出会う
額を寄せてしまうが、事実であることは確かなので怒りは飲み込んで空を仰いで気分を誤魔化す。
「そんなに身長も変わらないだろ」
「五センチは違うね。 そして俺の故郷だと、その五センチの差が人生を左右したりする」
「んな場所があるか」
「あるんだよ。 例えばエルちゃんだと、ジェットコースターに乗れない」
「あれは五センチどころじゃなくて三十センチ以上違うだろ。 あと、ジェットコースターってなんだ」
そんな話をしていると、突然ロトが立ち上がる。 何かあったのかとロトの目線を追えば、そこそこ大きな魔物が遠くに見える。
「あれは高位の魔物だな。 あのレベルだと多分この魔物避けも効かないだろうから、行って退治してきてくれ」
「面倒だ、お前が行け。 というか、こっちに来る気配がないな」
「ん? 魔物は人間を積極的に襲うんだよな……。 それに絵本もあるし……索敵能力が低いのか? 恐竜っぽいし、恐竜は止まってるのがよく見えないとか聞いたことあるな」
魔物はこっちにくるはずなのに、何故こっちに来ていない。 目を凝らして見てみると、魔物の随分前に馬に乗って駆けている人影が見える。
あれを襲っている最中だから、絵本のあるこっちに向かって来ないということか。 考えてみれば、街に襲ってきていた魔物も人が近くにいればそちらを優先していた。
絵本に向かうが、その間に人がいればそれと戦うのか。
「つまり……絵本に寄ってきた魔物を押し付けてしまったのか。 仕方ない、ちょっと剣を取ってくるから先行ってろ」
追われている人間はどんどん距離を縮められているが、間に合うだろうか。
「あんな速さで走ってるようなのに追いつけるか。 ほら」
ロトが短剣を中空から引き出して俺に投げ渡す。
軽くロトの方を見るが動き出す様子がないので、一人で向かう。
踏み込み、姿勢を地面に擦れるような中空で立て直し、身体を前屈みの低い重心に変えて、もう一度蹴る。
ロトが「恐竜」といった、後ろ足で立ち上がったトカゲのような魔物は、今まで見たどのような魔物よりも速い。
だが、それでも俺は駆けっこでは一度も負けたことがない。
近くで見れば横長の体型の癖に、体高でさえ俺の倍はある巨体。
先ほどまでロトに身長の話で馬鹿にされたこととは関係がないが、いや、その八つ当たりだが、圧倒的な巨体に苛立つ。
一層強く地面を強く踏み込み、跳ねた後もシールドを張り蹴り割って中空で加速、加速。
ロトの寄越した、能力に生み出された短剣を振り上げながらデカイトカゲの魔物の背中に着地。 揺れる背中の上、脚を軽く引いて魔物の鱗に向かい短剣を振り下ろす。
ーー高みへと朽ちゆく刃。
短剣では射程の短さ故に魔物の首を切り落とすとはいかない。 決して浅くはない傷だが、即死ではない。
魔物の横に付いている目がギョロリと動き、魔物の血を浴びている俺の姿を視認する。
大きく、回転。 振り落とすような動作に脚を奪われ、慣性で振り飛ばされる。
俺の方へと獲物を変えたのか、首から血を撒き散らしながら吹き飛んでいる俺に向かって突進。
身体をいくつも捻り体制を整え、頭上にシールドを張り、それを手で押すことで無理矢理に地面に着地する。
一瞬で体制を整えて、迎え討つように短剣を振る。
もう一撃。 即死は不可能だと悟り、機動力を奪おうと脚元を狙い。
ーー高みへと朽ちゆく刃。
刹那や瞬きの間と呼ぶには、酷く速すぎるその一振りは通りすがりの魔物の脚を断ち切る。
倒れるであろう魔物の巨体に押し潰される前に地面を蹴って通り過ぎる。 後ろに巨体が倒れ込む轟音を聞きながら追われていた人間の方に向き直る。
遠く暗いせいでそれほど細部までは見えないが、みすぼらしい服装。 ボサボサとしただらしなさの感じられる髪に、シミの目立つ肌。
醜いとは違うが、小汚い女だった。
その割りに馬の質は良さそうで、女よりも流麗な毛を持っている。
後ろに呻き声を聞き、軽く振り返りまともに動けないことを確認してから、元いた馬車の方を見るが視認出来る程の位置にはない。 一応、場所は魔石割り人形くんの嫌な魔力で分かる。
このまま女を無視したいが、見捨てたというのがバレるとエルに怒られてしまいそうだ。 ロトも来る気配がなく、完全に任されたらしい。
