝る。 それを幾度か繰り返していると、日は上がってはいないが少し暗さがマシになってきた。
少しゆっくり寝たいところだが、エルに任せっぱなしにするわけにはいかない上に、それを止めて地面ひ寝転がるのは雨のせいで地面が濡れているので快眠は出来なさそうだ。
ゆっくりと寝るのは諦めて、干し肉をチビチビと齧りながら軽く伸びをする。
何か違和感を覚えてみれば、少し身体が痒い。 おそらく昨日かいた汗のせいだろう。
鼻をヒクつかせてみれば、明らかに汗臭い。 少しエルの匂いが混じっているので不快な匂いでもないが。
エルの神聖浄化が使用出来ない状況だからだろう。
痒いのや匂いは別にどうでもいいが、エルに汗臭いと思われるのは嫌だ。
「つっても、どうしようもないな」
まさかエルに神聖浄化を使わせる訳にもいかない。
出来るのならば、エルに自身が汚れではないことを自覚してもらえれば解決するのだが、どうしたら良いのだろうか。
自身の対人能力の低さに溜息を吐き出す。 自身を消したいと願うほど嫌っているエルの気持ちを慮ると、泣きたくなるが、エルが突然起き出すと見られてしまうので耐える。
そうしていると、グラウの言葉を思い出す。
ヴァイスは俺の父親は人前では泣かない、なんて言っていたな。
エルの前ではよく弱みを見せていたので似てなどいないと思っていたが、少し近いところもあるかもしれない。
それを考えてみると、あの人の心を持っていなさそうな父親にもこういう思い悩みがあったのだろうか。
あったのだろう。 俺のような息子がいたのだし。
馬鹿馬鹿しい。 そう決めつけて溜息を吐き出した。
エルが目を覚ましたのを機に、ロトをたたき起こし、ケトを一緒に起こしてから大盾から降りて身体を軽く解す。
「行くぞ」
「いや、お前達と違って、俺たちまだ飯も食ってねえし」
「ならいいから早く飯を食え。 今も村の奴等が死んでるかもしれないんだぞ」
「体調不良舐めんな。 硬い地面で寝たせいで身体が軋んでいて腹減った状態とか、ゴブリンにでも負ける自身があるわ」
つか、お前はそんなキャラじゃないだろ。 そう突っ込んでくるロトを無視して、軽く剣を眺める。
「上から近くに魔物がいないか見てくる」
「すぐに出るんだからいらねえよ、魔力の無駄使いだろ。 ……何はしゃいでるんだ」
こんな胸糞の悪い状態ではしゃいでなどいないが、他から見ればそう見えるのかもしれない。 事実としてロトはそう言ってから呆れたような目を向けてきている。
空回りしている感覚が気持ち悪い。 何か、見落としていることはないかと思って周りを見渡していると、下から腕を引かれる。
「大丈夫、ですか? 」
「……ああ、問題ない」
今なら自身を否定するエルの気持ちが分からなくもない。
「アキ、んな気張らなくとも、このパーティの最大戦力はお前だ。 頼りにしている。
まぁ、戦力つっても戦えるのは俺とお前と……この馬ぐらいしかいないけどな」
干し肉とパンを咀嚼して、ロトは飲み込む。
ケトは元々少食なのか、遠慮しているのかあまり食べていない。
「……言われなくとも」
大丈夫、そう言おうとしたが、エルが俺の方を向いて首を横に振っている。
「いや、そうだな。 落ち着いた。
礼を言おう」
ロトは驚いたようにこちらを向くが、俺とエルの顔を見てから納得したと笑う。
食べ物を食べ終えたロトは馬に跨り、その後ろにケトを乗せる。 昨日とは反対にロトが馬を繰るらしい。
「お前、馬に乗れたんだな」
「おう、昨日見てたからな」
見様見真似かよ。 そう思って呆れた目で見たが、ケトと大して変わらない姿で特に違和感もなく馬を乗りこなしていた。
意外と簡単なのだろうか。
先を行くロトとケトを見て、エルの前で背を向けて跪く。 エルが背中に体重をかけて、首筋にエルの息がかかったのを感じてから立ち上がる。
「行くぞ」
「はい」
エルに気を使いながら、急加速ではなく徐々に加速しながらロトとケトに追いつく。
雨のせいで草の上に水が乗り少し滑るような悪路になっているせいで、昨日のような揺れの少ない走法は難しい。
