馬車の上に座る話
魔物の血と俺の血が混ざり固まったものに、土と草の欠片がこべり付いていて嫌な臭いと感触がする。
痛みはそれほどでもなく、服も破れていないからいいとしよう。
魔石をポケットに乱雑に突っ込んで、来た道を戻る。 目視は出来ないが、魔石割り人形くんが発している魔力は大きいため、簡単に探知出来る。
しばらく血塗れのまま歩くと、馬車が見えてきた。
ロトが馬車の上から手を振ってくるのを無視して進む。
「血だらけだけど大丈夫か?」
「ああ、ほとんど魔物のだ」
俺が戻ってことに気がついたのか、エルが馬車の中から飛び降りて、こてんと転ける。
「あ、アキさん。 大丈夫ですか?」
すぐに駆け寄ってきて、俺の手を握り、柔らかいが強い光が眩しく輝いた。
光が収まり、身体を見渡すと汚れも傷もなくなっていた。
「いひひ、それ新技なんです。
神聖浄化と治癒魔法を同時に使うと、なんと、ほんの少しだけ魔力が節約出来るんです。 多分、光の分だけ」
「そうか。 便利だな」
今の汚れをなくして怪我を癒すそれは魔法なのか、それとも能力なのだろうか。
なんて言うか、特にリスクもなしに消費魔力が減るのはすごい画期的な新技な気がする。
「ロト。 魔石」
ポケットから魔石を取り出してロトに手渡す。
「おう、確かに。 これだけあれば一日野営ぐらいは出来るな」
ホブゴブリンにオークと高い魔物の魔石なので、街にいれば豪遊出来ていたのにと少し思う。
「燃費悪いな……」
「まぁな。 特に何か弄ったりしてるわけじゃない、ただ魔力を備蓄する物質に魔力突っ込んでるだけだからな。 いつかはもっと長い間持つようなのを作ろうと思っているが、今の技術じゃこれが限界だ」
ロトはそう言ってから眠たげに欠伸をする。 長い間引き止める必要もないので、ロトが馬車の中に入って行くのを黙って見る。
また俺たちが見張りをしろということか。 まぁ、さっきしていたのはエルだけれど。
エルを抱き上げて、少し駆けてから飛んで馬車の上に飛び乗る。
そのまま座り込むと、エルが顔を覗き込んでくる。
「顔、怪我してました?」
「ああ……転けてな。 よく分かったな」
「ん、まぁ、顔の一部だけ、皮膚が新しくなってますから」
顔を軽く触ってみるが分からない。 そんなの普通分かるものなのだろうかと首を捻るが、分かるのだから分かるのだろうと納得する。
胡座で座っていると、エルがまたポンポンと膝を叩き来るように示すが、さっき寝ていたせいか眠れそうにはない。
「エルは寝ないのか?
夜に起きていることになるかもしれないから寝ていた方がいいんじゃないか?」
自分の膝の上に来るかと尋ねると、エルが胡座をかいた膝の上に座る。
身体が小さく細いエルの身体はすっぽりと俺の身体に覆われる。
「まだ眠くないですけど。 お言葉にだけは甘えておきます」
そう言ってから、軽い身体を俺の胸に押し付けて、下から見上げるように、いひひと笑いかけている。
後ろから軽く抱き締めるようにエルの身体を覆うと、温かくていい匂いがして心地よい。
尻が痛くなるような嫌な馬車の揺れも、エルの身体が強くぶつかってきたりと心地の良いものに変わる。
それでも、いつかはここからエルは離れて行くかもしれないと、身体中を掻き毟りたくなるような不快感に襲われる。
「あのさ、エル」
「なんですか?」
俺の方を向こうとするけれど、俺に覆われているせいで上手く身体を動かせずに、顔と目を少しだけ俺の方に向ける。
「俺は、エルの役に立てているか」
情けないとは自分でも思う。 凛々しく生きれているエルとは反対に、女々しい。
エルは少しだけキョトンと俺の顔を見つめる。
「それは、もう。 全部が全部、アキさんに頼りっぱなしです」
エルは手を上に上げて、俺の髪を触る。
馬車の揺れのせいか、少しだけいつもより雑な撫で方だけれど変わらずに心地がよい。
エルを子供扱いしていたが、これでは俺の方が子供ではないか。 それでもエルの手は気持ちがよく落ち着く。
