告白と告白
何時間も走り、俺よりも先に疲れたと言いだしたのは、ロトだった。
「ケツ、痛い。 乗るだけだと思ってたのに……」
とりあえず、身体を壊した人間がいながら戦闘に挑む訳にもいかないので馬から降ろして、エルにも降りてもらう。
「まじ無理。 ケツ痛いし、しがみつくの疲れた。 エルちゃん、次変わって」
「断る」
エルの倍は重そうなロトを背負って走るのは難しいだろう。 俺よりも体格がいいので自分の体重を越えたものを持ち上げることになる。
その上、エルがケトと密着することになってしまうので非常に気分も悪い。
「すみません。 あっ、治癒魔法はかけておきますね」
エルはそう言ってからロトの方に手を伸ばし、淡く柔らかな光を手から発し、途端、光っていたエルの手が真っ赤に染まった。
「え……いたい……痛い! 治癒魔法!」
一体、何が起こった!
休めようとしていた身体を動かし、荷物から剣を取り出しながらエルに駆け寄る。 周りに妙なものはない。 人影も見えない。
ロトかケトかと疑るが、それといった行動もなく表情からもそれは行っていなさそうだ。
何が起こったのか、ロトを見てみるが首を横に振る。 ケトも同様な反応だった。
「エル、大丈夫か……大丈夫じゃないな」
エルの手の皮が薄く消失したようになっていて、手には血が滲んでいるが、治癒魔法で徐々に怪我が治っていった。
どの傷にも当てはまらないような、明らかに異常な怪我。 武器や魔法では到底起こり得ない現象。 まさか、能力か?
「大丈夫、です。 僕の手が少し……浄化されてしまった、ようです」
エルは敵を探して見回していた俺の服の袖を掴む。
浄化、された。 エルの能力にエル自身が……。
「どういう、ことだ。 人体を消すような能力では、なかっただろ」
エルの持つ神聖浄化は、汚れを浄化する能力。 エルとの旅や生活で今まで浄化確認している浄化された汚れは、流れ出した血や埃、細かなゴミに、エル曰く細菌やウィルスに、毒、溢れた水、涎や目ヤニなどもだ。
レベルアップにより、魔法毒や瘴気といったものも浄化出来るようになった。
現状で理解出来ていることが頭の中に駆け巡り、今まで気にしていなかったのが不思議なぐらいのことを思い出した。 浄化とは、なんだ。 汚れとは、一体。
「それは……その、なんて、言いますか」
エルが口ごもり、気まずそうに俺から目を逸らして、それなのに俺により近づく。
ほとんど身体を密着させているエルの頭を撫でる。
エルの能力は、いやロトの能力もだけれど……酷く抽象的で理解し難い。 魔法ならば、魔法によりどういった現象が起きるかは完全に決まっている。
ロトの剣壊の才の長所を見る、その長所とは何だ。 どこから長所となる。 誰が判断する。
エルの神聖浄化は、汚れを浄化する。 汚れというのも、浄化という言葉も酷くあやふやで何を示しているのかが、分からない。 汚れというものを判断するのは、誰だ。
頭が酷く痛み、吐き気すらしてくる。
「エルが、エルのことを……汚れだと、思っている……のか」
エルが小さく、頷いた。
頭に血が上り、手が動いた。 ロトの胸首を掴み、力付くで持ち上げる。
「何があった! お前らはエルに何をしやがった!!」
ロトの眼を睨み、大声で怒鳴り散らす。 エルが俺の身体を後ろから抱き締めて、落ち着くように言う。
「僕は、大丈夫ですから」
そんな声を聞きながらも、力を緩める気にはなれない。
「俺がではないな。 グラウがか……いや、どちらにしろって感じだし、アキのせいか」
「何がだ!」
「エルちゃんの能力が、エルちゃんを消そうとしているのが。 もっと言うと、エルちゃんが自己嫌悪してるのがな」
ロトの身体を離して、頭を下げる。
「悪い、どういうことか、教えてくれ」
「エルちゃんに聞け。 俺が言うようなことじゃない」
そう言ってロトは身体を伸ばすようにしながら草の上に座り込んだ。
エルは、申し訳なさそうな顔をしながら、顔を伏せた。