街に着く前に出会った黒装束の少女の動きを思い出しながら、思い出したそれを真似て走る。
「そう言えばさ、ケトってさ。 街の連中が好きじゃないんだよな?」
ロトが馬の上で器用に振り返りながらケトに話しかけるが、顔を伏せていて反応がない。
「別にちくったりはしねえよ。 興味本位だし、そもそも村の人には一切合切、如何にかしてやる筋合いはないからな」
まぁ、そんな奴等を助けるって言ってるんだけどな。 ロトはそう言いながらヘラヘラと笑い、ケトの獣染みた耳を撫でる。
「教えろよ。 聞いてやるよ」
傲慢に言い放ち、ケトは身を縮こませるのを止めてロトを方を見た。 そして、おずおずと少しだけ辛そうな表情を向けて口を開いた。
「私は、獣人ですから」
「ん? 獣人ってこの国だと奴隷とかそういうノリなのか? アキ、そこんところどうなのか教えろよ」
突然尋ねられて驚くが、エルは同じ勇者なので知っていない可能性は高く、当人であるケトには聞きにくいことだから当然か。 いや、本人を目の前にして聞いているのでそういう気遣いでは……。
いつも、何かしながらしか話をしないロトが、真っ直ぐにこちらを見ている。
それほど興味のあることなのか、いや……違うな。 俺に何かを言わせようとしているのか。
ロトの意をエルに尋ねられたら楽なのだが、そういうわけにはいかないだろう。
考えろ。
ケト自身は知っていることなのだから嘘を吐かせようということではない。 わざわざするのだから、ロトが状況を変えたいことで、俺の言葉次第で変えれること。
幾ばくかの逡巡の後、纏まった考えに従う。
「奴隷、と言っているわけではないが、聞き齧りになるが、実際の扱いとしては近しいところは少なくないな。 ……俺はそれを良しとは思っていないが」
それで正解だったのか、ロトが気持ちの悪いウインクをした後、ケトの方を軽く見る。
「そうなのか。 大変だな。
んで、いい扱いを受けていなかったから村の連中を助けるのにそこまで乗り気ではないんだよな。
偉いとは思うが、なんでお前は助けを求めてきたんだ? 知らぬ存ぜぬでそのまま逃げればいいのに」
「そうですね。 本当に……私は何でこんなことをしているのか……。 不思議です」
落ち込むように顔を伏せる。
「お前がいい奴だからだろ。
んで、そのお前が助けを求めるのに選ばれた理由は?」
「多分、ですけど……。
村長が管理している、村人の名簿……それに載っていないから、いなくなっても、バレないからだと思います」
エルが酷いと言って、少しだけ俺を持つ力が強くなる。
「なるほどね。 マジで人の扱いしてなかったから、こんなことになってんのか。 会った時も、すげえ汚かったもんな。
それがこうやって一人助けを求めに行けるって言うんだから、悪いことでもなかったな」
不躾に笑うロトを見てケトも釣られるように控えめに笑う。
「んで、どうする?」
ロトが中空から鋸刃の短剣を引き抜き、手の内で回す。
「助けに行くか? 引き返すか? それとも、その男と一緒にぶっ殺しに行っちゃう?
俺は最後のはごめんだけど、人の心を持ってないアキならきっとノリノリで……」
「しねえよ」
否定に続けて軽く文句を言いたくなるが、ケトが辛そうな表情をしているので思わず黙り込む。
「……行きます。 助けに」
「そうか、面白くないな」
ロトはそう言ってから中空に短剣をしまい、馬上で器用にケトの手を取る。
ケトはそんなこと出来ていなかったので、見様見真似という域は超えている。
「それで、どうする。 その後は」
人間扱いではない場所へと、舞い戻るのかとロトは尋ねる。
ケトは答えない。 エルが何かを言おうと息を吸い込んだのを感じて、ズボン越しにエルのふとももを持っている手を動かしてエルの言葉を止める。
「俺と一緒に来るか? 村にいるか? それとも、アキに村人ぶっ殺させて、再び絶望の淵にやっちまうか?」
ロトはヘラヘラと気負いしていない、相手にも気負いさせない笑みを浮かべる。
ケトはロトの手を握り返した。