誤ちであろうとも
見逃してもらえたのだろうか。 なんて期待をしながら、ゆっくりと顔を上げた。
オロオロとしている二人と、見下すような視線を向けてくるリアナさん。 情けないのは事実で仕方がないことだ。
仲間なんて、求めるべきじゃなかった。
勇者の務めを果たすには必要であるのは事実で、避けようのなかった事態ではある。
それでも後悔してしまう。
「ごめん、なさい。 ……でも、僕は……」
続きを言う前にグラウさんが声を出して僕の声を阻んだ。
「悪いな勇者の嬢ちゃん。 急きすぎたみたいだ」
グラウさんはそう言ってから馬車の方に戻って行く。
「リアナ、どうする?」
「……ロトはどうしたいんだ。 結局、グラウの乱入のせいでお前の意見を聞けていなかった」
ロトさんは僕の方を一瞥してから、息を吐き出した。
「アキとエルちゃんだけで無理なら、俺も一緒に行く。 戦力的には、俺たち三人とお前とグラウで等分ぐらいだろ。
リアナも魔石割り人形くんの使い方は分かるだろ?」
リアナさんは頷いて、ロトさんは馬車の方に戻って行った。
「エルちゃんも用意しとけ。 アキが起き次第に出発するぞ」
頷く。 その後、アキさんの身体を抱きしめてから、リアナさんに手伝ってもらいながらアキさんを馬車の中に運んだ。
◆◆◆◆◆
飛び起きる。 夢、ではないはずだ。
確か俺はグラウに突然殴られて……。 頬を触ってみるが痛みはなく、周りを見渡せばエルがちゃんといて安心する。
「大丈夫、ですか?」
「ああ、問題ない。 一体どういう……ッ! エル、大丈夫か、泣いていたのか!?」
エルの頭を撫でながら話を聞こうと思っていたら、エルの目の周りが赤く充血していて、泣いた後のようになっていた。
エルの身体を抱き寄せて、エルの目をしっかりと見る。
「いひひ、ちょっと…….怖い夢を、見ちゃっただけです」
「そうか、それなら……。 これからは一緒に寝るか? それなら、何かあればすぐに……」
「んぅ、それはちょっと……はずかしい、です」
エルがそう言いながら、俺の頬を触る。
怖い夢を見てしまっただけというのも一大事ではあるが、実際に何かあった訳ではないらしいので少し安心する。
「ごめん、なさい」
「何がだ?」
突然謝りだしたエルに驚きながら、久しぶりにおどおどと俺に怯えているような動作に少し怖いと思ってしまう。 大丈夫だ、捨てられることはない。
エルが何かを言おうとする前に、馬車の扉が外から開かれて二人きりの空間が崩れる。
「アキ、起きたなら腹に飯突っ込め。 あの獣人の村にまで走るぞ」
寝ている間に勝手に決められていたらしく、ロトが馬車から小さく纏められた荷物を手に取る。
エルの方を見ると、俺の剣などが入れられている袋がある。 エルが頷いたので、エルも一緒に来るのだろう。
口に干し肉とパンを放り込みエルに尋ねる。
「グラウはなんで突然あんなことをしたんだ?」
「……酔っ払って、たんです」
ああ、グラウならありそうだ。 次からは気をつけて貰わないと困るな。
口に含んだ全てを嚥下して、エルが纏めてくれていた荷物を背負う。
「ロト、待たせた」
エルと共に外に出ながら、ロトの顔を見る。
「おう、じゃあ頑張って走れよ? 俺は馬に乗せてもらうから、エルちゃんはアキに乗れな」
ロトはケトの方に手を振り、ケトの乗っている馬に乗り込む。
「俺は乗り物じゃあないんだが」
とは言え……流石に馬に三人で乗るのは無理だろう。 その上エルがロトかケトに密着することになるのは嫌なのでエルを負ぶって移動するのも仕方ないか。
「とりあえず、大まかな流れは俺が決めてるから。 道中に余裕があれば話す。
すげー簡潔に話すと、三人でケトの村まで行く、解決、二人と合流。 おけ?」
「分かった。 じゃあ、行こう」
