いいとこなしのソードブレイカー①
「エルちゃんから、何もなしにでも離れれるんだな」
「離れられないわけがないだろ」
リアナが何を言っているのか意味が分からず、面倒だと溜息が出る。
もう暗くなっているので、エルがいなくなれば暗い。 最近夜目が効くようになったので、俺は問題ないが、グラウとリアナはあまり見えていないのか灯りに火の魔法を使い始めた。
馬車の上に乗れば、音がしてエルを起こしてしまうかもしれないと思い馬車を背にして腰を下ろす。
「いや、よく見ろリアナ。 おそらく半径1メートル以内にはいる」
「あっ、本当だな」
こいつらは俺をなんだと思っているのか。 用事もなし離れることだって出来る。
けれども、ムキになって否定するのも面倒なので、馬車に背中をもたれかからせる。
「あっ、また近づいた」
「近づいたな」
「うるさい。 一々そういう意図で動いているわけがないだろう。 そもそも、俺も一人で歩くことぐらいはある」
ロトがわざと茶化しているのが分かり、嫌に腹立たしい。
「アキレアは普通に夜は出歩いているよな」
「それ、なんか誤解を生みそうだが。 ただ散歩することがあるだけだからな」
やらしー。 とニヤニヤと感じの悪い笑みを浮かべてロトが言ってくる。
相手にするのも面倒なので、馬車の中に逃げ込むことにし、立ち上がって馬車の扉を開けた。
「あー、やはりエルちゃんのところに……! ロリコン!」
「お前が鬱陶しいから逃げるだけだ」
なんか、言い訳と悪口が逆な気がする。
からかい過ぎたか、と後ろから聞こえながら馬車の扉を閉める。
馬車の中は星明かりすら来ず、幾ら夜目があると言えどもほとんどエルの姿を視認することも出来ない。
それでも小さな息遣いは充分に聞こえる。
いつものような妙な寝言は聞こえてこないのが少しだけ寂しいのが残念だ。
しばらく待っていると、控えめに馬車の扉が叩かれる。
「アキレア、起きているか?」
「ああ、起きているが、どうした?」
「悪いんだが、眠い。 代わってくれないか?」
「エルに妙なことをしたら」
「しないから」
溜息を吐いた音が扉の向こうから聞こえ、一応信頼することにして、扉を開けて外に出てリアナを中に入れる。
横を向けばグラウが毛布に絡まって寝ていて、起きているのはロトだけだ。
「お前は寝ないのか?」
「ん? あぁ、そのために昼間寝ていたんだから、寝ないな。 ぼーっと夜空でも見とくよ、夜型人間だしな」
ロトはそう言ってから夜空を見上げる。 もうからかったりと、ふざける様子はない。
「俺は、星空を眺めるのが結構好きだったんだ。
そのために人工灯が少ない海やら山に出かけ、何度も見た星空を眺める。 星座を見て楽しんでいた」
「女々しい趣味だな」
「分かってる。
俺は、そんな奴だ。 女々しいから、ここにやってきたんだ」
ロトは体勢を変えて、寝転ぶようにして空を見上げた。 それに習い俺も上を向いて見れば、眩いほどの星が見えている。 どうやら、俺も女々しいらしい。
「綺麗だな」
「だから、お前は何故男にそんなことを言う。 男色か。
星空さえ、俺の知っている物と違うんだ」
「異世界に行きたいと思っている奴が、勇者としてここに来るんだったか?」
星空さえ違うという言葉に、なんとなく異世界という言葉に理解が出来た。 まさに違う世界なのだろう。
「そうだよ。 俺はヘラヘラ馬鹿みたいに笑ってるのに、元の世界だと、笑うことさえ出来ていなかった。
戦えば怖い。 痛い。 辛い。 でも、ここにきて、笑っていれるからそんなに悪いことじゃないと思っていた」
「悪いことじゃないだろ。 それが楽しいなら、それに越したことはない」
ロトは俺の言葉にお前は単純でいいと笑い、手を上に伸ばし宙を掴む。
「能力を使い、何かの長所を見る度に。 武器を呼び出す度に。 こうやって夜空を見上げる度に……ヘラヘラと空虚に笑っているのが駄目だと思わされる」
