ご主人様
起きてしまったか、大声を出してしまったのが失敗だった。 いや、既にロトが大声を出していたから関係ないか。
ロトが少し楽しそうにケトと馬車を交互に見ながら、脅かすようにケトに言う。
「アキの、こいつのご主人様が出てくるぞ」
「ひ、ひぃぃ!」
仲間、あるいはリーダーでありご主人様とかそういった関係ではないのだが。 そう突っ込むよりも先に馬車の方に向かう。
エルがご主人様で、俺が下僕とかでも嫌な気はしないが。
エルは放っていた光を収めたかと思えば、広範囲に浄化の光を伸ばす。
エルに視認されるよりも前に俺にこべりついていた魔物の血がなくなり、おそらく後ろではケトの小汚さも少しはマシになっているだろう。
「ひぃぃ! 怪奇現象!?」
後ろから聞こえる叫び声を無視して、馬車から出てくるところのエルに駆け寄る。
それほど長くもない黒色の髪の毛を少しだけ跳ねさせ、それを直したあとに、眠たそうに目を擦った。
愛らしい姿に頬を緩ませるが、その表情をエルに悟らせる前に頭を下げる。
「騒いで悪い。 起こしてしまったか」
「いえ……。 と、何かあったんですか?」
俺に引っ付きながら、首だけひょこりと動かして俺の後ろを見る。
「……あれ、女の子?」
その言葉はエルからではなく、後ろの獣人の女から聞こえてきた。
エルはその声に驚いたのか顔を引っ込めてから、俺の顔を見上げる。
「もしかして、ですけど。 あちらの方って……ケモミミですか?」
「獣人らしい。 狸の獣人だとか言っていたな」
エルは怯えるとは少し違うが、人見知りをしながらおずおずと顔だけ俺の身体から横に出して、ケトの顔の方を見る。
ケトの方を見てみれば、俺の顔とエルの顔を交互に見て、ぱちくりと瞬きを繰り返す。
「ロトさんでしたっけ……あれが、エルさんですか?」
エルに対してあれという言い草に眉を寄せる。 ケトはそれに気がつく様子もなく、俺の身体に身体を隠しながら顔を出しているエルを見つめる。
「そうだ。 あれがアキのご主人様のエルちゃんだ」
「そんなに、怖いんですか? あの子が」
「見りゃ分かるだろ」
何故エルが怖いという話になっているのだろうか。 軽く首を捻ると、確かに俺もエルと出会った当初は怯えられるのを怖がっていて、今も嫌われるのが怖くて仕方がない。
おそらく他の人物も同じように嫌われるのを恐れているのだろう。
俺越しにエルとケトはぺこぺこと頭を下げあっていて、どうにも纏まらない状況だった。
リアナが着崩れた服を直しながら出てきて、ケトという女に向かって歩いていく。
「ロト。 説明を」
「えー、面倒くさい」
「ならアキレア……は、いや、いいからお前が説明しろ」
エルの頭を撫でていると名前が聞こえたので振り向くが、どうやら特に用事がないらしい。
エルには悪いが、やはり共に起きていることは嬉しい。 ロトだけの時間を何時間も過ごした後であれば格別である。
少し、ケトに何故か怯えられたことに嫌な気分を覚えるがそれも吹き飛ぶ。
ロトから説明を受けたリアナが俺の名前を呼んだので、エルを連れて向かおうとする。
「違う。 逆だ、来るな。
どうにもお前が怖いらしいから離れていてくれ」
何故だ。 と尋ねたくもなったが、無駄に揉め事を起こすのも本意ではないので、リアナの指示に従うことにする。
デカイトカゲの魔石は回収出来ていないので、それを取りに行こう。
エルにはここで待っていてもらい、馬車から剣を取り出してから先ほどの場所に戻る。
その巨体に見合うだけの血液が地面に吸い込まれきれずに溜まっていて、どう見ても息はないだろうと思うが一応警戒しながら近づく。
草にへばりつきベタベタと感触の悪い足場を過ぎて、トカゲの近くによる。
大体の魔物は、胸か頭に魔石がある。 剣を胸の部分に突き刺してみると硬い何かがある。 高朽刃を使い、トカゲの身体を切り裂き邪魔な鱗と肉を切り落とし、魔石が表層に出てきたところを剣で周りの肉を削ぎ落としてから引き抜く。