明け方なのか、日が真横から射してきていて少し眩しい
。 ケトが馬を動かしたのを確認してからエルの前でしゃがみ込む。
「うぅ……失礼、します」
恥ずかしそうな声を出してから俺の背に乗る。
エルの温かい体温と甘い匂いが心地いい。
ズボンの上からエルの太ももに手を持っていき、エルが俺の肩を持ったのを感じてから、落ちにくいように少し前屈みに立ち上がる。
エルを振り落としてしまわないように、一息に踏み込み加速するのではなく、徐々に地を蹴る力を上げていき、馬と並走するぐらいで加速を止める。
「なんて言うか、異様な光景だよな」
「……僕もそう思います」
少し高いところからロトが話しかけてくる。 返事をしようかと思ったが、どれほどの距離を走ればいいのか分からず無駄に話して体力を使うのは止めておこうと黙っておく。
「この世界は地球とは違って「上限の理」ってのがないかららしい。 実際、スポーツマンでもなかった俺でもアスリート並みに走れるようになってるからな。 こっちでは割りと普通かもしれない」
「いや、普通じゃないですよ。 いや、都会の方だと普通なのかも……」
ロトの言葉に反応したのは狸の獣人のケトだった。
なんでこの国に獣人がいるのかは少し不思議に思う。 尋ねるなどして体力を使うのは勿体無いので聞きはしないが。
軽くロトとケトのやり取りを見ていると、エルがトントンと俺の肩を叩いた。
「僕、重たく、ないですか?」
「普通に軽いな。 これぐらいなら荷物を背負わずに走ってるのと変わらない」
走りながら会話をするのは意外と体力を使うが、エルとの会話は絶対にしなければならないことなので、しっかりと返す。
事実として決して重くはないが、手が塞がり、その上に揺れないように工夫をしながら走るので重たいようなものではあった。
少し走れば、魔石割り人形くんの範囲外且つ絵本に引き寄せられている魔物が多いところにまでやってきたのか結構な量の魔物がいる。
「アキ、突っ切れるか?」
「いや、俺はエルの安全を考えて上から行く。 ロトは頑張って突っきれ」
魔物が俺たちのことを視認し始めたので、目の前の中空にシールドを張り、俺はそのシールドの階段を駆け上がり下にいる魔物達を無視して突っ走った。
軽く下を見れば、必死そうに走っている二人を見て、安心そうな上にきてよかったと安堵の息を漏らしながら、残り魔力のことも考えてそろそろ降りることにする。
シールドを使って下り階段を作って降りてロトと合流する。
「この馬の足元にも天空への道を作ってくれよ!」
「ん? いや無理だぞ。 四足歩行だから、シールドを張っても前足でシールドを蹴り割って後ろ足の足場がなくなる。 それに魔力の消費量が多いし、そもそも馬にそんなことが出来るのか」
「何かあれば、魔物の横を通ることになるのか。 結構怖いんだけどな」
シールドを駆け上がり駆け下りた後にロトと話をして、まだあまり走ってもいないのに疲れ始めてしまった。
シールドを蹴り割りながら駆け上るのも疲れる。 長時間を持続的に走るのは考えてみれば経験は少なく、何処か体の動かし方で疲れやすい走り方をしているのかもしれない。
とりあえず、談笑しながら何時間も走れるような体力はないので黙って走る。 エルに話しかけられたら別だが。
しばらく走っていると、足元が少し泥濘んでいて走りにくくなってきた。
「そういえばケト」
「何でしょうか?」
「色々とピンチでヤバめらしいけど、あまり悲壮感とか見えねーんだけど、なんでだ?」
ロトが歯に衣着せない言い方でケトに尋ねた。
人心の機微は分からないが、普通ならばもっと急いだりとか悲しむなどは、とは俺でも少し思う。
「別に……好きな場所というわけでも、ないので」
「そうか、偉いな」




