雨降りの夜
雨宿りはなんとか出来たが、大盾の範囲は四人が乗るには十分ではない。
少し端に移動して、俺の前にエルを置く。 軽く背に雨が当たり冷たいが仕方ないだろう。
「馬さん、大丈夫ですかね……」
「病気になったらまぁ捨て行けばいい。 一日走ったのだし、徒歩でもそう遠くないだろう」
エルに何故か頬を抓られ、エルが魔力をまた継ぎ足して拡げようとするが、それ以上広がることはなかった。
「これ以上は、無理みたいですね」
何ででしょうか、とエルが首を捻る。 負担は増えるが、エルが望むのならば仕方ないのでシールドを馬の上にも展開して、エルに魔力を注いでもらって大きく変える。
流石に地面までするには集中力が足りない。 これから維持がキツくなるようなら馬上の大盾から消していこう。
三つの大盾を維持しながら、既に眠そうにしながらもゆっくりと口を開いたロトの方を見る。
「ところでケト、あとどれぐらいで着くんだ?」
「そうですね。 あと三時間程で、村には到着します」
「村には?」
「その、男の攻撃が出来る範囲には、後二時間ぐらい……です」
「……は?」
ロトの間抜けた声が雨音に濁されながらも耳に入り込んだ。 射程が、馬で一時間走った距離……あり得るのか。 ケトが混乱して滅茶苦茶なことを言っているのかもしれないとも考えたが、落ち着いている。 というよりは達観していて気狂いといったようには見えない。
「アキさん。 馬で一時間って、50キロぐらいは離れていますよね。 魔法ってそこまで飛ばせるものなんですか?」
エルの質問に、学生時代に学んでいた知識を思い出す。
魔法とは少し毛色が違うが、まじない術は広範囲に渡る魔力を使用したもので、世界全域に拡げることも可能だ。 だが効果は極々微量で、何も起こらないのと変わらないようなものだ。 攻撃に使用出来るようなものではない。
普通の魔法になれば空気を突き破って行くのに力を使うので凄腕の魔法使いでも、せいぜい届いて300メートルほどだろう。
「無理、だな。 そんな魔法は知る限りには存在しない」
「そうですか……でも、それ以外には」
勇者の能力ならばそういったものが存在するかもしれない。 そう考えるも、勇者とは髪や眼の色違う。
「男が使うものは、追ってくる魔法なんです」
追尾する魔法。 エルが俺の方に目を向けるが、首を横に振る。
「人より詳しいとは思うが、聞いたことはないな」
新種の魔法、あるいは勇者の能力か。
「でも、本当に……」
「いや、別にアキはお前の言葉を疑ってるわけじゃないぞ。 ただ言葉足らずなだけだから気にするな」
ケトはロトの言葉を聞いてこちらを見てきたのでとりあえず頷いた。
「それで、ケトさん。 着くまでにその方のことを教えてくれませんか?」
「はい、分かりました」
雨に濡らした髪を軽く振りながら、ケトは思い出すようにして、纏められた言葉を出して行く。
「あの男の魔法、は。 まるで意思を持っているかのように……追ってきます。 それに、同時に幾つもの魔法を使ってきたり。
他は、アキレアさんに少し似ていて……年も多分同じぐらいです。
人を殺すとき、すぐに殺したりはせずにいたぶるみたいなことをします、それのおかげか……多分まだそんなに多くは殺されていないと思います」
俺に似ているという言葉に父親かと疑ったが、歳が近いということは違う人物だろう。 弟は髪色も目色も違うので俺の血縁関係者ではなさそうだ。
「体術は?」
「それほど近寄れた人がいなかったので、分からないです」
厄介そうだと感じたが実際厄介なのかが分からない。 追尾と言えど、どれほど追ってくるのかによって変わるだろうし、速度ももしかしたら俺の脚よりも遅い可能性もある。
おそらく現在の走力ならば普通の魔法よりかは速く動けるだろうし。
「何にせよ、対策の取りようはないか。 使っていた属性は何だ?」
「えっと、火と水属性を使ってました。 他は分からないです。 あっ、後は、何かずっとブツブツ呟いていました。
遠くだったので何も聞き取れなかったけど」
これ以上はその男について聞くことは難しいかと思い質問を止める。 ロトとエルが村の形や姿を尋ね、それに答えるとケトが倒れるように寝始めた。
よく考えると、殆んど休まずに行き帰りをしているのだから、疲れもあるのだろう。
横になっているせいで余計狭くなるが、起こすのは止めておいてやろう。
「エルも寝るなら寝ておけ。 雨があがり次第、出るぞ」
「ん、任せちゃって悪いね」
「お前に言ってない」
ロトに言うもロトは気にした様子もなく座りながら目を閉じる。 雨が身体に当たりまくっているので寝ることは無理そうだが、せめても身体を休めているのだろう。
エルがより俺の身体に近づき、俺に体重を乗せる。軽く頭を撫でると少し微笑み。 俺の服の裾を掴んで目を閉じた。 しばらくしてから、エルが魔法の制御を止めたのか大盾の維持が少し難しくなる。 エルも休ませたいし、一時間ぐらいなら保たせることが出来るといいが。
とりあえず、話し相手もいなくなったので俺も目を閉じて魔法の維持に集中する。
一時間ほど経ち、雨の勢いがポツポツと振る程度に減衰してきたので馬の上に設置していた大盾を解除する。 少し楽になり、また三十分ほどしたらその程度の雨ももなくなったので、地面代わりにしている大盾を残して、上の大盾は消す。
休んだおかげで、走り過ぎたせいで起こっていた身体の倦怠感は少しマシになってきたが、眠気は増していく。 ここで寝たら大盾が解除されて、雨でぐしゃぐしゃになった地面にエルがぶつかって濡れてしまうので気合いを入れて起きていようと決心する。
考えてみればあれだけ長時間走ったのは初めてのことで、これほど疲れるとは思っていなかった。 眠い、瞼がうつらうつらと落ちそうになっていると、不意に……大盾の制御が楽になる。
「交代、します」
「いや、もう少しは、いける」
「僕はもうしっかりと寝させていただきましたから」
エルがそう言ってから俺の頭をよしよしと、撫でて、あまりの心地よさに眼を閉じていると、寝てしまった。