言い終わったロトは勢いよく立ち上がって、中空からソードブレイカーを引き抜く。
「手合わせを、してくれ」
胸糞の悪い、ニヤニヤとした不快な笑みをロトは浮かべる。 空虚に笑っているとロトは言っていて、それは俺に助けを求めているようで、やはり不快だ。
「なんで俺だ。 リアナでいいだろう」
「なんで……って、そりゃ、俺はリアナよりかは強いからな。 ちょっとボコられたい気分なんだ」
気持ち悪いなこいつ。 そう思いながら、拳を握る。
ロトがもう片方の手で中空から二本目の短剣を引き抜き、口を開けて閉じながらもう一本取り出す。
三本の鋸刃状の短剣。 視線は何処を見ているのか分からないような目線だが、俺のことを観察しているのが分かる。
俺は手を前に突き出し、手のひらを上に向け、指を曲げてかかってくるように言う。
「望み通り、殴ってやる」
予想よりも少し早いが、充分に対応が可能だ。両の手に握られた短剣が迫るが、体勢を低く変えて拳を後ろに引く。 前に突き出し、振り抜こうとした拳に短剣の刃が当たる。
ーー長所を、見抜く能力、
どれほどの精度でその長所が分かるのかは知らなかったが、その長所の範囲は余程広いのか……どの位置に拳を持ってくるかを予め知っていたかのように、短剣を「設置」していた。
鋸刃が拳に食い込み、深く突き刺さる。 その手を引いてからもう片方の手でロトの顔面を殴ろうとするが、その顔面と俺の拳の間に、また短剣が用意されている。
刃まで届きそうになるが、後ろに跳ねて避ける。
速くはないが、早い。
予知や予見染みた判断の迅速さと、それを正確無比に行える腕と胆力。 厄介だと思ったが、ロトの方を見れば大きく息が荒れていて、俺の方をひたすらに見ている。
あの一瞬、どれほど必死だったのかが計り知れてしまう。
「弱くは、ない」
そう言ってから、腕を後ろに引く。
ーー高みへと朽ちゆく刃。
刃ではなく拳ではあるが、後ろに拳を引き、軽く息を吐いてロトを見据える。 ロトがきたのと共に振り抜かれた拳は、ロトの左腕を殴り、その身体を無理矢理に浮かせる。
体の中心を殴ったわけでもないのに大きくロトは吹き飛び、倒れる。
「ってぇ……。 あー、馬鹿らしい」
おそらく折れた左腕を抑えながら、ロトは倒れこんだ姿勢のまま上を向く。
「何かしたかったんだ」
「俺も知らねえよ。 ただ、なんか……殴られたかった。
ドMっぽいなこの発言」
ロトはそう言ってから右手で頬を掻く。
「能力は、勇者の能力ってのは、使用者の根本の性格に依存する」
「そうなのか。 んじゃあ、エルは綺麗好きなのか……」
「俺の独白完全無視でまたエルちゃんのことかよ。
んでな、俺の能力の根本は分かってるんだ。 自分のことぐらい分かっている。
長所を見て、それを潰すための能力。 人を見て、嫉妬ばかりしている俺に相応しい能力だ。
ヘラヘラ笑っていても、軽薄に話したところで、結局のところで根本は変わらない」
ロトは短剣を手で弄りながら淡々と吐き散らかす。
「なんで俺に言うのか意味が分からない。 リアナと仲がいいんだろ」
「お前はエルちゃんに言えるのかよ。 興味なさそうなお前に言うのが気が楽だ」
「なら、一人で夜空に向かって言ってろよ」
そんな俺の言葉を無視して、ロトは言う。
「妬ましいよ。 お前が、リアナが、グラウが、エルが……どいつもこいつも、いいところばかり」
「そうか」
俺も落ちこぼれだったとでも、言えばいいのだろうか。
結局はそんなのを言おうとも慰めにもならないだろう。 慰める気も起きない。 どうせこいつは、勝手に一人で語って勝手に解決するだろう。
そんなよく知りもしないロトに対する評価を下して何も慰めずに黙って空を見上げる。
「俺の能力で俺の長所を見ようとも一つも見えはしない。
いいとこなしなんだよ、俺は」
「知らねえよ。 そんなの」