「ごめん、なさい。 こんなことで、もっと役立たずになってしまって」
「いや、エルを役立たずとは一度も思ってはいない。 エル、エル、エルのことが大切だ、教えてほしい。 何が、あった」
エルが顔を上げてくれることもなく、呟いた。
「アキさんが、そう言ってくれることが分かって……僕は謝ったんです」
その言葉の真意が分からずにエルの肩を持つ。 意味を聞くべきか、あるいは大丈夫かと尋ねるべきかを迷っていると、エルは途切れ途切れに呟くように言う。
「すみ、ません……。 少し、一人で、考えさせて……ください」
より深くに頭を下げたエルに何と声をかけたらいいのか分からずにいると、エルは俺の手を肩から外して少しだけ離れたところに座り込んだ。
どうしたらいいのだ。 エルに拒否されたのか。
エルの丸まった身体を見ていると、縮こまった胃から胃酸が喉を通ってくるような感覚が襲ってくる。 急いで離れ、口から吐瀉物を吐き散らす。 元々胃酸しかなかった胃を空にしてから、戻る。
エルの身体を見ながら、エルのためにもどうしたらいいのか分からず、荷物から魔道具を取り出して水を飲む。
また離れて水を吐き出し、喉を潤せることを諦める。
気分は悪い、腹も痛い。 だがそれより、エルは大丈夫だろうか。
エルの顔色や体調を確認したいが、しゃがみ込んでいて見ることが出来ない。 覗き込めば見ることも出来るだろうが……。
もしかしたら、嫌われるかもしれない。 考えるだけで手が震えて泣き出しそうになってしまう。
それでも何よりも大切な子が辛い思いをしているのだったら……。
「エル。 ごめん、話しかけた」
息が胃酸の匂いがしないことを確かめてからエルに近寄り、話しかける。
「俺は、こんなんだから、頼りにならない。 エルの気持ちを推し量ることも出来ない。 だが、君の力になりたい」
教えてくれ、と頭を下げた。
決してエルからは見えはしなかっただろうけど、エルには伝わったのかエルは顔を膝に埋めながら口を開いた。
「僕は、アキさんが……こうしてくれるのを、待ってたんだと、思います」
汚いです。 とエルは言った、
「俺は、エルが待ってたから来たんじゃない」
エルは身体の体勢を変えることなく言う。
「僕は、アキさんが思ってるような、人ではないです。
勇気どころか、臆病で、優しいどころか、自分勝手で、アキさんを利用してます。 都合良く使ってます。 こうやって今言ってるのも、自分が辛いのを逃れたいからです」
好きになるような人ではないです。 エルは言った。
何故俺の思慕をエルまで知っているのか、でも、知っていても捨てられなかったし、避けられなかったのか。
「俺は、エルが好きだ」
もう知られていた気持ちを吐き出して、それと一緒に胃の中のものを全吐き出しそうになるが、もう吐いた後だった。
「臆病でも、自分勝手でも、利用されてもいい。 いや、利用してくれ。 エルのためなら何でもする」
饒舌ではないはずなのに、口から幾らでも吐き出せるかのように声が流れ出る。
エルは俺の言葉を聞いて、啜り泣く。
「嬉しい、です」
エルは泣き出すように、言葉を続ける。 鼻をすすりながらも淡々と言葉を出していく。
「嬉しいんですよ。 そんなの、良いはずがないのに。
今も、出会ったときから僕のただのワガママに巻き込んでいます。 僕が一方的にアキさんのことを利用しています。
それでアキさんは、いつも僕を守ろうと気を張っていて疲れて、僕を守ろうと戦って怪我をして……。
アキさんが、大好きなアキさんが辛い思いするのに、嫌なことをさせているのに、大好きな人に迷惑をかけていてそれで僕は喜んでいるんです」
エルは振り向いて、俺の顔を見て、泣き腫らした目で笑った。
「アキさんが、僕のために疲れて、僕のせいで怪我をして。 それが、あまりにも……嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて……ッ!!」
汚いです。 とエルは言った。