エルと出会ってから、弱くなったかもしれない。 俺一人で完結していた視界が、俺とエルの二人のものになり、エルの意思がひたすらに気になり、それに合わせ続ける。
それはいい。 エルと共にいられるのは幸せだから。 だが、集中しきれない。
気にもならないことに気を張って、それを馬鹿らしいと斬り捨てることも出来ない。
確かに身体や技は成長したが。
「なら、よかった」
それでも手放す気にはなれず、エルを抱き締める。
「いひひ。 どうしたんですか?」
エルが俺の顔を見ると、余程ひどい顔でもしていたのか不安そうに俺の服の裾を握る。
「何か、ありましたか?」
恋慕の情を吐き出してしまえば楽になるだろう。 もしかしたら、エルも俺のことを好いてくれるかもしれないと期待もするが、違ったら終わりだ。 好きだと言い返されても、俺のことを思って嘘を吐いたという可能性が残る。
結局はエルのためには、エルが俺のことを好きであろうとなかろうと、あるいは嫌っていようとも、飲み込みきるしかない。
「いや、強く。 ならないとな」
「そう、ですね」
何故かいい話っぽく終わった。
ずっとくっついていて、身体からエル臭が発せられ始めた頃にはもう日が斜めに沈みかけていた。
エルが馬車から降りる前に浄化をしたために匂いがなくなり、残念な気持ちになる。
エルの身体を持ち飛び降り、揺れないように膝をしっかりと曲げながら着地する。
「あー、酔った。 気持ち悪。 尻いてえ」
ロトがリアナに支えられながら馬車から出てくる。
昼食は個々で適当に食べていたが、そろそろ夕飯を食べる必要がある。
そこら辺は年長者であるグラウに一任していたが、今になって少し心配になってきた。 まぁ、干し肉ぐらいはあるので死にはしないだろうが。
そう思っていると、グラウが御者台から降り、馬車の中に入り、大きな荷物を取り出した。
「よし、野営の準備をしてから、飯にしよう」
野営の準備の仕方が分からないので待っていると、グラウは馬を楽にさせてから、いつか見た毛布を取りだして羽織るように身体に纏った。
「飯は、パンだ。 あとはアキレアが肉を取ってきてくれる」
「先言えよ。 もう日が暮れるじゃねえか」
忘れていたと笑うグラウを他所に、仕方なく干し肉を人数分取り出して、エルに浄化してもらってから渡す。
実際、調理出来るような器具も材料もとなれば、馬車の積載量を越えてしまうのだろうから仕方ないのだが、まともな食事を期待していたので少し残念だ。
パンと干し肉を齧っていると暮れはじめていた日が完全に落ちきって、辺りが暗くなる。
エルが神聖浄化を広範囲に広げることで手元が見えなくなるということもない。
「ショボいと思っていたが、明かりになって便利だな。 口の中にあった食べカスが一瞬で消えていくけど」
ロトがエルのことを褒めるようで貶す言葉を言いながらパンを食べ終わり、手を合わせる。
ショボいやら便利やらとの言い草に軽く苛立つが、ここで怒るのもエルは喜ばないだろうと怒りを飲み込む。
「すみません。 レベルが上がれば、そういうのも選択出来るんですけど」
「レベル上がって出来ることがショボい……!
あっ、そういえばさっきレベル3になった。 多分アキレアが戦ったからだと思う」
ありがとうな。 とロトは毒気を抜かれるような言葉を吐いてから馬車の中に入っていった。 また寝る気かと思えば、毛布を取り出して戻ってきた。
「昼はずっと寝てたから、夜はしばらく見張りをしとく。 眠くなったら誰か叩き起こすけど」
そう言ってから毛布を身体に巻きつけて草の上に座った。
しばらくしてエルが食べ終わり、眠たげに目をこすり始めていたので馬車の中で寝かすことにする。
「アキさん。 眠くなったら、交代するので……」
そう言ってからエルはぐったりとして、馬車の中の座席に横になった。 取りあえず風邪を引かないように毛布をかけてから馬車の外に出る。
何故かロトとリアナが驚いたような顔をしてこっちを見てくる。 なんだと言うのか。




