喧嘩
俺はこのリアナという女を見誤っていた。 いや、一切の理解をしていなかったと言うべきか。
ただ漫然と「ロトに着いてきているを彼の仲間」という意識しかなく、ほとんど会話しかしていなかった。
エルは当然特別扱いの仲間で想い人でご主人様なので別として、ロトも仲間で色々と思うところもあるがグラウも仲間だと思っていた。 リアナは仲間の仲間などと考えていた失敗かもしれない。
見詰め合うではなくて、睨み合うが正しいだろうか。
強い意思を誇示するような真っ直ぐとした視線。 義は自分にこそあるとでも言いたげな口元、正しいか間違っているかを考える前に、気に入らない。
エルの意思を尊重しない奴は俺にとっては邪魔でしかない。
「昼間、エルから聞いたが、その魔物を寄せる絵本は、魔物に奪われると大変なことになるそうだな。
それを守り、安全な場所へと送り届けるために私とロトはお前達に同行している。 そうだな」
ロトが近寄ってきているのが見える。 一触即発と呼べるほどの緊迫ではないが、穏やかではないのは間違いはない。
「おう、どうしたどうした。 痴情のもつれか? この色男めっ!」
ロトがわざとらしくふざけて場の空気を流そうとするが、構っていられるような状態とは言えない。
ヘラヘラとした笑みを浮かべながら頬を掻く。
「あの女を見捨てろと。 襲われている村を捨て置けと。 そう言いたいのか。
今しがた俺を疑ったのは、義憤に駆られてそれを守るためではないのか」
「違うな。 あくまでも私は多くを救うためにと考えている。
お前がどうこうと尋ねたのは、信頼が出来るかを見詰め直すためだ」
大義や正義などは俺には分かりはせず、リアナのそれを否定する語も持っていない。
初めから俺は救うなんて大それたことを考えていない。 エルの喜びそうな未来に尽くすのみだ。
試していたという物言いに、本気で疑われていたのかと少し苛立つ。
「結果として、評価は変わりはしない。
悪とは言わないが、エルの意思を借りて動くだけの意思の持たない奴だ。
アキレアに義憤やらと問われるのは、そうだな、狐に鼻を摘まれたような気分だ」
エルが声を出そうとしたのを手で制すと、ロトがリアナの肩を引いて俺から離そうとしていた。
「ロト、いい。
これは避けれるような事ではないだろう。 これからの行動についての衝突だ」
「避けなくとも、喧嘩腰に話を進めるのと互いに尊重し合っては全然違うだろ」
俺に止められ、ロトに話の仲介をされたためにエルは言葉を飲み込み、前に出ていた身体を俺の後ろに戻す。
「互いに、ではない。
意見のズレは私とアキレアではなく、私とエルだ。 尊重し合ってどころか、エルは言わせているだけじゃないか」
「お前、エルに文句付ける気か。 殺すぞ」
エルが俺の手を強く握ったことに気がつき、血が上っていた頭が少しだけ冷める。
「エル、悪い」
エルは明らかに怯えていて、それを俺が引き起こさせたのだ。 大きなミスを犯してしまい、舌打ちをする。
「僕、は……」
明確に反論してくるであろうリアナに向かい、エルは口を開くが怯え萎縮していてそれ以上に声が出されることはなさそうだ。
「リアナ、いい加減にしろよ」
ロトが言い、それに反応してリアナは身を少し捩る。
「いえ、リアナさんの言うことも、尤も……ですから」
エルの言葉に、何故かロトが歯噛みする。
「痩せガエルって話でも、ないだろ」
「あの、すみ、ません……」
エルがロトに頭を下げ、ロトがそれを見てまた頭を掻く。
つまらなそうに舌打ちをしてから、ロトはリアナに向かって何かを言おうとするが、その口も閉じる。
「私達は、そもそもの集まっている理由が、大勢を救うために絵本を守る。 それはいいな。
それで、まだ生きているかも分からない人をどうにかしに行く場合でもないだろう」
「リアナ、ケトが近くにいる」
「すまない、失言だったか。 だが、それは私達がすることではない。 元々街に助けをって話なんだから、アキレアが魔物から助けた。 それ以上は関係がない」
何を偉そうにと怒りたくはなるが、感情を表層に出せばまたエルを怯えさせてしまう。
努めて感情を見せないように口を開く。
「だからって、今死ぬかもしれない人を見捨てるつもりか。 それは違うだろ」
「違う。 何がだ? お前は何が違うとか、分かっていないだろうが。 人の意思を自分の心のように語るな」
「お前の大義も人の力使っての物だろうが。
絵本を見つけたのも、それを守り移してと考えたのはエルだ。 尻馬に乗ってるだけで何を大はしゃぎしている。
お前に俺の意思がないとか言われる筋合いはない」
ロトが俺の腕を握り、エルの手に俺の手を押し付けて、思わずエルの手を握るとロトは手を離す。
その後、リアナの頭を軽快に平手で叩く。
「お前等、いい加減にしろ。
アキ、お前がエルちゃんのことが大好きで仕方ないのは分かったが、本人が言うべきことだ。
リアナ、お前は話し合いで人格を否定するのが駄目だと言うことを知らないのか」
エルのことが好きという言葉に不意を突かれて身体が止まる。その間にロトはリアナを落ち着かせたり、エルに怯えがなくなるように少しリアナから遠ざけて俺の後ろに移動させる。
思わず息が漏れ出す。 それほど感情的な方ではないと思っていたが、自己で思っているのとは違い頭に血が上りやすい性分らしい。
「まず、ほとんど意見を言えてないエルちゃんからどうぞー。 アキもリアナも黙って聴いてろよ」
エルの言葉ならと頷き、俺の後ろから少し息を荒げながら出てきたエルの姿を見る。 握っている手はほんの少し震えていて、気の弱いエルにとってはこの言い合いも辛いものだったのかもしれない。
「僕、は、ワガママを言わせてもらうと……助けに行きたい、です。 でも、それだけのリスクもあることも分かってますし……」
歯切れの悪いエルの言葉を聞き、ロトは頷きリアナは機嫌が悪そうに顔を顰める。
「んじゃあ、エルちゃんは助けに行きたいってことで」
「おい、ロト。 多数決で決めるとか言い出さないよな」
「リアナ、それはしないから安心しろ。 つか、そんなのエルちゃんの意見を優先するアキがいる限りまともに機能しないからな。
エルちゃんの意見を子供と流すこともしないが」
流すようにロトが俺に文句を言うが、知ったことではない。
「んで、アキはエルちゃんと一緒で、リアナの意見は絵本があるからリスク回避ってことだな」
んじゃあ、とロトは頷きながら言う。
「一旦二手に別れたらいいんじゃね?
現実的に考えて、絵本を村の中に持ち込むのは出来れば避けたいし」
ロトの言葉に納得して頷くと、後ろから肩に手が置かれた。 エルの物とは違うごつごつしていて触感の悪い手だ。
「グラウ、起きたのか」
「ついさっきな。 んで、アキレアはそれで納得してるのか?」
「ん、ああ」
エルの方を一瞥してから頷くと、当然。 何の前触れもなく目の前に拳がーー。
「ヒールパーンチ」
グラウがふざけているような声と共に治癒の光が輝く拳が顔にめり込みーーーー。
痛みもなく意識を失った。