大きい。 石ほど大きさしかないゴブリンなどの魔石に比べて、その巨体に見合っただけの魔石だ。 握り拳ほどの魔石を手に取り。 剣を鞘にしまってから馬車に戻る。
エルが目印のつもりか光らせているために魔力の探知をせずにでも簡単に見つけ、血を落とす意味でもエルに近づく。
光を発している空間にはいれば、血も肉片も無くなって非常に便利だ。
手に入れた魔石を馬車の中に突っ込んでからエルの元に戻り、リアナとロトを見ると三人で特に変な様子もなく話していた。
「アキさん……」
「どうした?」
「もしかしてなんですけど、僕達って人と関わるのが苦手なんですかね」
「否定は、出来ないな」
軽く二人で溜息を吐き出す。 考えてみれば、エルと出会ってから気軽に会話出来るようになったのは結構な時間がかかったものだ。
ロトやグラウとは普通に話せていたが、どちらもあちらの方が主体となって会話をしているからだろう。
特に俺は言葉足らずなところも少しあるので余計にそういったところが目立つのかもしれない。
「なぁエル。 言葉数を増やすのってどうしたらいいだろうか」
「んぅ、アキさんはお酒を飲むと饒舌になりますよ」
「それは……なしで。 忘れてくれ」
「言葉数……しりとりでも、しますか?」
エルとしりとりを始め、リアナ達の話がつくのを待っていると、やっと目を覚まし出したグラウが俺たちの方とリアナたちを見てから頷き。 再び寝始めた。
「エル、アキレア。 来てくれないか」
ついに話が纏まったのか、リアナが俺を呼ぶ。 指示に従いケトの方を見ながら移動すると、リアナが俺だけを引き留めた。
「あり得ないとは思うが、村を破壊したりはしていないな?」
「村? どこの村かは分からないが、覚えはないな」
そういうとリアナは俺の髪と瞳を一瞥し、エルの方を見てから、エルに離れるように言う。 隣で首を振ったエルの髪が腕に当たり少しこそばゆい。
「ケトの、あの獣人の住んでいた村が……古くなったような赤黒い血の色をした髪と、鮮血を思わせる眼の男に……襲われた。 と言っていた。
ここからそう遠くない場所らしい」
「遠くないって……どう考えてもアキさんが行けるような場所じゃないじゃないですか!」
「分かっている。だが。
ロトから聞いた通りの速度ならば、アキレアなら半日もあれば往き帰りで走れる距離だろう。 私達と合流する前に行うことも可能ではある。
そんな色の男なんて他にはそうはいないだろうから、尋ねるだけ尋ねただけだ。 気にするな」
「時系列が無茶苦茶です」
リアナの言葉に俺は頷くが、エルは不快そうに顔を顰める。 そのエルの頭を撫でる。
「でも、アキさん……」
「まぁ、俺も俺を除けば一人しか知らないからな。 特徴が一致していれば確かめるのは当然だろう」
エルに頭を下げているリアナを横目に元父親の姿を思い出す。 まぁ、あいつならばそれぐらいは出来るだろうが、それはないだろう。
「それで、あいつは村の中の一番いい馬を駆って街の方に助けを求めに行ったところをお前に助けられて、怯えてしまったらしい」
エルは、リアナに軽い敵意を見せながらだがその言葉に頷いた。
小さく顔を横に向けてケトの方を向くと、頭を下げられる。
また溜息を吐き出す。 リアナの生真面目そうな顔と、ロトの何も考えていなさそうな間抜け面、エルの正義感を思わせながらも俺の顔色を伺う表情。
「エルは……助けたいんだな?」
俺の質問に答えたのはエルではなく、リアナだった。
「そんなことをしている場合なのか。 一刻も早くに解決すべき問題を抱えているだろう」
軽く舌打ちをしてリアナを睨み付けるが、それに何か反応を示すことはなく俺の方を真っ直ぐに見詰める。
少々の苛立ちが頭に上ってくる。