いや、押し付けられたの方が正しいかと、ため息を吐き出しながら魔物の血に汚れた髪を掻く。
こういった時に、どう声をかけるのが正解だったか。
「おい女。 怪我はないか」
言ってから女呼ばわりはないかと気がつき、舌打ちをする。
馬に乗ったまま止まっている女の方に歩きながら表情を伺う。 呆然としたような表情を見せて、呟くように言葉を漏らした。
「駆竜が、一瞬で……」
「おい、聞いているのか!」
まだ遠いかと大きめの声を出すと、女はびくりと震えそれが伝達したように馬が動き出そうとする。
女は魔物のせいで怯えきっている馬を落ち着かせながら、俺に頭を下げる。
「す、すみません。 あ、ありがとう……」
「礼はいらない」
そもそも、俺たちが悪いという訳ではないが、絵本のせいで巻き込まれているのだから礼を言われるようなことでもない。
馬車の方ではロトが起きているから問題ないとは思うが、早く戻った方がいいか。
魔石を取り出すのも、こんな短剣では随分と時間がかかってしまいそうだ。
「とりあえず、着いてこい」
女にはそれだけ言って、馬車に向かって駆ける。 途中、後ろを振り向き後ろにいる女を待つなどをしながら馬車の方に戻る。
ロトの姿を見つけて立ち止まる。 眠たそうに欠伸をしながら毛布に包まっている姿は、まるでやる気が感じられず妙に腹立たしい。
眠たげな目をこちらに向けてから、俺の後ろに向ける。
「ん、なんていうか……。 みすぼらしい」
そんなロトの直接的な罵りを受けても特に反応はなく、縮こまりながら女は馬から降りる。
ボサボサの茶色い髪の毛に隠れていて見ていなかったが、獣の物に似た耳が生えていて人間ではないことが分かる。
「なぁアキ、獣人って皆こんな感じなのか?」
「いや、知らないな。 俺も初めてみる」
夢が壊れるわーなどと適当に言いながら、ロトは立ち上がって馬車の方に向かう。
「どこに行くつもりだ?」
「ん? アキもその女も汚れてるし、起こそうかと」
「そんなことで一々エルの手を煩わせるな。 朝に起きてからでいい」
ロトを引き止めてから、地面に座り込み、女を見る。
「えと……先ほどは、駆竜から助けていただいて」
「礼はいらないと言っただろうが」
頭を下げようとする女を止めてから、どうすればいいかとロトの方に向く。
エルならば出来る限りこの女に親切にするだろうと思えば、エルの意思を尊重する俺はこの女を丁重にもてなすべきだろう。
「とりあえず、座れ」
「は、はい!」
「デカイ声を出すな。 エルが起きるだろ」
「はい、すみません」
軽く息を吐いて、おずおずと座る女にため息が出る。
その何故か怯えた様子がどうにも慣れず、ロトの方に目を向ける。
仕方ねえな、とでも言いたげに鼻を鳴らし、ロトは女の方を向く。
「俺はロトと名乗っている。 お前は?」
「……ケトです」
「ふむ、そうか。 なるほどな、ケト、ケットシー。 つまりお前は猫の獣人だな」
「えっ、いえ……狸のです」
「そうか。 人生って難しいな」
少しミスった程度で人生語るな。
「あの、あちらの方は、馬車の方を気にしているようですけど……。 何かあるのでしょうか」
俺には何故か怯えきっていた女、ケトがロトにはそう怯えた様子もなく、丁寧に尋ねた。
「ああ、あいつのご主人様がいるな」
ケトは俺の方をチラリと見て、馬車の方を見る。
身体を大きく震わせながら、縮こまる。 エルの時といい、こいつといい、俺は女を怖がらせるような顔をしているのだろうか。
「えと、あの……ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。 許してください」
何度かロトは頷いた後に立ち上がる。
「おい、どこに行く気だ」
「エルちゃんは起こさないように、リアナだけ起こすから離してくれ!
俺にはこういうまどろっこしいのは無理だ!」
「エルが起きるから止めろ」
「ならお前がリアナを起こして来いよ!」
「んな小器用な真似出来るか! 普通、横の奴が起きたら嫌でも目がさめるだろ!」
そんな言い合いをしていると、馬車の扉が開き、チカりと馬車が光った。